バイト(ナポリタン)
校祭が終わり、10月後半には実力テストが控えている。
ようやく本腰を入れてテスト勉強に取り掛かれることになるが、京香は校祭に全力投球だったわけではないのであまり変わりはない。
この日は放課後にバイトが入っていた。
実力テスト週間は休みをもらう予定なので今のうちに稼いでおかなければならない。
京香の働いているのは中堅のチェーン店で、季節ごとに変わる高くてお洒落な飲み物があるカフェとは違い、コーヒーチケットで毎日通うおじいちゃんおばあちゃんがメイン層のカフェだ。
比較的席数の少ない店なのでお昼時とティータイムの忙しい時間帯以外は店長、もしくは社員の1人を含めた2、3人で回している。
平日は夕方から夜にかけてのシフトなので客層としては勉強で居座る学生か仕事帰りのサラリーマンが多い。
休日は朝からシフトに入るとおじいちゃんおばあちゃんの会話に付き合うことが主な仕事になる。
しかし笑顔を貼り付け聞き役に徹するのが得意な京香にとってはあまり苦痛ではことではなく、むしろ孫のように可愛がってもらっているので逆にやりやすい。
また、同時進行で色んな業務をこなす仕事は楽しい。
トーストとコーヒーをぴったり同時にトレイに出せた時や並ぶ客を上手く捌けたときは快感だ。
いつものように機械的にコーヒーを作り続けていると休憩に入る店長と入れ替わりに同僚の牧野慎司が出勤してきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。トーストとチキンサンド残り8ずつです」
「了解です」
挨拶と業務報告を済ませ黙々と業務に取り掛かる。
牧野は隣県の大学に通う大学2年生で学校終わりに駅から直行してくる。
本人から聞いたわけではないが京香の高校の先輩らしい。
見た目は爽やかで人当たりが良さそうな雰囲気なのだが、実は非常に寡黙で余計なことを一切喋らないので京香にとっては相性のいい仕事仲間だ。
この日も特に業務以外の話をすることはなく時間が過ぎて行った。
19時に近づきそろそろ退勤時間だと思っていると入口の自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませー…」
(!!先輩!?)
予期せぬ客、圭介が店内に入って来て京香はギョッとした。
バイト先では初めての遭遇だ。
少なからず動揺しつつもビジネススマイルで応対する。
「ブレンドMをホットでお願いします」
「お持ち帰りですか?」
「はい」
「かしこまりました。300円です」
目を合わせることなくあくまで他人の体で接客するが圭介がじっと自分を見つめている気配がして緊張する。
「お待たせしました。お熱いのでお気を付けください」
と少し視線を上げると
「ありがとう」
とびきりの圭介スマイルが待っていた。
(ぎゃああああああああぁぁぁ…目が!目がぁ!!)
コーヒーを手渡しするときに少し手が触れまた汗が噴き出してくる。
不自然に目を逸らし、とっとと帰れと念じる。
(絶対わざとだ…面白がってる…)
「ありがとうございましたー」
と言いながら出ていく圭介の背中を涙目で睨む。
自覚のあるイケメンはたちが悪い。
終業時間ギリギリに心臓に負担をかけるのはやめてほしい。
随分慣れてきたとはいえ未だ真正面から圭介の顔を見るとドキドキしてしまう。
こんな気持ちになっているとバレたら圭介が嫌がると思い込んでいるので京香は必死に顔に出ないように努めている。
無駄な努力だが。
疲れた表情で店長の戻りを待ちながら京香が終業のチェックをしていると珍しく牧野に話しかけられた。
「さっきのお客さん知り合いですか?」
礼儀正しい牧野は年下の京香にも敬語を使う。
低めだが穏やかな印象の声だ。
「え?いえ。知り合いというか高校の先輩です。どうしてですか?」
「なんか白洲さんの様子が変だったので」
「そ、そんなことないですよ!?」
「…そうですか」
明らかに狼狽えていたが牧野は空気を読んでスルーしてくれた。
大人の対応だ。
店長が休憩から戻ってきたので京香は挨拶をしてバックヤードに引っ込んだ。
それにしてもそんなに自分の様子は変だったのだろうか。
仕事中なのだから気を引き締めねば。
真面目な京香は改めて誓うのであった。
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19時過ぎに帰宅しすぐにご飯の準備を始める。
隣りの部屋から音がするので圭介は帰ってきているのだろう。
19時30分に来るということだった。
今日は簡単にパスタで済ませることにした。
レンジでパスタを茹でる容器を使用してパスタを茹でている間にフライパンでソースを作る。
細切りにしたソーセージと玉葱とピーマン、しめじをフライパンで炒め、ケチャップ、ウスターソース、砂糖、塩コショウを加える。
そこに茹で上がったパスタを入れて中火でソースを絡め粉チーズをかけてスパゲッティナポリタンの完成。
毎度のことながら時間ピッタリに圭介がやってくる。
「こんばんは」
最近は意識して『こんばんは』を口にするようにしている。
『おかえりなさい』はやはり恥ずかしい。
「こんばんは」
それに呼応して圭介も返す。
「コーヒー美味しかったよ。ありがとう」
「はい…ってそれはいいんですけどなんでバイト先に来たんですか!?」
「なんでって…コーヒー買いに」
「ううう…それはそうなんですけど…」
意識しているのは自分だけなのだと再認識して悔しくなる。
「別にからかいに行ったわけじゃないよ!?」
圭介が察したように訂正するが京香は疑いの目を向ける。
「そうだとしても知り合いを接客するのは恥ずかしいからやめてください」
「えー…」
「だってバイトの先輩にも様子が変だったって言われたし気にしちゃうじゃないですか」
「バイトの先輩って…さっき一緒に働いてた人?」
圭介が急に真顔になって聞いてきた。
「はい。普段あんまり喋らない人なんですけど珍しく声を掛けられたと思ったらそう言われて」
「…ふーん。白洲さんのことよく見てるんだねその人」
「え?あ、そうですか、ね?」
何を言いたいのかわからず適当に流した。
圭介は何かを考えるように眉をひそめていた。
その後圭介は大袈裟に京香の料理を褒め、モリモリ食べて行った。




