体育祭③
「京香ちゃんどこ行ってたの?」
応援席に戻ると梓が待っていた。
「お茶買いに自販機行ったんだけど売り切ればっかで探してた」
嘘ではない。理科準備室を出た後お茶が買える自販機を探し回っていたのだ。
「そっか今日はみんなたくさん飲むもんね」
「棒倒しどうだった?」
「盛り上がったよーお兄ちゃん棒を支えてる役目でカッコ良かった!」
自分たちの黄団の結果を聞いたつもりなのだが、やはりお兄さんの話になった。
神崎兄はぽっちゃり系男子なのでどっしり土台として活躍したのだろう。
そんなことは口が裂けても言えないけども。
梓の兄話で盛り上がっていると後ろから話し声が聞こえてきた。
応援団の恋愛脳コンビ佐藤と南田だ。
「琴もらいに行きなよ。私もついてくし」
「えーどうしよっかなー」
「告白するわけじゃないんだしさ、鉢巻きもらうだけじゃん」
「うーん。でもほぼ告白みたいなものじゃない?」
聞き耳を立てていると『鉢巻き』という気になるワードが出てきた。
二人はその後応援団の招集がかかり駆けて行った。
「梓ちゃん、さっき南田さんが言ってた鉢巻きって何のこと?」
「京香ちゃん知らないの?うちの高校って体育祭の後に好きな男子から鉢巻きを貰うっていうイベントがあるんだよ。」
「!!!」
初耳だ。
卒業式の第二ボタン的なイベントなのだろうか。
「私はもちろんお兄ちゃんに貰うつもりー」
「そっか…いいね…うん」
あまりの衝撃に梓の話が頭に入ってこない。
つまり、つまりだ。
自分のハーパンのポケットに入っている鉢巻きはこれから争奪戦になるはずだったオタカラなわけだ。
圭介が「俺が持ってると後から面倒なんだよ」と言ってたのはこのことだったのだ。
変な汗が出てくる。
こんな核のようなものをほいほい渡してこないで欲しい。
と、ここで疑問が浮かび梓に問う。
「あのさ、男子が自分から女子に鉢巻きを渡すっていうのは何か意味があるの…?」
「さぁ…でも逆もまた然りなんじゃないの?」
「ふーん…」
(いやいやいやいや…そんなわけないから!また先輩がからかってるだけだから!!)
「どうしたの京香ちゃん、顔赤いよ?」
「今日暑いからねー熱中症には気を付けないと!」
きっと戦争の火種を隠しておいて欲しいということなのだろう。
世界平和のためなら仕方がない。
家まで無事持ち帰らねば。
そして圭介に説教だ。
ともかく家に着くまで誰にも見つかりませんように、と切に願う京香だった。
********
競技が全て終了し応援合戦後半の部が始まる。
直前の最終競技のリレーはかなり白熱した戦いだった。
各学年の足自慢が集い熱戦を繰り広げた。
クラスから出場したちょっとウザいサッカー部の渡部君と女子でバレー部の三笠さんも他の選手を抜く大活躍だった。
応援合戦後半の部の黄団女子の衣装は、黄色い膝上ワンピースだった。
ワンピースと言ってもスカート部分に黄色いチュールが何層にも重ねてあり、まるで『美女と野獣』の主人公ベルが着ているドレスのようだった。
そう、この衣装は京香のクラスの自主製作映画『美女と野獣』から着想を得たのだそうだ。
これがとても可愛らしくて登場すると特に女子から黄色い歓声が上がった。
振付に舞踏会のダンスのような動きも取り入れられており、クルッと回る度にチュールスカートが広がり本当のお姫様のようだった。
演舞が終わると大きな拍手喝采が起きた。
葵はやり切ったという爽やかな表情で退場していった。
京香は間違いなく黄団の応援演舞が一番だと思った。
応援合戦が終わると最後の得点加算が行われた。
赤、白、黄、青の順に最後の応援合戦の点数が加えられる。
黄団は応援合戦時点で3位だったが、点数差的にはまだ優勝が狙える位置にいた。
加算される度に空気が震えるほどの怒号と歓喜の声が上がる。
結果は青団の優勝。
黄団は惜しくも2位だった。
ただ、応援合戦の得点は黄団が一番だったので京香はそれが嬉しかった。
********
体育祭終了後。
京香は応援席用に校庭に出していた椅子を教室に片付けさっさと帰ろうと正門へ向かった。
すると正門前で前髪長めのメガネ男子が多数の女子に囲まれていた。
もちろん圭介だ。
誰の目にも明らかなほどめちゃくちゃ機嫌が悪そうだった。
くわばらくわばら…と逆方向に目を向けコソコソと正門をくぐろうとすると知っている声が聞こえてきた。
「えーなんで鉢巻きないんですかー?」
同じクラスの佐藤だった。
(え?アンタ成瀬君狙いだったんじゃないの!??)
驚いて思わずそちらに目を向けてしまう。
隣りに南田もいた。
佐藤以外の女子も含め、圭介に鉢巻きを強請っているようだった。
佐藤が圭介にすり寄っている姿が目に入り京香の顔が歪む。
いかんいかんと目を逸らそうとする直前、圭介と目が合ってしまった。
(ヤバい!)
周りに気付かれてはいけないとダッシュで逃げ帰った。
アパートの部屋に入り玄関で立ったまま圭介の鉢巻きを取り出した。
京香はそれをじっと眺めながら正門前の圭介の顔を思い出す。
それまで酷く不機嫌な様子だった圭介が京香と目が合った瞬間少しホッとした表情になっていた。
あれはなんだったんだろうか。
群がる女子には警戒心丸出しだったのに。
そう思うと調子に乗ってしまいそうな自分がいてかぶりを振る。
(ダメだ。私はただの後輩。食堂のおばちゃんと同じポジションだから!)
自己評価を著しく下げ自分を納得させる。
今日のご飯は何にしようか。
頭を切り替え部屋に上がった。
鉢巻きは勉強机の引き出しにしまった。
圭介はどこかで女子たちを撒いてきたようで19時過ぎに帰って来た。
競技に参加していないのにぐったりしていた。
鉢巻きの話題を振ると墓穴を掘りそうだったので京香は何も聞かなかった。
するつもりだった説教もなしだ。
その日の晩御飯では応援団の葵がどれだけ可愛くカッコ良かったか、梓の兄愛がいかに深かったかという話をした。
圭介も楽しそうに話を聞いてくれた。
京香に向けるその目は優しそうな色を浮かべていた。




