体育祭②
昼休憩の前に応援合戦が行われた。
応援合戦は午前と午後の2回あり、全校生徒が参加する。
団員は応援団の演舞に手拍子を合わせ、団歌を合唱する。
校長をはじめとする審査委員が各項目にポイントを付けるのだが、それが団の競技点に加算されるため順位の変動に大きく関わってくる。
団ごとに応援演舞を行い、団全体の一体感、振付の完成度、声の大きさ、衣装のクオリティ等、様々な項目にポイントが与えられる。
性格的に暑苦しいものが苦手な京香だが応援団の演舞には引き込まれてしまっていた。
とにかくめちゃくちゃカッコ良かった。
力強く機敏な動き。
真剣な眼差し。
迫力のある声援。
男子の学ランなんて見飽きるほど見ているはずなのに思わずときめいてしまいそうになるほどだ。
午前の前半の部では応援団の女子は学ランのズボンを履き、上に団の色の衣装を身に付ける。
衣装は手作りで今年はキャミソール風だったり着物風だったりと工夫が凝らされていた。
黄団の前半衣装はパレオ風衣装だった。
黄色を基調とした南国っぽい柄の布を身体に前で交差するように巻き付け首の後ろで結んだものだ。
肩があらわになるのでちょっと大人っぽい。
応援団の本田葵は背が低めなので前方のポジションにおり、京香の応援席からすぐに見つけることが出来た。
剣道部所属のため外の部活よりも日に焼ける機会が少ない葵だが応援団の練習で少し小麦色になった肌にパレオがよく似合っていた。
部活の決まりで立候補しただけで積極的にやろうと思っていたことではないだろうにそれでも一生懸命演舞する葵の姿は京香の心を打った。
特に葵は友人の1人だ。
なりたてホヤホヤだけれども。
応援団を応援するという不思議な構図だが京香は応援リズムに合わせ手拍子をしながら心の底から葵を応援した。
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昼休憩に入り神崎梓にお昼を一緒に食べようと誘われた。
兄自慢の続きなんだろうなーと思いつつそれはそれで京香には面白い話なので一緒に行くことにした。
神崎は気分によってお昼を1人で過ごしたり同中の同級生と食べたりしているそうでこの日は京香と2人で食べることにしたようだ。
体育祭の日は全校舎が解放されており、どこでも休憩を取ることが可能だった。
京香たちは体育館内でお弁当を広げて食べることにした。
教室で食べるよりピクニック気分が味わえて少しウキウキする。
他にも何組か体育館内でお弁当を食べているグループがいた。
梓のお兄さんが地元国立大の医学部を目指していること
学年では10位以内の成績であること
神崎の高校受験時に勉強を教えてくれたこと
好物はビーフシチューであること…
聞いてもいないのに次から次へと梓から出てくる神崎兄情報のおかげで京香は神崎兄に関して相当詳しくなった。
障害物競走のクイズに神崎兄関連の問題が出て来ても答えられそうだ。
ほとんど“知らんがな!”情報だったが、現金なもので圭介の話題が出たときは真剣に聞き入ってしまった。
「お兄ちゃんてば圭ちゃんにも優しくてね。あ、一昨日のどら焼きの人ね。 圭ちゃん色々あって自分で生活費稼いでるんだけど、少しでも足しになればって弟の家庭教師をお願いしたのもお兄ちゃんなの」
「そうだったんだ」
「お兄ちゃんと圭ちゃんは同中だから中学でも面倒みてたみたい」
(中学時代の先輩か…見てみたかったな)
その後も梓とお弁当を食べながら神崎兄話に興じた。
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体育館で休憩を終えて時間ギリギリに応援席に戻る。
次の競技は一番人気である男子競技の棒倒しだ。
人気競技を昼休憩後に入れることで休憩戻りを促す効果を狙っているらしい。
お陰でその時点でも既に応援席の着席率は高かった。
京香も相当盛り上がると聞いていたので楽しみにしていた。
棒倒しが始まる直前、お弁当を片付けた際ペットボトルのお茶を教室に置いてきたことを思い出した。
今日は気温が高めなので熱中症にならないよう水分補給は必須だ。
京香は急いでペットボトルを取りに教室へ戻った。
ペットボトルを手に教室から校庭へ戻ろうと渡り廊下を歩いていると理科棟奥の理科準備室の窓からチラッと圭介の姿が見えた。
これから始まる棒倒しは男子生徒がほぼ全員参加する競技だ。
圭介は出ないのだろうか。
特に男子クラスの盛り上がりはハンパないだろうに。
不思議に思い理科準備室に足を向けた。
理科準備室のドアのガラス窓を覗くとうっすら人影が見える。
本当は昨日のことがありまた変な空気になるのではないかと理科準備室に入るのを躊躇ったのだがやはり気になってしまい一先ず覗いてみることにした。
そーっとドアを開けて隙間から様子を伺うと机で何かをしている体操服姿の圭介の背中が見えた。
「先輩…?」
「うぐっ!?」
小声で話しかけると弁当を食べていた圭介が突然のことに驚きご飯を喉に詰まらせてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄って圭介のペットボトルを渡そうとするが中身がカラだ。
慌てて自分の持っていたペットボトルのキャップを開け差し出した。
圭介は胸を叩きながら受け取りお茶を飲み干した。
「…ぷっはーーーー!!!死ぬかと思った…」
「ゴメンなさい!ゴメンなさい!」
圭介の背中をさすりつつ謝り倒す。
「こんなところでお弁当食べてたんですか?棒倒し、出なくていいんですか?」
机にある食べかけの弁当に目をやり尋ねた。
「うん…誰にも見つからないように…」
全校生徒が参加し見守る棒倒しの競技中であれば校舎内で見つかりにくいためわざわざ仮病を使って抜けて来たのだと言う。
「そんな…そこまでして…」
人に見られないようにお弁当を食べると言ったことを守っていたようだ。
京香が悪いわけでもないのだがなんだか申し訳なくなってくる。
棒倒しが始まったようで校庭から怒号のような声援が聞こえてきた。
「俺にとっては棒倒しよりも白洲さんのお弁当の方が大事だから」
「いやいや、お弁当はいつでも食べられますけど高校2年生の体育祭の棒倒しは人生に一度きりですよ」
「え!いつでも食べられるの!?」
「そこ!?私の話聞いてました??」
圭介は食べ物のこととなると一気にIQが下がる気がする。
呆れながら京香は圭介の隣に座った。
「白洲さんこそ戻らなくていいの?高校1年生の体育祭の棒倒しは人生に一度きりでしょ」
「いいんです、もう。先輩の美味しそうに食べる姿を見る方が大事ですから」
そうだ。
12月末には一緒にご飯を食べられなくなるのだ。
あと2ヶ月ちょっと。
少しでも長く見ていたい。
「うん。お弁当めっちゃ旨いよ。ありがとう」
「はい」
圭介も同じことを考えているのだろうか。
こうして二人でいる時間がもうすぐ終わってしまうということを。
少しでも気に留めていてくれているだろうか。
「白洲さんはなんでここに?」
「教室にお茶を忘れて取りに行った途中渡り廊下から先輩が見えたので…」
「見えちゃってたか。あ、お茶ゴメン。全部飲んじゃった」
圭介が最後のおにぎりにかぶりつきながら言った。
「いいですよ。後でまた買うつもりでしたから。あ、というかお茶もうないですよね。私買ってきます」
京香が立ち上がろうとすると圭介に腕を掴まれ引き止められた。
「もう食べ終わるから大丈夫」
「そう、ですか」
それ以上は何も言えず黙って隣に座り直す。
どこを見ていいかわからず目の前のペットボトルを眺めていたら先ほど圭介が飲み干したペットボトルが自分の飲みかけのものだったことを思い出した。
(か、間接キス…!?)
やってしまった。
緊急事態だったとはいえ何てことを。
一度気付くと思い出して羞恥で死にたくなる。
京香がもじもじしている間に圭介がお弁当を食べ終えた。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
「はい、お粗末様でした」
「飲んじゃったお茶、夜返すね」
「いいですよそんな。…そういえば最初に会ったときもそうでしたね」
(は…!もしかしてあの時も間接キスしてた!?)
圭介が行き倒れていた時、京香は自分の飲みかけのペットボトルの水を飲ませていたのだ。
自分で言って思い出してまた顔が熱くなる。
あの時はなんとも思っていなかったのに。
「そうだったね。あれもう2ヶ月くらい前なんだっけ」
お弁当を片付けながら圭介が言う。
「夏休みでしたもんね。なんだか早いですね」
「うん」
「「………」」
棒倒しで盛り上がる声が遠くに聞こえる。
「そういえば私、梓ちゃんと友達になったんですよ」
何かないかと話題を探していたら梓のことを思い出した。
「え!?なんで??」
「なんで…なんででしょう。お兄さんの話を聞いるうちにそんなことに」
「白洲さん聞き上手だもんな…これからどうでもいい兄貴の話聞かされ続けるよ…」
「た、楽しいですよ、梓ちゃんの話。先輩の話も聞けるし」
「ちょっ!何か変な事言ってなかった!?」
圭介が焦って隣の京香に詰め寄ると急なことで京香が動けず顔が近くなってしまった。
至近距離で見つめ合い二人して息を飲む。
「特に変なことは言ってない、ですけど…てか私そろそろ戻らないと!」
京香が再び立ち上がり出て行こうとすると
「あ、そうだ。待って。これあげる」
圭介が自分の鉢巻きを取り出し京香の手に握らせた。
青団の鉢巻きだ。
「俺競技出てないし手に撒いてただけだから汗はそんなついてないはず」
「え…?」
なぜ圭介が鉢巻きを渡してきたのか京香は理解できず首を傾げる。
仮病を使って出てきたと言っていたのでこの後も競技に参加はしないのだろう。
持ち帰って洗っておいてくれということだろうか。
いや、所属の団は年ごとに変わるのでその年の鉢巻きは捨ててもいいと言われている。
「俺が持ってると後から面倒なんだよ。白洲さんが隠し持ってて」
「?? はい…」
腑に落ちない。
とりあえず隠し持っていろと言うことなので小さく折りたたんでハーフパンツの後ろのポケットに外から見えないように入れておいた。
「じゃあ俺ここで寝てくわ」
「はい。おやすみなさい」
もう少し一緒にいたいと後ろ髪を引かれつつ京香は理科準備室を後にした。
独り残った圭介は机に伏せながら京香の出て行ったドアを見つめていた。
「あと残り2ヶ月か…」
圭介はそのまま眠りに落ちた。




