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文化祭2日目➀

校祭及び文化祭の2日目。


応援団でトラブルが発生したという本田が午前の接客から抜けなければならなくなった。

出演者と撮影時の負担が重かった組は当日の仕事を免除されており、当日メンバーがギリギリのため誰かが穴埋めに入る必要があった。

そんな緊急事態もいつもはスルーするはずの京香がこの日は珍しく本田の代わりを申し出た。

午後にも接客の予定が入っていたが、昨日の午前中に校祭を回って満足していたし昨日のポンコツっぷりを挽回したい気持ちもあったからだ。

文化祭をサボるために色々画策したわりに結局面倒を引き受けてしまうところが真面目な京香の長所でもあり短所でもあった。


2日目は上映は10時、12時、14時、16時からの4回に分けられていた。

客を席に案内し、上映のアナウンスをする。


「10時からの回開始5分前です。各自案内された席にご着席ください。上映時間は約40分間ですが途中退出も可能です。でも最後まで見ると何か良いことがあるかも…?」


手慣れた様子の四ツ本が説明する。さすが学級委員。

人前でのトークが様になっている。

プロジェクターのスイッチを入れ音量を調整して上映が終わるまで待機する。


「美女と野獣」の美女は和泉が、野獣は柔道部で身長180cm体重100kg超えの通称クマたんこと宮原が演じた。

原作の野獣は様々な動物が混じったキメラだそうだが、こちらの野獣は熊だ。

クマたんがメイクもせず素のままクマ耳を付けて出演し、呪いが解けて姿を現す美男子には応援委員のイケメン成瀬があてられた。

成瀬は体育祭の応援団の準備でも忙しくしていたが最後にちょろっと出るだけだからと出演を承諾してくれた。


クマたんのまさかのノーメイク野獣とイケメン成瀬とのギャップが観客にウケて評判は上々だった。


14時の回の開始前に京香は独り受付の席に座った。

客の質問に答えたりパンフレットを渡したりしていると応援団の用事を終えた本田が戻ってきた。


「白洲さん代打ありがとう。助かったよー」


本田は京香の隣に座り疲れた様子を見せる。


「全然いいよ。応援団大丈夫だったの?」


「もー大変だったー!昨日の練習中に衣装が破れちゃって急遽みんなで全員分チェックしてさー」


「めっちゃ大変じゃん!」


「結局3人分が破けてて、振付に衣装が合ってなかったってことがわかったんだよね。だから衣装修理して振付も少し変更してみんなで合わせて…明日が本番だっつーのに…」


それは大ごとだ。

体育祭応援団は決まったリズムと団ごとの団歌に合わせて毎年オリジナルの振付を付ける。

女子団員の衣装も年ごとに自分たちでデザインを考え制作する。

男子は学ランを来て鉢巻きを巻くだけなのでまだ楽だ。

昨日の文化祭終了後だけでは終わらず今朝も早朝から応援団で集まり対応していたため午前の接客が出来なかったのだと言う。


「うわぁ…お疲れ様。てゆーかずっと言いたかったんだけど、応援団やってくれてありがとうね」


本田が部の事情で応援団に手を挙げるだろうことはわかっていたことなのだが本人が本当にやりたかったのかはわからない。

京香は今がチャンスとばかりに思い切って御礼を伝えた。


「え、何々急に」


「私ああいう人前に出るの絶対無理だから希望者いなくてクジになったらどうしようってドキドキしてたんだよね」


「あーそれねーうちの部みんな応援団やる決まりだし応援団結構楽しいから別に気にしなくていいよ」


「そう言ってもらえると助かるよ」


「衣装も普段着ないようなやつで作るのも楽しかったし他の学年の人とも知り合えるから結構メリットもあるよ」


「へー」


部活に入っていないとなかなか他の学年と交流することはないので圭介以外の知り合いがいない京香にとってそれは少し羨ましい。

それでもやりたくはないけれど。


「あと応援団内でもデキちゃったりしてね」


「え!?マジで?でも1ヶ月くらいじゃないの一緒なの」


「それが結構濃密な1ヶ月だからねーふっふっふ…」


「まさか本田さんも…!?」


「いやいや、私はないよ。部活と勉強で忙しい」


「本田さん可愛いのに」


「何奢って欲しいの?」


「そういうのじゃなくてさ」


本田とはあまり会話したことがなかったが話してみると気さくでさっぱりした子だった。

小柄で目がぱっちりでショートカットがよく似合う。

京香が可愛いと言ったのは心からの本心だ。


校祭後にある実力テストの話になると応援団の先輩に聞いた出題傾向情報を教えてくれた。

これまであえてクラスメイトとも深く関わってこなかった京香だがその生き方の方針に変更を加える必要があるかもしれないと思い始めていた。

こうやって話してみれば気の合いそうな子もいるし一人でいては知りえなかったことを知ることも出来る。


「琴と志保も頑張ってるよ」


恋愛脳コンビの佐藤と南田のことだ。


「え、意外!あ、失礼」


「大丈夫、私も意外だったから。目的がバレバレだったしね」


「うん。全員わかってたよね…」


「でもなんやかんや一生懸命振付覚えてるし衣装作るのも上手いんだよね。ああいう感じでも根は真面目なんだなーって思った」


この高校に入るくらいだ。

ある程度内申点もないといけないわけでやることはちゃんとやるタイプなのだろう。

もちろん勉強も出来るはずだ。

ちょっとだけ二人を見直した。


「あ、ね、京香って呼んでもいい?ずっと話してみたかったんだけどきっかけなくてさ。思ってた通りの子だったから仲良くしたいんだけど」


「え!?」


突然前触れもなくそんなことを言われ、かなり驚いてしまった。


「…あ、もちろん。呼び方何でもいいよ。呼びやすいので」


緊張してしまい少し声が震えた。


「じゃあ京香ね。私は葵って呼んで?」


「うん、じゃあ宜しく葵」


友人も作らずひっそり生きていく予定が変更になってしまった。

夏休み前まではこんなことになるなんて思いもよらなかった。

多分夏までの京香であったら葵とも当たり障りのない会話をしてサクッと終わらせていたはずだ。

それでも良かったのだが、思わず話が弾んでしまいさらには「仲良くしたい」とまで言われ京香自身も葵と友達になりたいと思ってしまった。


よく考えてみれば“一寸先は揉め事”だった中学時代とは違うのだ。

これからは他の子とも話してみてもいいのかもしれない。

京香の頑なな心が軟化した瞬間だった。


振り返ると圭介と知り合ったのが人生の分岐点だったのではないかと思う。

人とゆっくり会話する楽しさを思い出させてくれたのは圭介だ。

あの人はどれだけのことを自分に与えてくれるのだろう。


と、圭介のことを思い出していると廊下の奥からざわめきが聞こえた。

そちらに目をやると女子を多数引き連れた執事姿の圭介本人が現れた。


「触んなっつってんだろ!」


圭介は女子相手にわりと本気でキレていた。

嫌そうに顔をしかめる圭介などお構いなく纏わりつく女子たちはキャーキャー言いながら身体をベタベタ触っている。


「うわ、スゴいねアレ…琴吹先輩だっけ?…ってどした!?」


「何が?」


「顔怖いんだけど!」


「え?」


意識はなかったが相当イライラした顔をしていたようだ。

どう誤魔化そうかと考えを巡らせていると圭介と目が合った。

さらに圭介の視線の先を追う女子たちからも視線を浴びる。


(これアカンやつや)


京香の面倒事警報が鳴り響く。


「葵ゴメン!お腹痛いから保健室行ってくるね。ここ任せてもいい?」


「あ、そうなの!?大丈夫?確かに顔色悪いわ。ここはいいから行って来て」


「ありがと!」


念のためお腹が痛そうな振りをしながら保健室方面に歩き廊下の角を曲がったところで猛ダッシュした。

とにかく人がいないところに行きたい。

自然と足が理科棟に向かっていた。


校舎が古く暗い雰囲気の理科棟は文化祭中化学部の実験展示しかなく、あまり人が寄り付かないと圭介から聞いていたからだ。

理科棟一番奥の準備室に逃げ込んで息をつく。


(纏わり女子に変に思われなかったかな…


 ……てかなんなのアレ。先輩あんなに迷惑そうにしてるのにベタベタベタベタ…)


最初は圭介と何かあるのではないかと女子に疑われるのが怖かったのだがそんなことより嫌がる圭介に遠慮なくくっつき顔を近づける女子たちにムカついていた。


(私だって触れたことなんてほとんどないのに)


明らかな嫉妬だった。

圭介を好きにならないと決意したばかりなのにこの嫌な気持ちを止めることができない。


京香にも中学時代にいいなと思う男子はいたが好きになるほどではなかった。

だから男子にドキドキすることもヤキモチを焼いてしまうことも初めてのことだった。


これ以上はダメだ。

自分がどうなってしまうかわからない。


―――怖い。


準備室の椅子に膝を抱えて座り顔をうずめた。

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