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炒飯

帰宅したのは18時過ぎだった。


疲れた…。

初めての文化祭だったということと想像以上に人が多かったことが原因だろう。

少し休もうか。

圭介は19時に帰ってくると言っていた。

忙しそうだったのでもしかしたらもっと遅くなるかもしれない。

床に座ってベッドにもたれかかっていたら次第に意識が遠のいていった。

そのまま深い眠りに入ってしまい圭介からの連絡に気づかなかった。



********



ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン


3回続けてインターホンが鳴る。

その音でハッと目が覚めようやく寝ていたことに気づく。


ピンポーン、ピンポーン


急いで玄関に向かいドアを開けると焦った様子の圭介が立っていた。

当然だが執事服ではなく学ランで走って来たのか昼間は整えられていた髪が乱れていた。


「何かあった!?連絡したんだけど返事がなかったからどうしたのかと思って!」


京香の顔を見るなり圭介が叫ぶように言った。


「え?え?」


「心配で急いで帰って来たんだけど大丈夫!?」


「あ、あの…疲れて寝てしまっただけで…ケータイ気づかなくてごめんなさい」


圭介の剣幕に圧倒されて混乱していたがようやく事態を把握し説明する。


「なんだーーーーーよかったーーーーー」


力が抜けたように圭介がその場にへたりこむ。


「ご、ごめんなさい。余計な心配をかけてしまったみたいで…」


「余計とかじゃないけど、とにかく良かった。何もないなら安心した」


先ほどとは打って変わって穏やかな調子で圭介が言う。


「ありがとうございます…って、あ!ご飯作ってない…!」


「いいよ、無理しなくて。疲れてたんでしょ」


「ごめんなさい…」


今日は全然ダメだ。

圭介のクラスへの訪問以降ずっと心のモヤモヤが取れず何をしても上手くいかない。

圭介の顔が見れず俯いてしまう。

すると圭介の大きな手が京香の頭をゆっくり撫でた。


「白洲さん頑張り過ぎだからたまには休んだ方がいいよ」


頭のてっぺんからじんわり圭介の熱が伝わる。


「いつもありがとう」


急に包み込むような優しさが降ってきてなんとか涙を堪えたものの鼻の奥がつんとした。


京香は寂しかったのだ。


この人に自分の知らない大事なものが沢山あるということが。


友人や趣味や思い出。

もしかしたら過去に恋人だっていたかもしれない。

たかだか知り合って2ヶ月弱の自分には関係ないことなのにそんな当たり前のことが辛くて堪らなかった。


でも圭介は京香を心配して駆けつけてくれた。

こんなに必死になってまで。

もうそれだけでいいじゃないか。

それ以上を望むなんて罰当たりもいいところだ。

この人の優しさに応えなければ。


「先輩…こちらこそありがとう、ございます…」


「うん」


「あの、ご飯すぐ作るので待っててください」


顔を上げ圭介に告げる。

疲れてはいるがやはり圭介にご飯を作って食べてもらいたい。


「いいよ、ホントに。今日どら焼き食いまくったし」


「なら量は少なめにします。すぐ出来ますから」


「ありがとう。じゃあお願いしようかな」


台所に戻り冷蔵庫から材料を取り出す。

卵、冷ご飯、冷凍刻みネギ、ロースハム、キャベツ。

時間もないので炒飯と中華スープを作ることにした。


キャベツとロースハムを角切りにし水を浸した鍋に入れて火にかける。

温めたフライパンにごま油を注ぎ、冷凍刻みネギと残したロースハムを入れて軽く炒める。

そこに卵を割り入れ強火でかき混ぜ半熟になってきたらチンしたご飯を入れて木べらで卵に押し付けるように混ぜ合わせる。

中華スープの素とオイスターソースで味付けして炒飯の出来上がり。

その間に沸騰したスープの鍋にも中華スープの素を入れ最後にごま油で風味つけをする。

それぞれ器に盛り付けて完成。


「おーホントにすぐ出来た!スゴイ!旨そう!」


「お待たせしました。食べましょう」


「「いただきます」」


「旨い!チャーハンパラッパラ!俺、あんなこと言っておきながらなんだけどやっぱり一日の終わりは白洲さんのご飯で締めたいんだよね」


「そう言ってもらえると、嬉しいです」


圭介のそんな言葉で簡単に元気が出てしまう自分も大概ちょろい。


「そういえば今日梓と来てたよね。同級生?」


気になっていたことを圭介の方から振られた。

“梓”という呼び名がまた胸に突き刺さる。


「はい。弟君にどら焼きを買いたいからってことで一緒に行きました」


「そうだったんだ。聞いた?俺があそこに家庭教師に行ってるって」


「はい。その…神崎さんと仲良いんですね。名前で呼んでるし」


思い切って踏み込んでみた。

聞くならここしかない。


「ああ、例の件で梓のお父さんにお世話になってたってのと小学校同じだったのもあるからね。中学は梓が付属だったから違うけど、あそこの兄貴とも昔馴染みだよ。」


「お兄さんのクラスにもついて行ったので会いましたよ」


「そうなんだ。アイツ、超絶ブラコンだからね…」


「え!?そうなんですか??」


意外な言葉が出てきた。

ブラコン…?

クラスで知っている神崎のイメージにはない。

だが確かにお兄さんを紹介してくれたときの神崎はかなり嬉しそうだったし、こちらが訊いてもいないお兄さんのことを一方的に喋られた。

もしかして自分と一緒に行ってほしかったのは圭介のクラスではなくお兄さんのクラスだったのだろうか。


実はあれは兄自慢だった…?


「そうだよ。梓は兄貴ラブ過ぎて他の男に全く興味がないらしい」


「マジすか」


「マジっす。俺と兄貴が仲良いとガチで嫉妬されるし。

 だからアイツとは普通に話せるんだよな…」


「それは…先輩に惚れる心配がないからとかそういう…?」


「うん…」


こう言っては失礼だが、梓のお兄さんはちょっとぽっちゃり系だ。

ふんわりと優しそうな雰囲気で京香に対しても紳士だった。

パッと見少し冷たそうな美形の圭介とは全然タイプが違う。

梓も圭介も互いにそういう対象ではないのであろうということがわかり心の底からホッとした。


「今日も先輩目当ての女子が凄かったですもんね…」


「そんなことないよー!って言いたいけど…うん…そうなんだよ…写真撮られ過ぎてうんざりした」


「私は周りの女子の目が怖くて早く出たかったですよ」


「だからあんなしょんぼり下向いてたの?」


「しょんぼりって言うか顔見られたら覚えられちゃうじゃないですか」


「徹底してんね」


「そりゃそうですよ!あの視線めちゃ怖かったですもん!神崎さん強すぎ!」


「アイツホントに兄貴しか目に入ってないし…」


「おかげで全然先輩の執事姿拝めませんでした」


そこは本気で悔しい。

ただ、パッと少し見ただけであんなにドキドキしたのだ。

目の前で直視したら大変なことになっていたかもしれないが。


「拝まんでええっちゅーねん。明日また見に来たら?」


「うーーん……機会があれば…」


「結構安いんだな俺の執事姿」


「もー意地悪言わないでください!ホントに見たいのに!」


「ごめんごめん。写真は撮っとくよ」


「ホントですか!?ありがとうございます!やったー!」


執事写真はお願いして送ってもらおう。

それを見ればいつでも元気がもらえそうだ。


今日の憂い大半はなくなった。

…が、まだ心に引っ掛かっていることはある。


(私が先輩を好きになってしまったら…この関係は終わっちゃうのかな…)


また新たな不安が生まれた。

圭介は女性不信が重症で自分を好きになる女子全員が嫌いだと言ってもいい。

会話すらもしたくないようだ。

京香が好きになってしまったら圭介は離れていくのだろうか。


でも京香はもうほとんど圭介を好きになってしまっていることに気づいている。

圭介ほどの男性と自分が釣り合うわけがないという劣等感もあるが、それ以上に圭介が好きだと認めたくなかった。

認めたら思いが溢れ出てしまうかもしれない。


そうなってしまったら…


今の関係を壊さないためにも自分の気持ちに蓋をしなければ。

京香は強く誓った。

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