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文化祭1日目(鮭ご飯)

校祭の初日。

文化祭の1日目が始まる。


朝食は鮭ご飯と味噌汁を作った。


鮭の切り身をレンジでチンして骨を取り出しながらほぐしていく。

ボールにご飯をよそい、ほぐした鮭と白煎りごまを入れしゃもじで混ぜ合わせる。

そこにバターと醤油を加えさらに混ぜ完成。

甘塩な鮭だけでも十分味は付くが、バター醤油を加えるとより味に深みが出る。

プチプチとした白煎りごまの食感もいい。

味噌汁の具は豆腐と玉葱とカボチャにした。


7時に圭介がやってきて


「「いただきます」」


「鮭とバター醤油合う!うま!おかわりある?」


「早くないですか!?もっと味わってくださいよ!」


朝からお互い賑やかだ。


「あ、昨日ね、ようやく生まれたって」


「え、もしかして大家さんのお孫さんですか?」


「そう。予定日から大分遅れたらしいけど安産だったみたいだよ。これ写真」


圭介がスマホの写真を見せる。


「わーーーー!!!かんわいいいいいいい!ちっちゃい!柔らかそう!」


「おばちゃんもおじちゃんもデレデレだってさ」


「こんなに可愛かったら仕方ないですね。うん」


「娘さん結構元気みたいだから予定通り12月末まで向こうにいて正月に戻ってくるって。その時はお孫さんも一緒に」


「あ……そうなんですね…」


そうだった。

すっかり忘れていたが大家さんは2、3ヶ月で戻ってくると言っていたではないか。

大家さんの代わりにご飯を提供しているだけなので大家さんが帰ってきたらこうやって一緒にご飯を食べる生活は終わりになる。

一緒にいるのが当たり前になっていてこの時間がまだまだ続くものだと勝手に思い込んでいた。

急に自分の体温が下がった気がした。


ああ、まただ。また大切なものを失ってしまう。

料理を提供することを提案した時はこんなに楽しくなるなんて思っていなかったのに。

圭介と一緒にいない元の生活になんて戻れるのだろうか。


「早く会いたいよね赤ちゃん。こっち帰ってきたら一緒に会いに行こうよ」


「はい。そうですね。是非」


そんな京香の想いを知ってか知らずか圭介は赤ちゃんに会えるのが楽しみで堪らないようだ。


圭介は京香と一緒にご飯を食べられなくなることを何とも思わないのだろうか。

自分だけがこの時間を楽しんでいたかと思うと寂しい気持ちになる。

そんな想いを口にすることが出来ず京香は黙々とご飯を食べ続けた。


「白洲さんは今日何するの?」


「今日と明日の午後が接客担当なので教室にいますね。それ以外は基本的にフリーです」


「じゃあ心置きなくサボれるじゃん」


「ふっふっふ…先輩は?」


「俺は両日午前中が接客で、それ以外は客寄せで校内回ってる」


「え、午前も午後も働くんですか?ブラック!」


「そうだよ!でも好きなだけ食っていいって言われたら断れないじゃん!」


「先輩ちょろすぎ!」


相変わらずの食べ物至上主義で誰かに利用されてしまわないか心配になってくる。


「そんなに食べ物に弱いってばれたらつけ込まれちゃいますよ」


「白洲さんのご飯に勝てるものはないから大丈夫だよ」


しれっと嬉しくなることを言ってくる。

だったらこれからもずっと自分の作るご飯を食べてくれればいいのに。

拗ねたように口をとがらせ味噌汁を啜った。



*********



3日間に渡る校祭が始まった。

開会式での文化委員長の挨拶が長く途中意識が飛んでいたがどうやらダダ滑りしていたようだ。

どうでもいいからさっさと始めてほしい。


午前中。

京香にとって初めての校祭ということもあり、一先ず一人で校内を回ってみることにした。

一応「美女と野獣」の上映案内チラシを持って働いている感は出しておく。


学校全体が会場となりお祭りムードに包まれていた。

模擬店のメニューには定番のお好み焼きや焼きそば、その他パスタやタピオカまであった。

体育館では演劇部の本格的な劇や合唱部の発表、自由参加のライブ等が行われるようだ。


文化祭の模擬店地図を眺めていると2-1のどら焼き屋が目に留まった。

圭介のクラスである2-1は中校舎の4階一番奥だ。

校舎の中ほどに教室が位置していれば何気なく通り過ぎて圭介の姿をチラ見できたかもしれないのに。

一人でわざわざ校舎の一番奥まで行って客で溢れているであろう教室を覗く勇気はない。

行ったところで圭介と挨拶をするわけでもないし。

でもどら焼きは食べてみたい。

それ以上に圭介の生執事姿を見たい。


ぐるぐる考えていると後ろから声を掛けられた。

同じクラスの神崎だった。


「白洲さん一人?」


「うん。チラシ配りながらぷらぷらしようかと」


「ちょっと一緒に回らない?私行きたいところがあって」


「いいよ。どこ?」


神崎が地図を指さす。2-1だった。


「え?ここ?」


「うん。知り合いがいるんだけど、どら焼き買いたくて」


知り合い…。まさか圭介のことではないだろうか。

圭介の交友関係を詳しく知らないのでその可能性はある。

クラスに40人もの生徒がいるのだからそうでない確率の方が高いのだが。

神崎の言う知り合いが誰なのか怖くて聞けないまま2-1へ向かった。


2-1の教室は女生徒で大混雑しており異様な熱気に包まれていた。


(これはどう考えても大半が先輩目当て…)


「あ、いたいた」


神崎が手を振った先に圭介がいた。

嫌な予感が的中し動揺しかけるが、京香はショックを受ける前に圭介の姿に衝撃を受けた。


(ホントに執事だ……)


そこにいたのは“圭介”というより“執事”だった。

髪がいつもとは違う分け目で撫で付けられて普段ほとんど隠れて見えない瞳がメガネの奥から覗いている。

髪型だけで別人のようだ。

細身で長身の体に執事服が異様にマッチしており、さらに白手袋をはめた圭介はまさに漫画から出てきたような本格的な執事だった。


圭介は神崎に手を振り返しつつ隣にいた京香に気づきピクリと反応する。

京香は軽く会釈をするがあくまで初対面を装わなければならないのでお互い余計なことは言わず黙っていた。


「圭ちゃん執事似合うじゃん!」


「うっさいわ。どら焼き買ってとっとと帰れ」


(圭ちゃん…)


二人はとても気安く会話している。

親しいようだがどういう関係なのだろうか。

神崎に背に隠れ俯いたままになってしまい、せっかくの執事姿をじっくり観察することができない。

あだ名で呼ぶ神崎の声に胸がチクリと痛んだ。


しかしそんなことよりも客として来ている女子全員がこちらを睨んでいるような気がしてならない。

早くこの場を去りたいという気持ちの方が大きかった。


圭介に促されるままどら焼きを持ち帰りで購入しようやく外に出る。

京香にとって地獄のような時間だった。


「誰あれ…」

「1年?」

「琴吹君と知り合い?」


周りがざわつく中、神崎は特に気にすることなく歩いていく。

おっとりしているわりに意外と肝が据わっているのかもしれない。


「神崎さん、あの人と知り合いなの?」


廊下を進み2-1の教室から遠ざかりながらそれとなく尋ねてみる。

やはりどうしても訊かずにはいられなかった。


「うん、琴吹圭介っていうんだけど知ってる?」


「うん…?」


「あ、知らない?結構目立つんだけどね。うちの弟の家庭教師してるの」


(家庭教師…もしかして先輩のお母さんの主治医だった人の…)


話がカチリと繋がった。

以前圭介が言っていたこの高校を志望している中学の後輩というのは神崎の弟だったのだ。


「そうなんだ…仲、良いの?」


「うーん。弟が懐いてるってだけかな。私も一応後輩ではあるけど。弟がどうしても圭ちゃんのどら焼き食べたいって言うから買いに行ったの」


「へえ…優しいね」


そう言いながら内心はモヤモヤしていた。

別に圭介が誰と仲良かろうと自分には関係ない。

関係ないとわかっているのにこれまで見たことのないぶっきらぼうな圭介を目の当たりにすると彼の存在を遠く感じ寂しくなる。


「3-2の模擬店も行っていい?お兄ちゃんがいるの」


「お兄さんもいるんだ。いいよ。特に予定もないし」


「ありがとう。1人で行ってもいいんだけど目立っちゃうから」


先程圭介の教室で散々目立っていたのだがあれは問題ないのだろうか。

そんな疑問を抱きつつ神崎のお兄さんのクラスへ足を運び、挨拶をさせてもらった。

仲の良い兄妹のようで、神崎は楽しそうにお兄さんと話しながらどら焼きを差し入れしていた。


午前中は神崎と校内を回り、午後からは教室の上映会場で接客していた。

接客といっても会場の席に誘導したりプロジェクターの調整をしたりするだけなのでこれといって難しいことはない。

ただその日は何をしていても心ここに在らずで役に立てていたかは怪しい。

クラスメイトへの申し訳なさでさらに空回りしてしまう。


せめてもの埋め合わせにと片付けは最後までやっていった。

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