圭介side-3
京香にご飯を作ってもらうことになり、彼女の事情を聞いたその日に圭介は大家のおばちゃんに電話で報告を入れた。
京香のことを頼まれていたということもあるし、何も言わないでいたら後でバレた時何を言われるかわからない。
「…というわけでご飯を作ってもらう代わりに勉強を教えることになったよ。おばちゃん帰って来るまでなんとか生き延びられそうだわ」
『へー!そうだったのー京香ちゃん良い子ね~普通怪しいと思わないかしらー。妙に顔がキラキラしてる圭介が相手だしー』
「何それ酷くね?」
『あんた…京香ちゃんは私の友人の大事な娘さんなのよ。私が預かっていると言っても過言ではないんだから。泣かせるようなことした日には…わかってるわよね?』
普段おっとりした話し方のおばちゃんの声が急に低くなる。
「そんなことしねーよ!できるわけないじゃんあんな良い子に!そもそも女にそういう興味ねーし!急に怖いこと言わないでよ!」
『だよねー私も信じてるわよー圭介?』
「信じてるってのが逆に怖いわ」
プレッシャーが半端ない。
『あんなにしっかりしてる子だけど色々あってそうならざるを得なかったのよねーでも本当は脆いんだと思うのよー何かあったらあんたが支えてあげるのよー』
「…うん。わかった」
とても感じが良い子なのに友人がいないと言っていた。
多分あえて自分から作ろうとしてこなかったのだろう。
父親を亡くし母子家庭で育ち、その母親が再婚して一人暮らしをしているなんて周りに知られたら間違いなく気を遣わせるだろうし、その空気にウンザリする気持ちはわかる。
小中時代の自分もそうだった。
圭介の場合は半分いじめに遭っていたようなものだったが。
もしかしたら京香には頼れる人間があまりいないのかもしれない。
おばちゃんに言われるまでもなく圭介は京香の力になりたいと思っていた。
**********
オムライスを食べた日。
バイトの話から調子に乗って自分の夢を語ってしまった。
後から思うと相当痛い奴な気がする。
でもなぜだか出会って間もないはずの京香に話しておきたいと思った。
その流れで京香の夢の話も聞いた。
高1女子とは思えないほどの現実的な夢。
いや、夢というよりも人生設計図を聞いているようだった。
やりたいことというよりはひたすら将来のリスクに備えているような感じしかしない。
しかし突然の交通事故で父親を亡くしているのだ。
人生何があるかわからないということを身を持って経験しているのだから仕方がないのかもしれない。
別にそれが悪いとは言わないが…
京香の可能性が狭まっているような気がしてやきもきした。
こんなに頭が良い子なのに。
おせっかいかもしれないと思いつつ他の視点も提示してみたところ京香はそれをアドバイスと受け取り調べてみると言ってくれた。
聞き流してくれても良かったのだが彼女は素直に喜んでいた。
こちらに気を遣ってくれていたのかもしれない。
そうだとしても喜んでもらえたことが圭介には嬉しかった。
もっと頼って欲しいと思った。
**********
図書室で遭遇した時以外で京香と学校で会うことはなかった。
すれ違っていたこともあったのかもしれないが最近まで知り合ってもいなかったので気づかなかったのだろう。
その日初めて学校で京香とまともに顔を合わせた。
遠目から目が合っただけなのだが、すぐに相手が京香だと気付いた。
と、同時に突然京香が踵を返し猛ダッシュで駆けて行った。
不思議に思ったが忘れ物でもしたのだろうと特に気にはしていなかった。
放課後。
バイトの呼び出しがあり京香との19時の約束に間に合わないことが確定してしまった。
事前に京香に連絡を入れたが、腹も減っていたので急いで仕事を片付けようと決意する。
パソコンに触れるようになったのは大家のおばちゃんの旦那さんであるおじちゃんがきっかけだ。
おじちゃんはシステム系の会社に勤めていたこともありパソコンに詳しかった。
中学時代におじちゃんから古いパソコンを譲り受け、使い方を教えてもらった。
それまで学校以外でパソコンに触れたことはなかった圭介だったがこれが思いのほか楽しく自分に合っているとわかった。
ソースコードを組んで自分の思う通りにプログラムを動かす。
地図を描いているような気分で楽しかった。
そのうち圭介の技術は中学生レベルではない域にまで達し、高校に入学するとおじちゃんがシステム開発が出来るバイト先を紹介してくれた。
バイトとはいえお金をもらう仕事ではあるので遊び感覚でやっていた頃とは違い最初は戸惑った。
だが自分が作ったもので利用する人たちが便利になるということにやり甲斐を感じた。
システム障害等が発生すると急な呼び出しがあるが基本的には好きなペースで仕事が出来るのも助かっている。
奨学金は給付金狙いなので成績を落とさないため勉強の時間は確保しておきたい。
――なんとか20時過ぎに問題が解決し急いで自宅アパートへ向かう。
走っていたのでスマホを操作することができず電話を入れた。
「もしもし?」
『…はい。白洲です』
(ん?)
京香の声に違和感を覚える。
電話口からでもわかるほどのトーンの下がり具合だった。
何かあったのか。
走りながら会話を続けるがやはり様子がいつもと違う。
「何か、あった?」
『いえ…ホントに…大丈夫、なので…』
(いや、全然大丈夫じゃないだろ!)
「待ってて!ダッシュで帰るから!」
その声を聞くなり無性に京香の顔が見たくなって通話を切り走るスピードを上げた。
京香の声は泣き出しそうなくらい震えていた。
何があったかわからないが早く会いに行かなければと思った。
そして何かあったならどうして自分を頼ってくれないのかとも思った。
この気持ちは何なのだろうか。
考えがまとまらないまま京香の部屋に着いた。
先ほどよりは京香の声に力が戻っていたがそれでも元気がない。
どうして沈んでいたのかを京香が声を絞り出すように話し始めた。
じっと京香の話に耳を傾ける。
しかし
…意味が分からない。
学校で挨拶できず無視をしたようになってしまったから…?
京香がここまで落ち込んでいた理由は圭介にとってはかなりどうでもよいことだった。
正直そんなことを気に病んでいたのか?と思うような内容だったが真面目な京香にとっては一大事だったのだろう。
彼女の誠実さに応えなければとこちらの考えを話す。
すると突然京香の目から涙が溢れた。
(え????なんで????え????)
何か酷い言葉を掛けてしまったのだろうか。
どれがダメだったんだ。
焦りで思考が散らばる。
(おばちゃんに殺される!!)
ヤバいヤバいヤバい…。
信じていると言われたばかりなのに、早々に泣かせてしまった。
原因を聞こうと身を乗り出した時
グゥ~~~~……
恥ずかしさと情けなさで脱力した。
京香を見ると驚いて涙が止まっている。
空気を読まない腹のおかげでお互い冷静になれた。
カレーを食べながら落ち着いたらしい京香の説明を聞く。
どうやら避けてしまったのはよくある女子の“めんどくさいやつ”が原因だったらしい。
圭介は男子だがよくそれに巻き込まれていたので京香の気持ちは理解できた。
ついでに思い出しムカつきから自分のクズエピソードまで話してしまった。
京香は明らかにドン引いていた。
やってしまったなぁと思いながら後から誰かの口から聞かれるよりはいいだろうと開き直った。
顔でしか評価されない自分を卑下するように女性嫌いの原因も話した。
するとさっきまであんなに元気のなかった京香が突然大きな声で否定してきた。
さらに圭介の優しさを具体例を挙げ主張する。
(この子はなんでこんなにも…)
圭介は京香が自分をちゃんと見てくれていたということが単純に嬉しかった。
感動したと言ってもいい。
じわじわ喜びが溢れてきた。
しかし最後に
「だから私先輩のありもしないこと言う同級生にそんなことないって言ってやりたくて!
でもゴメンなさい!女子の反感買う勇気はありませんでした!」
(なんじゃそりゃ!)
京香は圭介に対する周りの誤解を解こうとするものの、結局自分の保身のために反論出来なかったという。
正直過ぎる京香があまりに可笑しくて笑ってしまった。
(可愛いなぁ…)
本人には「面白い」と言ったが本音はこちらだった。
京香はこれまで見てきた女子とは何かが違っていた。
たまに圭介の顔に見惚れているような表情をするときがあるが、基本的には一緒にいることを楽しんでいてくれるように見える。
『ご飯を提供するだけの子』ではない。
それは確実に圭介の中で芽生えている気持ちだった。
それをなんと表現すればよいのかわからず京香には『友達』と言った。
でもきっと近いうちにわかってしまうのだろう。
この気持ちが何なのか。
怖いような楽しみなような複雑な気持ちだった。




