楽しい時間
「では、いただきます!」
「いただきます」
はむっとパンを齧ると溶けたチーズがとろとろで良い感じだ。
圭介に目を向けると感動に打ちひしがれていた。
「うまいいいいいいい……」
「ホントいつも大袈裟ですよね…美味しいなら良かったです」
味に問題がないようでホッとする。
母とは晩御飯は別々だったが朝はいつも一緒だった。
そんなことを思い出して少ししんみりした。
「あ。先輩は朝はご飯とパンとどっちがいいですか?」
「どっちでもいいよ。白洲さんの作るものならなんでも旨いし」
(ちょ…!何そのセリフ!)
「ど、どっちでもいいよが一番困るんですよ!」
恥ずかしくて可愛げのない言い方をしてしまう。
「えーホントになんでもいいんだもん。なんならカレーでもいいよ!」
「イチローか!」
また二人で声を上げて笑った。
「今日もバイトですか?お昼はどうするんですか?」
「今日は家庭教師のバイト入れてるからそこで食べさせてもらうんだ」
「なるほど。賢い手ですねそれ」
「中学の後輩なんだけどうちを受験するんだって」
「先輩何中だったんですか?」
「中央」
「そっか。家ここですもんね。家庭教師先も近いですよね」
「母さんの主治医だった人んちなんだよ」
「そう、なんですか…」
思わず目を伏せる。
「事情も知っててくれるからやりやすいよ」
「……」
「いや、そこ黙るとこじゃないから」
「あの…ちょっと話してもいいですか?」
「え?ああ、うん。何?」
突然話が変わって圭介が不思議そうにしている。
あまりにもあっけらかんと自らの背景を話す圭介を目の前にして
なんとなく自分自身のことも話しておこうと思った。
「私が一人暮らししてる理由大家さんから聞いてますか?」
「いや、特には…」
父が死んでからのことと一人暮らしを始めた理由を簡潔に説明する。
突然聞かされても困るのではないかと思ったが
圭介は真剣な表情で話を聞いてくれた。
「そうだったんだ。大変だったね」
「いえ、先輩に比べたら全然…」
「そんなことないよ。俺見てたらわかるでしょ。俺は大抵のこと気にしないし」
「それはそうですけど」
思っていたことが自然と口から出てしまっていた。
「ホント正直だよね」
「す、すみません!」
圭介はまったく気にした様子もなく笑っている。
それでも思い起こすと圭介の優しさに甘えて失礼なことを連発してしたことを反省した。
圭介の顔が見れず俯く。
「え!?ホント気にしてないから凹まないでよ!?」
「先輩にする態度として失礼でした。申し訳ありません」
「いやいやいやいや!!!真面目か!マジで気にしてないから!意地悪言ってゴメン!」
「ありがとうございます…でもホント…すみません…」
囁くほどの声しか出ない。
人と揉めた経験の少ない京香はこの空気をどうしたらいいのかわからなかった。
「あーーもう…!」
大きな声に肩がビクッと反応してしまった。
「まだ白洲さんとは知り合ってばっかりだけど情けない姿見られてるってのもあるからか気を遣わなくていい空気が楽なんだよ。これまで通り気安く話せないかな。先輩とか気にしなくていいから。ね?」
自分と同じことを思っていてくれたのかと驚いた。
京香も圭介との会話は楽しいし気が楽だ。
成り行きでご飯を作ることにはなったが作るだけではなく、
出来れば一緒に食べれたらと少し思っている。
一人でも平気だったが一緒に食べる楽しさを知ってしまうと寂しさも湧いてくる。
「はい。ありがとうございます。私も先輩と話していると楽しいです。」
勇気を出して自分の気持ちを隠さず素直に答えた。
俯いたまま反応を伺うと圭介の顔が真っ赤だった。
「え。どうしました!?暑いですか??エアコン強くします???」
「あ、うん。クロックなんとか熱々だったからかな…コーヒーかな?」
微妙に誤魔化すように圭介がまたご飯に手を付ける。
「じゃあ、これまで通りね!あー旨い!」
「はい。改めて宜しくお願いします。」
変な空気になってしまったもののまた圭介の新しい一面が見られた。
あんなに必死になって訂正してくれるとは。
何でもいいから圭介の役に立ちたいという気持ちが芽生えてきた。
もちろんテイクも遠慮なくもらうつもりではあるが。
今日はバイト帰りにご飯の材料を買おう。
なにせ今後は2人分を作るのだ。
メニューも考えなければ。
圭介を見送りスマホでレシピサイトを開く京香だった。




