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長い前髪

圭介が慌てて座り直し親子丼をガツガツ食べる。

気持ちのいい食べっぷりだ。

思えば誰かに自分の作ったご飯を食べてもらっているのを見るのは久しぶりだ。

母が早く帰って来た日は一緒に食べていたが、大体帰りが遅いので食べている様子を見ることはあまりなかった。

なんだか胸のあたりがほわほわしてきた。

なんだろうこれは。初めての感覚だ。


「あ、あの、ご飯なんですけど、私、なんていうか一汁三菜的なちゃんとした料理は出来なくて。ありものをどかどか入れて作るような一人暮らしご飯しか出来ませんがいいですか?」


「え!?『しか』って十分だよ!めっちゃ美味しいよ!」


「そうです…か。ありがとうございます」


恥ずかしい。面と向かって美味しいと言われるのがこんな恥ずかしいとは。


「ご馳走様でした!」


俯いてもじもじしていると圭介が食べ終えて食器を片付けてくれようとしている。


「私やります」


「いやいや、洗うくらいさせて」


「すみません。じゃあお願いします。洗剤はそこです」


「了解です!」


シンクの前に立つ圭介の背中をボーっと眺める。


(意外と背高い…子どもの頃あまり食べてなかったって言ってたけど大家さんに沢山食べさせてもらったんだろうな…)


「俺の話は終わったからテストのわからないところ教えてくれる?」


圭介が食器を洗い流しながら話しかけてきた。

ハッと思い出して過去問と筆記用具を持ってくる。

ちゃぶ台を拭いて待っていると圭介が戻ってきた。


「どこがわからないの?」


「あ、あの、ここなんですけど…」


「あーはいはい。シャーペン貸してくれる?」


「どうぞ…!」


教えてもらいながら不謹慎かもしれないが距離が近くてドキドキする。

いかんいかん。集中だ。

気を取り直して説明を聞く。


ご飯の話になると途端に子どものようになる圭介だがそれ以外のときは先輩らしい落ち着いた話し方をする。


(勉強の教え方上手い…ご飯食べてた人と同一人物とは思えない…やっぱり頭いいんだ…)


ちらりと圭介の顔を覗く。

真剣な表情に心臓がドクンと鳴る。

すると長い前髪の隙間から覗く瞳が京香の目を射抜いた。


「どうした?」


「え!いや、あの、前髪長いなって…」


意識が飛んでいたので急に顔を見て話しかけられしどろもどろになってしまう。


「あーそろそろ切らなきゃなんだけど…長い方が都合いいんだよね」


「どういうことですか?鬱陶しくないんですか?」


「うーん…なんかね…顔見られたくないんだ。俺自分の顔嫌いだから」


「え?」


「自分で言うのもなんだけど整ってるらしいじゃん俺の顔」


「はい、とっても」


激しく同意する。


「ふっ…ありがと。この顔母親そっくりなんだよね」


「あ…」


「憎んでいるわけじゃないよ。生んでくれたことには感謝してるし可愛がってくれたこともあるんだけど…でもやっぱり死の恐怖もあったわけで…自分の顔見ると思い出しちゃうんだよね」


「そうなんですか…」


「だから普段はメガネ掛けてるんだよ。少しでも顔が見えないように」


そういえば学校ではメガネをかけていたような気がする。

他人に興味のない京香はそれをようやく思い出した。

こんな話聞いてよかったんだろうか。


「ゴメンなさい。変な事言ってしまって」


「え、全然気にしてないよ。確かに鬱陶しいし」


少し笑いながら髪をかき上げる様はテレビのCMを見ているようだ。


「まぁそろそろ慣れないとだけどね」


(何か話題を変えないと…)


「そういえば先輩はいつ勉強しているんですか?バイト入れまくっていたら時間確保難しくないですか?」


「授業聞いてたら何とかなるよ」


「え…嘘…」


「いやいや、ホント。もちろん予習復習はしなきゃだからそれは早朝図書室でやってるの。

 んで授業受けて、バイトの時間まで図書室で寝て、バイト行って帰って寝るって生活」


(それで学年一位って取れるの…!?)


「早朝って…あの、朝ご飯何時に用意すればいいんでしょうか」


「図書室行ってるのはクーラー効いてるからってだけだから今後は家でやるし何時でもいいよ。遅刻しなければ」


「あ、なら7時でいいですか?私いつも朝御飯7時なので」


「全然大丈夫」


「うちで…食べます…?」


「え………いいのかな…?」


「はい。その方が楽です」


「ではそれで…」


なんとなく二人揃って照れる。

京香から誘っているようで無性に恥ずかしくなった。

いやいや、そっちのが効率良いからだからと脳内で言い訳をする。


「…ってもうこんな時間か!そろそろ失礼するね」


気付いたら23時30分を過ぎていた。


「遅くまでありがとうございました。」


「こちらこそご馳走様でした。」


玄関まで見送る。


「「おやすみなさい」」


声が揃って笑みがこぼれる。



ドアを閉めて天井を見上げた。


(こんなに人のプライベートに踏み込んだの初めてだ…聞いてよかったのかな…)


京香は父を亡くして以来自分のことを話さなくなった。

不要な同情を買いたくないということもあるが説明自体が面倒だったからだ。

でも琴吹にここまで話させておいて自分のことは話さないというのはどうなのか。

琴吹は自分に興味はないだろうがなんだかイーブンじゃない気がする。


自分がどんな顔で話を聞いていたのか急に不安になってきた。

いつも適当に繕った顔でクラスメイトと話しているので気づかないうちに失礼な態度になっていなかっただろうかとハラハラする。


(そろそろ寝ないと。明日は土曜日だけど一応朝御飯を用意しよう)


既にお風呂も入っていたのであとは寝るだけだ。

圭介のお陰で勉強の理解も進んだ。

なんだかいつもよりも安心した気持ちで眠りにつくことが出来た。


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