3巻発売記念SS 我が主君。我が友。
時系列的にはWEB版の第四章の終盤あたり、マティアスの戦死直後のお話です。
代々ホーゼンフェルト家に仕える家系に生まれた。その時点で、自分が将来ホーゼンフェルト家当主の側近格の家臣となることは運命づけられていた。
マティアス・ホーゼンフェルト。自分の二歳上のホーゼンフェルト家嫡男が、いずれ自分が仕えるべき人物である。両親からはそう教えられて育った。物心ついたときには彼と一緒にいるのが当たり前で、幼馴染として共に遊び、ある程度の歳になると共に教育を受けるようになった。
十歳を過ぎる頃には、自分もさすがに己の立場を理解し、弁えていた。家臣として、彼に丁寧な態度で接するようになった。マティアスはそんな自分の振る舞いを受け入れながらも、自分を一人の友人として扱ってくれた。
さすがは名門ホーゼンフェルト伯爵家の継嗣と言うべきか、彼はずば抜けて優秀だった。そんな彼に相応しい家臣となるために、自分も必死で、それこそ命を削る覚悟で訓練や勉学に臨んだ。彼はそんな自分の覚悟を認め、尊重し、自分が成長するための手助けをしてくれた。自主的な鍛錬に付き合い、勉強を教えてくれた。彼が自分を高みへと引き上げてくれた。
ホーゼンフェルト家当主に生涯を捧げる。子供の頃はその運命を息苦しいと感じたこともあったが、マティアスの傍に身を置き続けるうちに、その運命は自分の誇りとなっていた。
マティアスの側近として傍に仕え、共に戦場に立ち、共に戦場を歩みながら、彼が英雄になっていく様を見た。彼は常に強くあった。たとえ大きな苦難に――愛する者の死という苦難に見舞われた時も。彼は英雄として、常に強くあり続け、戦場に立ち続け――そして今日、散った。
たとえ友であっても、家族の代わりにはなれない。ましてや自分は、彼の友であると同時に家臣でもある。主君と家臣の友情は難しい。普通の友人同士のようにはいかない。自分はどれほど友としての役割を果たせているのだろうかと悩んだこともあった。しかし彼の最期の言葉を受けて、少なくとも無力ではなかったのだと思えた。
我が忠臣。我が友。彼はそう言って、穏やかに笑ってくれた。彼の顔を見て、救われる思いがした。妻子を失ってからの彼は孤独だったのかもしれないが、少なくとも独りではなかったのだと、自分が彼を独りにはしなかったのだと、そう確信することができた。
彼を真に孤独から救ったのが誰であるかは明らかだ。フリードリヒ・ホーゼンフェルト。あの青年がマティアスに、我が子を愛する一人の人間としての最期をもたらした。これからはあの青年が自分の主君となる。自分は彼に尽くしたように、あの青年に尽くそう。彼の覚悟と使命の全てを受け継いだあの青年に、この命をも捧げよう。
その決意はとうにできている。だから今は。今、少しの間だけは。
「……マティアス」
自身の天幕の中で、グレゴールは亡き友の名を呼んだ。
涙を流すのはいつ以来だろうか。




