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23.懐かしい友

 

「お母さん、手紙が届いているわよ」

 学校から帰って来た琴音が一通の往復葉書を母に手渡した。


 あれから十八年という歳月が流れ、鈴子と桜子も四十路よそじとなっていた。その間に桜子は第二子を出産し、ふたりの母親となっていた。

 鈴子はと言えば、相変わらず清一郎との想い出に包まれて、琴音と共に暮らしていた。


「手紙? どこからかしら」

「同窓会のお知らせだって」

 鈴子が琴音から受け取った葉書は女学校の同窓会のお知らせだった。葉書には簡単な挨拶文の後に、会場と日時が記されていた。もちろん返信用の葉書には『ご出席』『ご欠席』の選択肢が記載されている。

「あらあら、同窓会なんて久しぶりねぇ」

「お母さん、行くんでしょう? 桜子伯母さんと一緒に」

「そうねぇ、桜子は行くって言うでしょうね。でも、私はどうしようかな」

「行ってきなよ、たまには女学生時代に戻って、クラスメイト達と楽しい時間を過ごすのも良いんじゃないの?」

「うん、でもねぇ、同窓会ってみんなの旦那様自慢大会みたいになるから、あんまり気が進まないのよね」

「お母さんだってお父さんのことを自慢してくれば良いじゃない」

「そんな事出来るわけがないじゃない、清一郎さんはもう、ずっと前に死んじゃっているし、だいたい同級生達の旦那様達みたいな御大尽や大企業の社長さんじゃ無いのよ」

「あら、そんな事を言うなんて、お母さんらしくないわ。私は物心も付かないうちから、お母さんの清一郎さん自慢を聞かされて育ったのに」

「ええ? そんなに自慢していた?」

「いっぱい、いっぱいしていましたよ。おかげで、お父さんには一度も会えなかったのに、しっかりとファザコンになってしまいました」

 室内にふたりの幸せな笑みが広がった。


 その時、家の電話が鳴った。鈴子は一瞬身体を強ばらせたが、すぐにソファーから立ち上がり電話へと手を伸ばした。十八年も経っているのに、未だに清一郎の死亡報告を受けたときの記憶が染みついてしまっているようだ。家の電話が鳴る度にあの時の衝撃が蘇ってしまうのだ。

 鈴子が受話器を耳にあてると、桜子の声が聞こえてきた。桜子は何やら興奮している面持ちだった。

「鈴子、同窓会の通知、届いた?」

「ええ、届いたわ。でもねぇ、同窓会はちょっとね」

「鈴子、ビッグニュース。今度の同窓会にね、薫子が来るんだって」

「えっ、薫子が」

「そうよ、ちょうどその日は仕事でこっちにいるらしいのよ。だから鈴子も必ず出席してよね」

「薫子かぁ、あれ以来会っていないものねぇ。元気なのかしら」

「元気みたいよ。あの子は昔から行動的だったから、今では烏丸さんの仕事を手伝って、あっちこっち飛び回っているみたい」

「じゃあ、烏丸さんも一緒に来ているのかしら」

「いえ、烏丸さんは今でも国内に入ることは出来ないみたい。その代わり、薫子が国内の仕事を仕切っているみたいよ」

 鈴子は消息不明だった薫子が、元気に暮らしていると聞いて安堵した。思わず涙が頬をつたった。


「桜子は薫子と連絡を取り合っていたの?」

「いいえ、直接の連絡は取れなかったけれど、いろいろな情報は紀隆さんから仕入れていたわ」

「じゃあ、お兄様は烏丸さんや薫子の情報を持っていたのね」

「そうね、そういった情報は必ず紀隆さんの所に届くようになっているみたいよ」

「そうかぁ、薫子も来るのね」

「そうよ、だから鈴子も必ず出席するようにね」

「はいはい、義姉様の御命令とあらば必ず出席させていただきます」

「何を言っているのよ、鈴子だって薫子に会いたいくせに」

「えへへ」

「うふふ」

 その時、電話の向こうで『奥様、奥様はどちらに?』という声が聞こえた。ウメが桜子を呼ぶ声だ。

「あら大変、ウメさんが呼んでいるわ、行かなくちゃ」

「ウメさんも元気そうね」

「そうね、元気すぎて困ってしまうくらいよ。それじゃまた連絡するわ」

「うん、じゃぁ」


 受話器を置いた鈴子がソファーに腰掛けると、琴音がニヤニヤ笑いで近付いてきた。

「なによ、ニヤニヤして。気味の悪い子ねぇ」

「だってぇ、お母さんがなんだか嬉しそうだから……。何か良いことでもあったの?」

「ええ、とても良い知らせよ」

 琴音は母の隣に座り、母の嬉しそうな顔を見詰めた。

「なになに、何があったの?」

「うふ、あのね、私がまだ女学生だった頃、とても親しい友達がふたりいたの。あなたも知っての通り、ひとりは桜子だったのだけど、もうひとり、薫子って言う子がいたのよ」

「薫子さん? 聞いたこと無いわね。どんな人?」

 琴音は初めて聞く名前に興味津々だ。鈴子は天井を見上げながら、古い記憶を蘇らせた。

「桜子は冷静に物事を考える子だったけど、薫子はとても活発な子でね。こうだと思ったらいきなり走り出してしまうところがあったわね」

「ふーん、お母さんはどんな子だったの?」

「私? 私は桜子と薫子に着いていくだけ。そんな消極的な子だったわね」

「なんだかわかる気がする。桜子伯母さんはしっかり者だからなぁ、ウメさんにも負けていないし……」

「そうね、私ではウメさんと戦えないわね。でも、桜子は上手くやっているわよね。もしもあれが薫子だったらと思うとゾッとするわね。多分毎日が大喧嘩になるわ」

 ふたりは顔を見合わせながら笑った。鈴子には、この平和な空間から清一郎の笑い声が聞こえてくるような気がしていた。


「それで、そんなに仲の良かった薫子さんの事をどうして話してくれなかったの?」

 鈴子はちょっと戸惑いながら、ゆっくりと話し始めた。

「薫子は私と清一郎さんの出会いに最も貢献してくれた恩人なのよね。名前もわからなかった清一郎さんを見つけてくれたのが薫子だったの。だけど、その時に薫子が相談した人が烏丸さんって言ってね、今では薫子の旦那様なの。でもね、その烏丸さんという人は学生運動のリーダー的な人だったのよ。何やら危ない思想の元、政府を倒す手立てを模索していたみたいなの。彼らの集会は烏丸さんの家で行われていたみたいなんだけれど、そこに薫子も出入りするようになっていたの。警察隊が烏丸さんの家を摘発に行ったとき、薫子もそこにいてね。上手い具合に烏丸さんと薫子は逃走に成功したけれど、烏丸さんは指名手配される身の上になったのよね」

「凄くアクティブな展開ね。お母さんのお友達にもそんな人達がいたのね」

「薫子は特に思想があったわけでは無くって、ただ烏丸さんの事を好きだっただけなんだけどね。烏丸さんも政府を倒すと息巻いている学生運動家達を抑えていたみたいなのよ」

「そうなんだぁ、それでふたりはどうなったの? 烏丸さんは捕まっちゃったの?」

「それがビックリなのよ。ふたりは手に手を取り合って、警察から逃げ切った後、伝をたどって貨物船に乗せてもらって、海外に逃亡したのよ。数年経ってから、その話を面白おかしく脚色した『恋の逃避行』っていう映画がヒットしたくらいよ」

「ええぇぇぇ! 恋の逃避行って映画のヒロインはお母さんの友達だったの! 凄い!」

「こんな話をよそでしたら駄目ですよ」

「う、うん、しないよ。でも、黙っていられるかなぁ」

「絶対に駄目ですからね!」

「はーい」

 琴音が本当に黙っていられるのか不安だった。

「その薫子がね、今度の同窓会に出席するらしいのよ」

「へー、久しぶりに薫子さんに会えるのね。それじゃぁ、今回の同窓会は欠席するわけには行かないわね」

「もちろん出席するわよ。帰りが遅くなると思うから、琴音は百地の家に行っていてね」

「はいはい、さっきまで同窓会なんて行きたくないって言っていたのにウキウキしちゃって。ゆっくり楽しんで来て下さいな」







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