51 緊張のほぐし方
しん……と静まり返った控え室の椅子に腰掛ける4名。長机の上には色とりどりのフルーツがカゴに盛られていて、良い香りを漂わせているが、誰も手をつける様子はない。
くっ……空気重い。とりあえず、昨日の求婚のカテーシーの件について謝罪したのだが……。
「この国であれを知らない女性がいるとでも思っているの!? 馬鹿にしてますの!?」
と、一喝された。必死に釈明もしたけどこれ以上喋ると衛兵呼んで叩き出す、と言われてしまった。
ムチムチメイド様は、それを何故かニコニコ顔で傍観しているだけだった。いや、見てないでなんとかして?
俺の必死の訴えをシアンの後ろで聞いて、なんでそんなに笑い堪えてんの? にやけ顔が全然隠れてないよ!? こっちから丸見えだよ!?
笑いを堪える度に肩がプルプル震えてるんですよ!? それにつられてアレもプルプルするからどうやっても目が行くんですよ!? 本当けしから……ありがとうございます。
黙れと言われてから、どれくらいたっただろうか……ソプラもまだ固まったままだし、王前の儀の身支度もしなければならないんだけど、気まずくて動けない……どうしよう。
頭の中であれこれ考えてはみたが、この状況を打破する良い案が思いつかず、時間だけが重々しく過ぎていく。
しかし、その重い沈黙を破ったのはシアンだった。
「貴女、さっきからずっと黙ったままで動きもしないけど王前の儀は大丈夫ですの?」
「…………」
固まったままのソプラにシアンが話しかけたが、それでもソプラの反応は無い。これはチャンス到来か!?
「いや、会場の人の多さを目の当たりにしたら緊張したせいか固まっちゃっ……」
「貴女は黙ってなさい」
「……はい」
くっ……まだダメだったか。でも、ここはシアンに素直に従うしかない。これ以上怒らせると、どうなるかわからん。
でも、ソプラをこのままの状態にしてはおけないしな……はたき起こしても、またあの人数を見たら固まってしまうだろし……どうしよう。
「まぁ、平民があんな数の人前に立つことなんてあり得ない事だし……仕方ないわね……」
シアンが椅子からスッと立ち上がってソプラが座っている横に歩いてくる。
「シアン様……」
「大丈夫よ、魔力は使わないから」
ムチムチメイド様が少し眉根を寄せてシアンを見るが、シアンは右手を軽く上げてそれを制した。
そして、ソプラをジッと見つめて、軽く息を吸い込んだ……。ん?何するんだ?
「起きなさーーーーーい!!!!」
「みぎゃーーーーー!!!?」
「いぃー!?」
控え室全体がビリビリと振動し、窓や扉もガタガタと音を鳴らし、壁に掛けてあったランプの光もゆらゆらと揺れている!
なんちゅう声出しやがる!? めっちゃビックリした!! 耳がキーンとするから鼓膜は大丈夫そうだけど、目がチカチカする! とても人に出せるような声量じゃねぇ!!
耳を押さえながら顔を上げると、ムチムチメイド様が澄ました顔して座っている。このバカでかい声聞いてなんで平気なん……っていつのまにか耳栓してやがる!? 汚ねぇ!!
シアンの子供の物とは思えない程の声量に、ソプラも椅子から飛び上がって耳を抑えながら、頭をフラフラさせている。
「起きたようね、これから王前の儀なのよ!? しっかりなさい!!」
「えっ!? ……あれ? シアン様!? 私……あれ?」
ソプラの硬直も解けたようだ。そりゃ、あれだけでかい声なら起きない奴はいない。
てか一言、言ってからやれ! ……あっ、こっち見て軽くドヤ顔してやがる、わざとか! こんちくしょう!!
「民衆の前っていうのは、初めは緊張するけど直ぐに慣れるものよ! 王前の儀が終われば、貴女は100年以上ぶりの平民からの選抜者として全国民の注目の的になるんだから、気をしっかり持ちなさい!」
「わ……わたしが全国民の……注目……あわわわ……」
いかん! ソプラが注目の的って事に反応して目がぐるぐる回っている! これだとまた固まってしまう!
それを見たシアンは、ふぅと肩で息をすると、むんずとソプラの頬を両手で鷲掴みにした。
「全く……これだから平民は手が焼けるわ。いい? 今回は特別だからね? 後は自分でなんとかするのよ?」
「ほぇ?」
するとシアンは両手を離し、目をつぶり、また軽く息を吸い込んだ。
まさかまた、さっきのバカ声で何かする気か!? ソプラは完全に呆けていて無防備状態だ!! 早く耳を塞がなければ!!
そう思った次の瞬間!
「君にあげたはずの〜」
さっきのバカ声とは打って変わって、滑らかな歌声が控え室を一気に包み込んだ。
その歌声は、優しく耳に入り込み、荒れた心を穏やかにして、抜けていくような……心地良く身体中に染み渡るようだった。
さっきまでの俺の焦りも心配も怒りも、みんなまとめて無くなってしまった。心が洗われるってこういう事なのだろか?
約3分のアカペラは、あっという間で衝撃的でアンコールを求めたくなるほどの歌声だった。生前の記憶にもこれ程の衝撃を受けた歌手は思い当たらない。
俺とソプラは、歌が終わると同時に自然と拍手をしていた。
「す……すごいです。わたしこんな感動したの始めてかも……」
「本当……すごい歌声だった。ゾクゾクしたよ」
お世辞では無い、2人の素直な感想だった。
「当たり前ですわ、私を誰だと思ってますの? 西の街一番……いえ、この国一番の歌姫! シアンよ! これで貴女達も私の聡明さがわかったかしら!?」
大人顔負けの素晴らしい歌声だったが、両手を脇に当て、エッヘンと胸を張る。こういう仕草が、まだ子供らしさを感じざるを得ない。
「アルトちゃん……すごいよ……さっきまでの緊張も不安も恐怖も、全部無くなっちゃったみたい……。今なら大勢の人の前でも大丈夫な気がするよ」
「マジで!? 歌の力って凄いな!?」
ソプラが自分の手をグッパーしながら心の変化に驚いているようだった。
「ふふん、光栄に思うのね。私が直接貴女に歌ってあげたんだから、効果は抜群よ! 今日一日は、平常心を維持できるわよ」
「シアン様……」
いつのまにかムチムチメイド様が、シアンの真後ろにしゃがみ込んで、ジト目で見上げていた。
「うっ……なによ! ちょっと魔力使っちゃったけど、しょうがないじゃない! 王前の儀は私とビオラ様も出るのよ! そんな大事な儀で、ガチガチに緊張して変な召喚獣呼び出されたら迷惑だからよ!
そ、そういう事なんだから、別に貴女の事が心配で歌ったんじゃ無いんから! 勘違いしないでよね!?」
なぜか頬を軽く染め、人差し指をビシリと俺たちの方に向けて啖呵を切ってくる。
「魔力を使ったのは別に良いのですが……先程の歌……2番の歌詞、間違えてます」
「うみゅ!?」
シアンの顔が一気に真っ赤になり、頭から湯気でも出そうな勢いだ。そして、何もなかったかのように、一言も発せず元の椅子に着席した。
ほほう……これはあれか? ツンデレってやつか? こんなベタベタのツンデレ、生で見たの初めてだ。
その後、ソプラの着替えを終えた後、ムチムチメイド様がメイクなどを手伝ってくれて王前の儀の準備が完了した。
シアンは王前の儀に移動する直前まで、顔を見られたく無いのか机に突っ伏したまま動かなかった。
* *
王前の儀の時間になり、俺たちは控え室を出て、ソプラ、シアンと別れたあと、ミーシャとドーラと俺とで特別閲覧席に来ている。
ボックス型の4人席で簡易的な屋根も付いており、天井に氷の魔石でも仕込んでいるのか、ひんやりとした空気が降りてきていて昼間の暑い中でも快適な温度を維持していた。
更に、サービスドリンクも飲み放題で王様も、召喚する所もバッチリ見える最前列の1番良さげな席だ。
そんなボックス席が左右に展開されていて、席には貴族っぽい人や、格好が派手な商人っぽい人、服装が違う他国のお偉いさんっぽい人など、様々な人が今か今かと王前の儀を待っていた。
「ミーシャここ凄いね、超高そうな席だけど大丈夫なのかな?」
「ふふふ、いいじゃない。普通は平民なんかが一生座れるような席じゃ無いのよ。ソプラが王前の儀に出るにあたって、チューバ先生が特別に用意してくれた席なんだから、しっかり満喫しましょう」
「そっ……そそそ。そうだだぞアルト!緊張しててて、迷惑かけるるなよ!」
「キュー?」
「お前よりは緊張してないから安心しろ、あとジュースこぼしてるぞ」
この超高そうな席でも、物怖じせずドリンクを飲み、余裕あるミーシャと、ガッチガチになって周囲をキョロキョロ見回しているドーラ。
まあ、俺もこんな所で緊張してないと言えば嘘になるけどさ……。でも、さっきシアンの歌聞いてから、気持ちが落ち着いていると言うか、緊張が無くなったというか、妙にスッキリしてるんだよなぁ。
そんな事を考えていたら、会場内から盛大なファンファーレが鳴り響いた!
会場内の観客のボルテージが一気に上がり、怒号にも似た歓声が会場を埋め尽くし、王前の儀の始まりを告げる!
頑張れソプラ! 俺はここにいるからな!
次回はソプラ視点です。バハはまだか……。




