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結局、オーランドの指摘は正解だった。
シャナの素性をろくに調べることもせず、下卑た笑みを浮かべた男爵が持ってきたのは毒物が入った小瓶だった。
「遺書を書いて、これを飲み死ぬか、処刑されて死ぬかのどちらかだ」
「……どちらにせよ、私は殺されるのですね」
「殺すなんて心外だな。君は君の望みによって死を選ぶわけだよ?」
「……形がどうであれ、あなた方、そうやって何人、あの人のいい人を殺してきたんです?」
シャナはすっと目を細めて、男爵をにらむ。そして、深呼吸をして、表情を作って胸を張ると、気圧されたように男爵が、おびえた顔を作ってあとじさった。
「なんの真似だ」
「……わが家の血に恥じないふるまいです。男爵様。もう少し、あなたは慎重になさったほうがいい」
そういって、今しがた気づいたシャナは後ろに潜む気配に笑みを浮かべた。しいて言うのであれば、あの香りがするのだ。
「さあ、私に毒を飲ませてくださいな? 男爵様?」
煽るように小首を傾げて目を据わらせたシャナは、上を向いた。
「……その言葉、後悔するんだな」
「いいえ。後悔するのは貴方のほうです」
きっぱりと告げたシャナに男爵の濁った眼に怒りの色が浮かんだ。がっとシャナの顎をつかんで口を割らせると、小瓶をくわえさせようとした。
その時だった。
「よもや、私の二つ名を、お忘れではないでしょうね?」
ぱっと、シャナの口をふさぐように黒革の手袋に包まれた手が後ろから伸びて、口をつかみ、小瓶を手甲ではじいた。きん、とガラスの当たる音とともに、シャナは後ろに引き寄せられるままに従った。
ふわりと香る、甘くさわやかな香水の香り。
湿っぽい地下室に不釣り合いなものだが、自然となじんで、空気を換えていく。
「ロラン……、さま……っ」
呻くように呼んだ男爵にセザールは、シャナを胸に引き寄せて笑みを消したその顔で、告げたのだった。
「いいえ。私はセザール。先読みの名を頂戴しておりますゆえに」
もう片手でシャナの拘束を解いて後ろにかばう。
「よもや、貴方様のような方が、そのような下賤の娘をかばいだてるとは……」
皮肉な笑みを浮かべる男爵に、セザールは、あきれたようにため息をついて背の低い男爵を見下ろした。
「私や、陛下、弟からすれば、よっぽど身分にしがみついて振りかざす君たちのほうが、市民よりよっぽど卑しく、怖気の走るほど嫌悪感を感じえませんね。私は王子としての身分を捨てた王族の身。血はあなた方が言う高貴でも、身分のない非人と同じ。それに、彼女は市位のものではない」
セザールは、本来ならば、これは僕の仕事ではないのですがね、と腰に佩いた細身の剣を抜いて男爵に突きつける。
「伯爵家令嬢の監禁、および殺害容疑であなたを軍部に引き渡します。彼女は、バルシュテイン家の令嬢。男爵よりは高位の貴族。オーランドが黙ってませんよ」
その言葉に青ざめた男爵が声もなく腰を抜かすのに、セザールは首筋に剣先を当てる。
「さすがに、オーランドの名前は知っているようですね? 男爵」
「首狩り伯爵と……」
「ええ。物理的にも首狩りしますし、きちんと社会的にも首を狩る人ですからね。覚悟を決めておいてくださいね。後悔するのはあなただ」
シャナの言葉を復唱して見せたセザールが余裕の笑みを浮かべて、剣をしまう。
「とらえておけ」
低い声で命令するセザールに従って、影の中から黒い男が動き出す。
「セザール様」
「遅くなってすいませんね。朝に抜け出すというのであれば、教えてくれていてもよかったのですが」
取りすがるシャナに、セザールはそっと乱れた髪を梳いて直してやって笑う。




