4、
やわらかい彼の声が脳裏で聞こえた気がした。
シャナは、ちらりと、送られてきた防寒具、というポンチョを見て、それを開いてみた。
ふわり、とセザールの香水の香り。胸に抱えて買ってきたのだろうか。
流行の配色だという、ワインレッドと藍色と白い差し色を施したざっくりとしたチェック模様は値段を考えなければシャナの好みぴったりだった。
「どうしよう……」
ぽつりと漏れたのは、か細い声だった。
ここまで文通を続けてきていて、セザールに対するいやな感情は薄まっていた。
会って話すときに感じられる棘が、文では感じられないのだ。
それも、下書きをした後はなく、途中悩みながら言葉をつづっているのがわかる、インクのにじみ具合が変わっていたり、乾き具合が微妙に違っていたりという手紙をよこしてくる。
それに、文字を見る限り、柔らかい人なのだと、分かった。
セザールとともに出かけること自体、いやだと思わない自分に驚いていた。
「あ、シャナちゃん! オーランドが呼んでるんだが」
「え? あ、はい! 今行きます」
手紙とポンチョを一緒において、下に向かうと、オーランドが疲れた顔をしてそこに立っていた。白衣も乱れて、走ってきたようだった。
「どうしたんですか? 私に?」
「帰ってきたセザールが倒れた。過労だが、俺もカレンも手が回らないから、看護役として、少し、力を貸してくれないか?」
「……たおれ……?」
「おい、しっかりしろ。大丈夫だ。まあ、うまく寝れなくて、少しうなっているが」
オーランドの言葉にふらりとよろめいたシャナを支え、カレンの父親に目を向ける。
「あいつに出してた薬草茶とコーディアルを用意してくれ」
すぐに贈れるように用意していたために、それはすぐに出てきた。オーランドはカバンに入れて、シャナを覗き込んだ。
「大丈夫か? 深呼吸しろ。ほら、吸って」
オーランドの言葉に従って深く息を吸い込んで、吐き出す。
「あいつのそばにいてやってほしい。できるな?」
「……はい」
青ざめた顔をしたシャナがこくんとうなずくのを見て、オーランドはシャナの手を引いて店を出てカレンの医院に入った。
「王城じゃないんですか?」
「王城で倒れたっつったら大騒ぎになるからって、わざわざここに飛んできたんだ。飛ぶ元気があるなら自分のベッドまで飛んでもらいたいものだ。まったく、迷惑極まりない」
ほかの患者でごった返す待合室を抜けて、二階の療養用の部屋に通す。
「あ……」
個室の小さなベッドに体を投げ出していたのは、セザールだった。かすれた声でうめいて、何かから逃れるように弱く頭を振っている。
「命に別状はない。疲れて熱が出てうなされてる」
「……薬は?」
「使うなと言われた」
「……バレリアンが通常の八分の一で、5時間寝ていました」
セザールの様子にショックを受けながら、シャナは、ポツリとつぶやいた。
「……おい」
「私も驚きましたが、それぐらい弱いらしいです。これほど弱っている時ではなくてもそうでした」
「……わかった」
シャナの言葉にオーランドは驚いたようにシャナを見て、すぐに言いたいことを理解したようにうなずいた。
「ここを頼む」
「はい」
オーランドが出ていくのを見送って、シャナは、浅く目を閉じて、苦しそうに息をするセザールに近づいた。




