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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
小編:シャナ・ユベールの奇妙な文通相手
80/146

2、

 かくして始まった文通は、1か月たった今でも、続いている。


 今日は店番を休んで、遊んでおいでといわれた日だ。


 そわそわと、シャナはカレンに選んでもらった勝負服を着た自分を見ていた。


 ことの発端はセザールだった。休みが取れたのでお茶菓子がおいしいお店に案内したいですという手紙に誘われ出てきてしまったのだ。


「大丈夫よ。私の見立てで、オーランドも太鼓判を押してくれてたんだから」


 さ、帽子をかぶって、これ、羽織ってね、と顔を隠すようなつば広の帽子を頭に置かれ、そして、ショールを羽織る。

 今日は夏の日差しが強い。具合を悪くしないためだ。


「失礼します。セザールですが?」


 今日は、セザールと街を歩く、その約束をした日だった。


 穏やかなセザールの声に、ぴくんと肩を震わせたシャナに、カレンは姉のようにおおらかに笑ってそっと肩を抱いた。


「大丈夫。シャナちゃん、かわいいから」

「そじゃなくてっ!」

「あの若狸に任せておけば大丈夫。エスコートもお手の物でしょう? セザールさん」

「人を女たらしみたいに言わないでください。最低限のマナーです」

「だって、オーランド」

「俺だってやろうと思ったら、それぐらいできる」

「する相手がいないんだもんねー! オーランド」

「うるせーな。しばくぞ」


 けらけらと笑うカレンに、口をへの字にしてそっぽを向くオーランド。


 あの出来事からというものの、オーランドは士官候補生の相手がない時は、ほとんどカレンの医院に入り浸っていた。というのも、カレンとシャナを神殿から救い出す際に、最後の後ろ盾として、貴族特権の範疇に入るように、カレンをオーランドの婚約者、シャナを妹とする書類を国に提出して受理されていた。

 それを事後報告されたカレンは、文句は言わずに呆れた顔をして、バカ。と、オーランドの頬を一つつねっただけにとどめていた。らしくないカレンに、オーランドは、カレンにつままれた頬をさすりながら納得いかないという顔をしていたという。


 なんだかんだ言って仲がよさそうな二人の姿に、くす、と笑うと、同じく笑ったセザールと目があった。


「さあ、お嬢さん。私とおいでくださいますか?」


 白絹の手袋を外して、手を差しだすセザールに、シャナは、目を見開いて、こくんとうなずいて手をその手に乗せた。


「では、お借りします」

「ああ。頼むな」

「ええ。ぬかりなく」


 シャナの手を引いて、セザールは、人ごみに入っていく。


「今日はどちらに?」

「近くのお店ですよ。お茶菓子と、お茶がおいしいお店です」


 迷いなく石畳の先の角を曲がって、人ごみから抜けると、裏路地にある一軒の控えめな看板が立ったお店に入る。


「失礼します。だいじょうぶですか?」

「ええ。ええ。こちらにどうぞ? 若い子たち?」


 柔和に笑ったのは、ふくよかな風貌の老婆。皺くちゃでふくふくとした手には今しがた焼き終わったのであろうサブレが入ったかごがある。


「お二人さんで?」

「ええ。紅茶でお願いします」

「はいわかりました。好みはどうだい?」

「私は特に。……そうですね、お菓子に合わせていただければ」

「一番うれしい回答ねえ。わかったわ。ちょっとお待ちね」


 サブレをシャナ達が座ったテーブルに置いて、老婆は店の奥に入って行く。


「ここは?」

「あの人が経営している、小さなお店です。裏路地にあるから、穴場なんです。紅茶に対する目も味も確かですし、貴女、甘いものが好きでしょう?」


 手紙の字が躍っていましたよ、と喉で笑うように言われて、シャナはカッと顔を赤くさせた。


「そ、そうですけど、……、字が躍ってた?」

「ええ。跳ねのところがぴょん、って跳ねるんですよ」


 お茶菓子を送った時の字がそうでしたので、と、柔らかく笑って言うセザールに、どこかくすぐったいような気分を味わったシャナは、うつむいていた。


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