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そして、帰ってきたカレンの父に、今日の収益だとお金を渡すと目を丸くされた。
「どうしたんだい?」
「セザール様がいらっしゃって」
「セザール? ……、オーランドとなんかかかわりがある人かい?」
「ええ。政務官だとおっしゃっていました」
「……うまく商売したな?」
「金はいくらでも持っていると言質は取りました」
そつなくいうシャナに、彼は苦笑して、シャナが作った雑穀スープと黒パンで晩御飯を食べ、コーディアルも売れたことを知って、漬けておかないとなとうなずいたのだった。
それから、忘れ物に気づいたのは、夜、眠るときだった。
セザールに案内した部屋は、実はシャナが使っている部屋なのだ。客室ということで使わせてもらっている。
「あ……」
サイドテーブルに置かれた眼鏡と髪留めに、目を見開いて、どうするべきを考え、夜のうちはやることができない、と判断したところで、ベッドに入る。
シーツも一日に二枚変えるわけにもいかないベッドは、ふんわりと、男物の香水の香りがした。
品のいいさわやかな甘い香り。
あれだけ近づいても香らなかったのだから、本当に肌が触れ合うほど近くによらなければ香らないのだろう。
眠るセザールの何とも言えない顔を思い出しながら、シャナもいつしか、眠りに落ちていた。
そして、翌日。
「お、シャナちゃん」
朝の仕込みをしていると、きっちりとした軍服に身を固めたバートラムがひょこっと顔をのぞかせた。
「あ、バートラムさん!」
「ああ、その様子じゃ、バカの忘れもんに困ってたんだな」
あいつも王城についてから気づいたらしくてな、と顔をしかめるバートラムに、上にあるセザールの忘れ物を取ってくるか否かを考えあぐねていた。
「ええ。その……」
「ごめんな。出張に出立するところなんだ。返せねえから、角の服物屋を左に曲がって三軒目の配送屋に、ロラン宛で持ってってくれ」
「ロラン?」
「ああ。セザールの本当の名前だよ。……俺もあいつも、いろいろ複雑な生まれでね。本名を名乗らないで仕事の時は別の名前を使ってんだ。王城に届けるなら、ロラン宛のほうが届く」
「わかりました。ではそのように」
「ああ。頼むよ」
「ちょっと、閣下! 逃げないでください!」
「うっわ、もう来た……。んじゃ、よろしくな」
「はい。いってらっしゃいませ」
ばたばたと出ていくバートラムを見送って、手早く仕込みを終えたシャナは、さっそくセザールの荷物とちょっとしたおまけ、小さなボトルに、ブレンドした精油を入れたものをつけて、一筆したためて、紙袋に入れた。
「少し出ます」
「はいよー」
ひと声かけて外に出て、シャナは言われた通りの場所で荷物を預けた。
「お嬢ちゃん」
「……はい?」
配送屋の店員が低い声でシャナを呼び止める。
「ロランの旦那の知り合いなのかい?」
「……ええ。それが?」
「……旦那に荷物っていうのが珍しかったからね」
渋い笑みを浮かべて、明らかに堅気にはいないだろう男が肩をすくめる。
「……ロラン様って」
「嬢ちゃん」
「はい?」
「聞かなくともいいことは、あるもんだ。必要だったら旦那がしゃべる」
だから、きくんじゃねえよ、という彼に、シャナはそっとため息をついてうなずいた。
「警告、ありがとうございます」
そういってシャナは踵を返して店に戻って、働き始めた。そして、セザールからの返事が来たのは二日後。
忙しく、返事が遅れてすいません、お礼の品です、と無駄に達筆な字が書かれた上質な紙とともに、マカロンが二つ、紙に包まれて送られてきた。
「うわぁ」
見たこともないお菓子に顔が緩むのは、まだまだ子供だからだろうか。
休憩時間に優しい甘さのマカロンを食べながら、紅茶を飲んで返事はどうしようかな、と浮き浮きした気分で考えていた。




