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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
小編:シャナ・ユベールの奇妙な文通相手
78/146

1、

「男を寝台に案内するなんて……」

「もう、恥じらうことなんてありますか?」


 部屋に案内して、ベッドに腰かけさせたシャナにセザールが微妙な顔をした。その顔に努めて淡々とした表情をしたシャナは、セザールの眼鏡を取り上げてサイドテーブルに置くと、ふ、と吐息が聞こえた。


「すいません。そういったつもりで言ったのでは……」

「どうでもいいですから、体の力を抜いて」


 肩を押してベッドに体を倒れさせて、よく磨かれた靴をせっせと脱がせる。上掛けをかけてやり、まだ、完全に寝台に体を預けられていないセザールの、硬い肩に手を置くと、眠そうな顔をしながら、あざけるように笑っていた。


「大丈夫です、このまま……」

「だめです。脱力して眠らないと、寝たのに体が疲れます」


 肩から胸へ流した長い髪を留めるシンプルな髪留めを外して、眼鏡のわきに置いて、手櫛で髪をほどいてやる。さらさらと、細い髪の毛が指先を楽しませた。


「……」


 がちがちに入った力が抜けないセザールがあきらめたように瞼をふっと落としたのを見て、そっと胸に手を置いて、子供を寝付かせるようにとん、とん、と叩いてやる。


「ここは、大丈夫。私がここにいます」


 見知らぬところで眠ることに恐れがあるらしい。

 かすかにこわばっている表情を見ながらシャナは思わずそういっていた。


 そして、胸を叩く指先を話して、冷え切ったペンだこのできた手を取った。


 力は抜けているが、硬く凝り固まっている。


 優しくほぐして包むように握ると、指先が震えていた。


「セザール様?」


 安らいだとはいいがたい、眉の寄った表情。かすかに目じりに光るものが見えるだろうか。


「……」


 シャナは、何も言わずに、震える指先をつかんで、そっと手の甲をなぜていた。


 そして、人より倍の時間がかかって、セザールの体から力が抜けたのを見て、体が冷えないようにさらに毛布をその上にかけて、お香を焚く。


 真っ青な顔をしてぐったりと寝台に横たわるセザールの整った面立ちに、シャナはため息をついて、部屋を後にした。


 疲れに効くお茶と、安眠の作用があるお茶のどちらも数種類調合して、少々値段は張るが少し栄養価の高いコーディアルを用意して、空いた時間で食べやすいものを作ってやる。

 あの様子では、まともに食べられていないのではないかと思ったからだ。


 そして、一時で起きるはずのセザールが起きてきたのは夕暮れ近く。じつに5時間も眠っていた。


「ああ、すいませんね。……ここまで寝入ってしまったのは……」

「いいですよ。少し、顔色もよくなりましたね」


 ばつが悪そうなセザールに、笑うシャナ。


 そして、作っておいた雑穀のスープを出してやる。


「……これはお店の?」

「いや、私の晩御飯のあまりです。ごはんもそれほど食べていないでしょう? あなた」


 気にせずに食べてくれ、とスプーンを差し出すと、くるる、と小さな声を上げた腹に手を当てて、申し訳なさそうに、いただきます、と寝起きのかすれた声でセザールは言うのだった。


「薬草茶の催眠作用なんて、お兄様が使っている薬に比べたらたかが知れています」


 食べ終わったセザールに、お茶の試飲をしてもらいながら、シャナが言った。


「ですが、僕は……?」

「ええ。それだけ体が休息を求めていたのと、そのたかが知れてるレベルのお茶の成分にやられるぐらい体が弱っていたということです。お兄様でも、ここまで寝たことはありませんよ?」


 せいぜい3時間というと、セザールは顔をしかめた。


「薬の類には弱いんですよ。僕は。……兄はどうかは知りませんが、弟も弱くてね」

「……そうでしょうね。だから、量は少なめに。どちらかと言ったら、安眠よりは気分を和らげるほうに重点を置いて薬草を調合しました」


 小さなカップにお茶と、水と、入れてセザールに飲ませる。


「こちらは少し癖の強いお茶ですから、こっちのシロップを少し垂らして」


 カップを差し出して飲ませると、セザールは目を見張った。


「これはおいしいですね」

「ええ。甘いものがお嫌いでないのであれば、こちらを私はお勧めしたいです。少々お値段は張りますけど」

「金はいくらでも持っていますから大丈夫ですよ。ではそちらを」

「わかりました。今お包みしますね」


 商品をもって、紙袋に入れていく。おまけのクッキーを入れてセザールに渡し、お代をもらう。


「ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、お手数をおかけして」


 店先の前まで送り、踵を返すセザールを見送る。さらさらとした白銀の髪が、柔らかな色合いをした夕暮れの色と室内からこぼれた光に反射してとてもきれいだった。


「黙ってりゃ、イケメンなのにな」


 ぼそ、とつぶやいて、シャナはそんな自分の思考に苦笑して、お店の後作業をする。店先に出していたハーブをしまって、のれんを下して、表の扉を閉める。

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