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「おや? シャナさん?」
外で品物の陳列作業をしていると、そんな柔らかな声が聞こえて、振り返ると、セザールが長い白銀の髪を一つに結わえた姿で、眼鏡をかけて立っていた。
「セザール様? えと……?」
「ああ、いえ。少し気分転換で散歩をと思いましてね。たまたまここに通りかかっただけです。……貴女は?」
「私は、ここで働いているだけですよ?」
「……オーランドの屋敷を出てですか?」
「ええ。今更令嬢教育なんて性に合わないですし、そもそも、メイドとしてあそこにいたのに、今度はメイドに尽くされる立場なんて、ちょっと抵抗があって」
「……そうですか。そういうものですかね。それで、ここは?」
「旦那様、あ、いえ、お兄様の行きつけのハーブのお店です。よろしければ、案内しますよ?」
「……僕には二度と話したくないと、いったのに?」
首をかしげてそういう彼に、シャナは、深くため息をついた。
「あくまで仕事ですから」
からかうような、どこか誘うようなセザールの表情に、いらっとしてにらむと、ふっとセザールの表情が緩んだ。
「奇遇ですね。僕も、そう思います」
お店に入るシャナに合わせて後ろにつくセザールの顔色をさりげなく確認しながら、薬草茶の調合を考える。
「ここに来たのは仕事?」
「いえ、そういったことではありませんよ。……貴女は僕に対していい感情を覚えていない。でも、仕事である限り、それに合わせて行動をしなければならない。投げ出すことをしないのは、僕も共感できるということです」
今日は、オーランドが一日中軍学校に詰める日で、カレンの父は、カレンの手伝いで医院に出ずっぱりだ。ここはシャナに任されている。
「それが、当たり前なんじゃないですか?」
「ええ。そうですとも。でもね、それができない甘ちゃんもいるんですよ」
席を勧めて、考えたブレンドで薬草を調合してお茶にする。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ふ、と花がほころぶような柔らかい笑みを浮かべて、お茶のカップを手に取る。そのしぐさもどこか優雅で見惚れる。
熱い水面に口をつけるときに一瞬の無防備の表情は、どこか疲れた顔をしていた。
そして、一口口に含んで飲み干した表情は、どこか、ほっとしたような、緩んだ表情だ。常に緊張にさらされている。
オーランドも夜の仕事が忙しい時によく見せていた一連の表情に、シャナは、奥にしまったコーディアルを取り出す。
「お仕事は忙しいのですか?」
渡すべきお茶のある程度の方向性を得られたシャナは、問診票を取り出してセザールに渡す。
「これは?」
「人の好き嫌いを書いてもらいます。それで、合うお茶を調合するのが私のやり方ですので」
そうしたほうがいいと助言をくれたのはカレンの父親だった。的確すぎて味を考えられないシャナに、教えてくれたこと。聞けば、カレンも同じだったと苦笑交じりに言っていた。
「薬はこの限りではありませんが、お茶は常用していただくものです。苦いお茶なんて毎日飲む酔狂な人はいないと、師はいっていますから」
シャナはそう言って、セザールがさっと紙に視線を滑らせてお茶を飲みながらさらさらと回答していくのを見ながら、頃合いを見計らう。
「これでいいですか?」
「ありがとうございます。……そろそろ眠くなってきた頃合いじゃないですか?」
「……やっぱり、何か盛ってくれましたか?」
「盛るなんて人聞きの悪い。一時ほど眠ってもらって、その間に調合します。上に寝台がありますので、足元にお気をつけて」
仕方ありませんね、と警戒した様子もなく笑うセザールに、シャナは早くもふらつく手を取って、階段を上り、整えてある寝台へ案内する。




