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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
跋文
72/146

跋。

 ぱらぱらと、雨が降り出した。


「シャナちゃん?」


 シャナは、あのひと騒動の後、カレンの父親の元、町の薬草屋に厄介になっていた。


 図らずも、仕えているはずのオーランドの妹だということを屋敷の全員に知られたために、居づらくなってしまったのだ。ジャックは、そのままいればいいと言っていたが、ほかのメイドや執事たちは、どう扱えばいいものか、といった空気がありありと感じられたために、オーランドに、自分から屋敷から出ていくと、いったのだった。


 渋い顔をしたオーランドに、助け舟を出したのはカレンだった。ハーブに興味あるなら、暇を持て余してる親父のこと相手にしてやってよと。


 オーランドも、あの爺さんのところなら安全だな、とため息交じりにうなずいた。その結果、住み込みでこの薬草屋の店員として働けるようになったのだった。


「雨が降ってきたと思って」

「そうだねえ。こりゃ、見事な夕立だねえ」

「ええ」 


 やさしい雨音を聞きながら、店の外に並べていた薬草を片づけていると、硬い靴が水たまりを踏む音とともに、雨がさえぎられた。上を見ると、漆黒の空になっていた。


 覚えのあるその()の色に、シャナは、ふっと微笑んで薬草を抱えて振り返った。


「兄さん……」

「久しぶりだな。シャナ」


 珍しく私服姿で白衣を着て往診カバンを持ったオーランドが表情をやわらかくして、傘を差しだすようにシャナの後ろに立っていた。


「往診ですか?」

「ああ。屋敷に戻る途中なんだが、少し、報告があってきた。爺さんもいるか?」

「おるぞー!」

「そうか。どうせ暇だろ。入るぞ」


 さりげなくシャナを先に入れて、傘をたたんで外に置いてから中に入ったオーランドは、相変わらず雑然とした店内を見回してため息をついた。


「おお、様になってるじゃないか。どうした。真似事か?」

「いや。……正式に軍医に転属した。その報告と、あと、仕入れを」

「ふんだくっていいか?」

「やめてくれ。適正価格で頼む」

「査察が入るってか?」

「ああ」


 店主である彼は、オーランドのしかめた顔を見て笑うと、奥へ通し、お茶を三つ入れて出した。


「疲れてるようだからね。少し酸味のあるものだ」

「それでいい。あんたの娘も人使いが荒い」


 カレンから、最近になってオーランドが軍の仕事と称して医院を手伝ってくれるようになったと知らせを受けたのはおとといだ。


「ははは、それこそわしの娘だな」


 こき使っているという報告の通りの様子に彼はからからと笑っていた。


 ぐったりとしているオーランドにおろおろとしていると、オーランドはシャナの顔を見て少し笑うと、頭を撫ぜた。


「で、いきなり転属、それも、医者になるってどういう心境の変化だい?」


 いきなり核心に迫る彼にオーランドはお茶を傾けてそっとため息をつくと、まっすぐと彼を見た。今までに見たことのない、ある意味、こんな目をしたことのないことが不思議なぐらい、年相応のまっすぐな目だった。


「別に、妙な正義感に駆られたわけじゃないさ。俺なりに、できることをして見ようと思っただけだ」


 そういうオーランドの表情がいつものしかめつらではなく、どこか晴れ晴れとしたものになっていることに気付いてシャナは目を見開いていた。


「何があったんだい?」


 シャナの父親でもある彼は、それを見て取ったのだろう。いぶかしげに首を傾げている。その顔に、オーランドは苦笑をにじませて、ことの顛末を彼に話す。彼は、シャナがオーランドの妹だったことしか知らない。


「そんなことが……」

「ああ。……まあ、シャナをさらった実行犯である影もどきについては、まだ捕まっていないから完全に事件は解決した、とは言い難いんだが、少しの心境の変化をもたらしてもおかしくないと思うが?」

「……確かになあ」


 苦み走った顔をしたのは、リチャードをよく知っているからだろうか。シャナが心配そうにオーランドを見ているのに気づいて、オーランドは一つうなずいて見せる。


「そんな大変なことがあったのか。いきなりシャナちゃんの出生証明書を書いてくれといわれた時についに気付いたかと思ったんだが……」

「シャナのことは最初から知っていた。……父の間際の懺悔を聞いた神官が葬式の時に言ってた」

「え?」

「で、行方を探していたんだが、なかなか居場所がつかめなくてな。まあ、案外そばにいたからジャックに言ってそれとなく守らせていたんだが。戦争挟んで迎えに行こうとしたら今度はシャナを狙っていた人買いの一団があって、それの摘発とかもしていてな。迎えに行くのが遅くなった」

「……で、メイドか?」

「いきなり俺の妹だからおいでといってもふつう疑ってかかるだろうが。それを考えたらメイドのほうがすんなりうちで保護できる」


 確かに、とうなずくシャナに、オーランドは、嫌な顔をして肩をすくめた。


「まあ、どこから嗅ぎつけられたのか、いや、影だからそれぐらいわかったのか。シャナが狙われて今回に至るわけだ。まあ、いつからか、お前も気づいてたろ」

「……え? ああ、ええと……」

「まったくわからなかった。バカ兄貴っていってもいいんだぞ。不器用すぎるぞこんにゃろうって」

「え? そんなことは言いませんよ。でも」

「でも?」

「……お兄様がいたら、こんな感じに面倒見てくれるのかな、ってちょっと感じたことはありますけど」

「どこで?」

「え? あの……、本とか、貸していただいたときに」


 ぽそぽそと言うシャナに、オーランドの表情がぐっと緩まる。性格には、カレンが言っていたように緩みそうになる口をむずむずさせたような、そんな表情を見て、カレンの父親はニヤッと笑っている。


「かわいい妹ができてよかったなあ」

「できたんじゃない。もともといたんだ」


 相変わらずの漫才に、シャナがくすくすと笑いだす。それを見て、オーランドが何も言わずに背もたれに背中を預けて目頭を揉んだ。

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