終、
「あんたが本当にどっちがしたいのか、よく考えることよ。このままふらふらして、言われたから軍医やって、心がつらくなって休職とか、体壊すとかダメだからね」
オーランドの過去を、時の権力者に逆らって患者を殺されて、医者という存在、行為を、否定した彼が、今度否定したがための悲劇に胸を打たれ、医者になろうとしている。
相反するその記憶が、オーランドを苦しめていることをカレンはよく見抜いていた。
「……そう、だな。……まあでも、今の今まで昔のことは忘れてた」
「あら。思い出させちゃってごめんなさいねー」
カレンがニヤッとして見せるのを見て、オーランドはそっとため息をついた。
「よく考えてみるよ。……すまんな、愚痴っぽくなって」
「いいのよ。暇なら話し、聞くからさ。愚痴言える人間なんて、あんた少ないでしょ? っていうか友達いる?」
「……いない」
ぽつ、といわれた言葉に、カレンは吹き出していた。一人で拗ねている幼子そっくりだ。彼の姿は。
「お友達もちゃんと作って、言える環境作りなさいね? あたしだけじゃなくていろんな人に話を聞いてもらっていろんな意見聞いて、相談して。じゃないと、……ただでさえ、あんた人の心に敏感な性質なんだから、壊れちゃうよ?」
記憶を読み取れること自体、負担になるのだ。自分にない経験を無理やり取り込むことだから。
今までのオーランドの様子がおかしい、情緒不安定までも行かなくとも、微妙に表情が揺れるときを思い出しながら、そういうと、オーランドは、何かをこらえるように唇を一文字に結んで、こくりとうなずいた。
「……ああ」
うなずいたオーランドは少しぬるくなったお茶を飲んだ。友達作ることに関しては何も言わずに拒否したな、と思いながら、カレンはそれ以上何も言わずにお茶菓子を食べて、つかの間の休憩を、楽しんでいた。
「午後はあるのか?」
「うん。午後もいてくれるの?」
「バートラムと夜に飯を食いに行く。それまで、まあ、軍舎にいなくてもいいだろう。引き継ぎも何も済ましたからな」
昼飯でも食いに行こうと誘うオーランドに、カレンは、うなずいて、立ち上がって出ていくオーランドの後に続いて、ふっと笑った。
「どうした?」
「ううん。まさか、こんな大きくなってあんたとこうやって普通にしゃべってご飯食べにいけるなんてね」
カレン自身が拒否していたその行動に、オーランドは片眉を上げてカレンを見た。
「嫌か?」
「ううん。嫌じゃない」
受付嬢の子も一緒に、と誘うところで、一人の男の子が医院の中に駆け込んできた。
「カレンねーちゃん!」
「どーしたの? キル坊」
「とーちゃんまた怪我したんだ」
「……もう……」
急患の依頼だ。
オーランドと目配せしあって、うなずき合うと、二人は白衣を来て、往診カバンを手に男の子の案内で医院を出ていった。
「おっさん誰だよ!」
「おっさんいうな。カレンと同い年だぞ」
「そこじゃないでしょ。で、お父さんまたなにしたの」
雑踏の中、駆け抜ける三人はところどころ外れた会話をしながら、人の迷惑そうな視線を気にせずに走る。
明るい日差しの中、 昼間の喧騒に足を踏みいれた二人と小さな一人は、がやがやとした活気に負けずに何やら言い合いながら、足早に歩を進めるのだった。




