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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
終章:前へ。
67/146

終、

「まあ、大方、カレンから、昔の俺の存在を聞いたんだろう。過去などを知らなかったあんたからしたら、カレンがいう誰よりも優秀だろう医者が率先して人を傷つけて、いれば守れるだろう患者を放棄している、とそう見えただろうな」

「……」

「実際、そうだったわけだ。あんたの娘だって、断言できる。俺がいれば、助けられた。……。その点では、俺の個人的な感情によって、助ける行為を放棄したこと、申し訳なく思う」


 遠い目をしてそう言うオーランドの脳裏には、前世の記憶を渡す代わりに受け取ったリチャードの過去の記憶が焼き付いていた。


 たった一人の愛娘、愛弟子を戦争によって奪い取られた父親。


 何かしてやれれば助けてやれたかもしれないという後悔が、いつの間にか戦争に対する恨みに、そして、オーランドの存在を知った時に、憎しみに代わって行った、哀れな男。


「そんなことを言われても、あの子は帰ってこない」

「あんたのやったことでも、アリシアさんは帰ってこねえよ」


 穏やかなオーランドの声にリチャードのこぶしがぐっと握られ、爪が手のひらを破る寸前で、オーランドの手がそのこぶしをほどいた。


「そんな憎しみや後悔、忘れちまえ。あんた、それにすべて塗りつぶされて、アリシアさんがどんな子だったか、思い出せねえんじゃねえか?」


 オーランドが手袋を外した手でさすりながらそういって、うつむいたままのリチャードを覗き込んだ。


 あの日以来、オーランドは手袋をするのをやめていた。


 それは、セザールに魔力のコントロールを教えてもらったことも起因しているが、本人の意識が変わったということが大きい。バートラムにやったように無差別にその身を焼く苦しみにも似た記憶を読み取り吸収することはなく、ただ、読むこと、読まないことを選択できるようになっていた。


 日焼けをほとんどしたことのない、貴族らしい繊細な作りをした手が、働いてごつごつとした手をそっと撫でる。


「……!」

「だろう? カレンに聞いたところじゃ、誰にでも優しいいい子だったってんじゃねえか。外科的手法は血が苦手すぎてできなくて、内科の診断と薬の調合がうまいいい医者だったって」

「……あ」


 目を見開いて、固まったリチャードに、オーランドは小さく笑ってそして、脱力した手を取って目を閉じた。


「後悔とか、そんな汚ぇ感情は医者にゃいらねえんだよ。そんなもん抱いちまったら、とてもじゃねえが人を助けるなんてできねえからな」


 脳内に焼き付くような感情の本流に目を細めながら、オーランドはリチャードの目をまっすぐと見た。


「カレンの目を通してみたんだが、あんたは優れた医者だ。そんなんが、こんな狭いところで閉じこもって与えられた贖いをするぐらいなら、あんたにはできることがたくさんあるだろう」

「……」


 ふるりとその瞳が震えた。


「汚ぇ感情すべて持ってってやるから。あんたは、あんたのできることしっかりやってくれ。カレンが、アリシアさんから聞いたという言葉を預かってきた」


 手を離して、うつろに見上げるリチャードの目をまっすぐ見てオーランドはしっかりとした声で言葉を紡いだ。


「たくさんの命を救えるこの仕事が誇りに思えるし、そんな中でも腕のいいお父さんは尊敬できる。これから、ずっとお父さんについていって、腕を磨いて、いっぱい困ってる人助けたい。……そう言ってたそうだ」


 学生の時に聞いたという、まっすぐでキラキラした言葉に、リチャードの目から涙がほろりとこぼれるのを見ていた。


「あの子は……」


 絶句したようにそうつぶやいて、そして、リチャードは目を閉じてうつむいた。


「あの子は、そういう子だった……」


 絞り出すようにそうつぶやいた彼に、オーランドはそっとため息をついて声もなくうなずくと、顔を覆って嗚咽を漏らし始めたリチャードを励ますように肩をたたく。


「俺からも力添えはしておく。あんたが望むなら、好きなところで医者をやればいい。あんたはその感情を屑に利用されたただの被害者だ」


 そういって、オーランドは話したいことはすべて話し終えたといわんばかりに、牢を出て、外に控えていた男から剣を受け取ると、拘置所から出て、執務室には戻らずに町に出た。

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