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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
7章:燃え上がる炎と記憶
59/146

7、

「旦那様!」


 鋭いシャナの声に、男たちの注目がオーランドに移る。オーランドが膝をついて、二の腕の傷を押さえ、そして、その上に複数の神官たちがとびかかろうとしていた。


「隊長!」

「下がってろ!」


 助けに入ろうとしたオーランドの部下を制する鋭い誰かの声とともに、オーランドを中心に強い風が吹いた。


 とびかかろうと地面をけっていた神官たちが足元をすくわれたように体勢を崩して倒れこむ。


 運悪く短剣を自分につきさした神官がいる中、金髪の男と銀髪の男がオーランドの両脇に降り立った。


 一人は軍服の正装をした男。

 そして、もう一人は、藍色の地で細かく銀糸で刺繍された魔術師の長衣を羽織った文官の男。


「まったく、無理をする」

「バカかお前は」


 両脇に降り立ったバートラムとセザールに、唖然とオーランドが見上げるのに、バートラムは、右腰に佩いた剣をすらりと左手で抜いた。


「こんなところで俺のがドンパチして悪かったな。でもな、コレ、お前らどういう行為かわかってる?」


 静かな声に、神官たちが後ずさりを始める。


 片や少将にして、二つ名を鬼畜のバートラム。

 片や文官にして、二つ名を先読みのセザール。


 そして、その中心にしゃがみこんだ軍服の彼が、首吊り子爵であると、ようやく神官たちが理解し始めたのだ。


 現役の准将にして、貴族の嫡子に刃を向けた。


 それは不敬罪や、その他もろもろの罪でしょっ引かれても仕方ないことなのだ。


「むろん、背信者の処罰に……!」


 青ざめたまま、そう口を開いた神官にバートラムは刃を突きつける。


「なわけねえだろ。たかが平民上がりの神官どもが立派に伯爵リンチしてんじゃねえよ。国として、裁判もなしに貴族様をリンチする神殿は放置しておけねえ」

「国? 軍関係者の貴方様がなにを言うか」

「と、そこにいる、政務官のセザールは言うぜ」


 オーランドのひどいけがに手を当てたセザールが、一度手を止めて嫌そうにバートラムを見上げた。


「そこで私の名前を使わないでくださいよ」

「だって、俺、一応軍関係者だし? まあ、そういうことで、この場は俺ら、軍部が取り押さえさせてもらう。かかれ!」


 バートラムの怒鳴り声に、男たちの雄たけびがそこらじゅうから聞こえて、一気に神官の集団は黒づくめの軍人にとっちめられていく。


「あー、セザール? それ、どうするの?」

「餌になってもらいます」


 二人が来て気が緩んだのか、しゃがみこみ、警棒を握ったまま気を失ったオーランドから手を離さないセザールに、バートラムが顔をひきつらせる。


「んーと、神意に背いてないっていう意味での餌でいいんだよな?」

「ええ。見世物になってもらいます。これだけの手間をかけたんだ。いくら焦っていたとはいえ、事後報告で動かれるとこっちの予定もかなり狂う」

「……まあ確かに」


 いらだった顔をしたセザールが、すっと表情を引き締めて、捕り物が終わって一つに固められていく神官たちを見やった。


「前を開けて」

「おい、今からちょっとしたショー始めっから、簀巻きどもに前開けてやれ!」


 どさどさと、もののように積み上げられていく神官たちの心底悔しそうな顔を見ながら、バートラムは、セザールの手では支え切れていないオーランドの体を支えてやる。それに気づいて、セザールは苦笑を返した。


「お前、神聖魔法使えたの?」

「昔ほどうまくはありませんけど、これぐらいなら」

「昔って」

「前世。鎮魂まで行けました」

「ほんとお前、良い意味で化け物だな。よし、今世でも使えるようになれ」

「無理ですよ。僕、信仰心なんてかけらもありませんもの」


 肩をすくめてうそぶくようにいうセザールに、幾もの視線が突き刺さる。それを見て、ふっと嘲笑するような笑みを浮かべた。


「私が何者か、みなさんお判りですね?」


 前に落ちてくる髪を後ろに払って一歩進みでるセザールに、その姿を知っている神殿長が牙をむくように顔をゆがめた。


「政務官セザール」

「そう。またの名を、王兄のロラン。私が、魔術に精通していることは皆様ご存知でしょう」

「……っく。異教の」

「異教かどうかわかりませんよ? それに、あなた方が普段お使いになられる秘跡の浄化。あれだってれっきとした魔術です」

「それは、神の御業だ!」

「けがを癒す神聖魔法も?」

「当たり前だろう! 邪教の徒は決して使えない神聖なる御力だ!」

「じゃあ、私にそれが使えないと、そう思いですね」

「……当たり前だ!」

「邪教の徒には決して使えない。つまりは、神に許されないもの共は、神聖魔法すら使えない、使って癒せない、浄化もできないとあなた方は言いますね?」

「愚問だ!」


 乗せられているとも気づかずにそう怒鳴り散らす神殿長に、部下の神官たちも、あーあ、といった顔をするものが出てきた。基本的に聖典には、悪しき人への救済がかかれているのだ。基本原理を否定する言葉を聞けて満足げにセザールは、そっと、オーランドの髪を撫ぜて、そして、開いてしまった腕の傷に手を当てる。


「神を騙る背信者たちよ。括目せよ」


 魔力を乗せた声で神官たちの注目を集め、そして、わざとらしい詠唱を持って神聖魔法を発動させたセザールが、怪我が治り、ぱたぱたと落ちるように滴っていた血が止まるのをみて、満足げに表情を緩める。


「オーランドはどれぐらいで起きる?」

「すぐ起きますよ。貧血もいやしときました」

「……何ができねえんだ? お前」

「お友達を作ることですかね?」


 ちらりと、憎しみにも似たような目でこちらを見やる神官たちを差したセザールに、バートラムはぶっと吹き出してつぶやくのだった。


「そういや、昔からそれだけは苦手だったっけな」


 からからと笑うバートラムがうるさかったのか、オーランドが目を覚ましてはっとあたりを見回す。


「ということでおいしそうなところ、かっさらいました」

「お前ら……」

「ま、いったん俺たちに任せて、あの子たちと話してきな」


 と、神官たちの護送を請け負ったバートラムがどこかへ向かうのに、オーランドは呆然とセザールを見ていた。


「あまり無理をするもんじゃありませんよ。僕は、ここの取り押さえ調書を持って神殿を取り押さえます。話が済んだら、あなたの部下たちに、ここの警備とがさ入れ、を頼んでください」

「……」


 それでは、と何事もなかったように護衛の影を引き連れて、セザールが悠々と歩いて行く。その背中を見送って、オーランドは痛みのなくなった腕をさすり、握りっぱなしの警棒をしまって立ち上がった。

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