5、
そして、夜が明け始めたころ、ようやく外で片付けや現場検証などをしていた軍人がいなくなって、落ち着いた。そのころを見計らってか、一人の男が、カレンを訪ねていた。
「カレンさん?」
聞き覚えのある声に、カレンは、水と水差しを用意しようとしていた手を止めて眉を寄せながら玄関へ向かった。
「リチャードさん? どうしたんです?」
「ああ、いえね。ここが襲撃されたと聞いて。大丈夫だったかい?」
そういって、カレンを覗き込んだ、シャナの治療を一緒にした町医者が、普段穏やかな色を乗せている顔に、心配そうな色を乗せた。彼は、この近くでカレンと協力しながらこの地域一帯を診ている医者だ。そんな彼に、知らせが行ったら、こうやって見に来るだろう。
「ええ。私自体は大丈夫です。……その……」
直前出かける約束をしていたのはリチャードだった。彼と一緒に教会に赴いて、少しひどい咳をしている子供を診る予定だったのだ。
「いや教会のことはいいんだよ。こんなことになってしまったんだから。娘のアリシアのようにならなくてよかった。……でも襲撃されたにしては」
心底安心したようにつぶやいたリチャードに、カレンはふっとなんとも言えないといった顔をした。
「うちの前で、侵入を防いでくれたんです。だから、ここは大丈夫でした」
「ああ、そうか。警邏の軍人たちかい?」
「……いえ。直前まで、シャナちゃんを見ていて、オーランドに送ってきてもらって……」
「彼が一人で?」
目を丸くするリチャードにカレンはそっと視線を落として、今は傷つき眠っているだろうオーランドを思う。
「ええ。もっとも重傷を負って……」
「カレン」
静かなオーランドの声に、カレンが目を見開いて勢いよく振り返った。
壁に手をついて、上半身だけ脱がされたオーランドが、包帯ガーゼだらけのぼろぼろのまま、処置室のドアの枠に寄りかかって立っていた。その顔色はひどく悪いが、目だけはいつもの眼光を保ってリチャードを見ていた。
「オーランド? いきなり起きて……!」
「のど乾いた……」
「ああ、そりゃごめん」
リチャードに話しかけられて、やろうと思っていたことを忘れていたと言いたげにカレンは井戸に足早に向かった。その場には、リチャードとオーランドが残され、リチャードが気づかわしげにオーランドを覗き込む。
「怪我の具合はどうだい?」
「貧血がひどいだけです。ご心配なく」
かすれた声でオーランドはつぶやいて、玄関すぐに設けられた待合室の椅子に腰を掛け、深く息を吐いた。
「顔色が悪いね。やっぱり」
「……さっきまでくたばっていましたから」
目を閉じて、カレンを待つオーランドは、リチャードとは話すことはないと言いたげに口を閉ざしてうつむいた。
「オーランド?」
コップと水差しを持ったカレンが、自然にオーランドの隣に寄り添って水を注いだコップを渡す。
「握れる?」
「かろうじて」
吐息交じりの声にカレンがハラハラとしながらコップを渡してうまく力が入らないような、それでも無理やり握ってコップを傾けるオーランドを見て、コップの手を支える。
「カレン?」
「もっと飲む?」
小さな手が添えられていることにオーランドが驚いたようにカレンを見ると、カレンは顔を背けてつぶやいた。手を離そうとはしない様子に、苦笑を浮かべてオーランドはコップをカレンに返した。
「大丈夫だ。……おとなしくベッドに戻ることにしよう」
「そうして頂戴」
「あ、無事なようだから、俺も長居はせんよ。カレンちゃん、くれぐれも体に気を付けてね。お大事に」
「ありがとうございました」
リチャードが気まずげにその場から退散する背中をすっと表情を鋭くして眺めたオーランドに、カレンは首を傾げた。




