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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
4章:オーランドという男
38/146

4、

「これでもあらゆる線を考えなければいけませんからね。……そっちの線は消えましたか」

「そっちの線?」

「彼らとグルだったと」

「バカ言わないでください!」


 さすがのその言葉に、シャナは声を荒げるとぐっと小さなこぶしを握った。


「なんで、私が、旦那様の手を煩わせることをしなければならないんですか!」


 叫ぶような強い声に、セザールは驚いたのか、目を見開いて、食い入るようにシャナの顔を見た。


「……申し訳ございません。完全に、外れているようですね」

「当たり前です! ふざけるのも大概にしてください!」


 その憤慨ぶりに硬い声で謝るセザールの頬をぱんと小気味いい音を立てて平手で打つと、シャナは背を向けた。


「出てってください。私はもうあなたと話したくない」

「…………」


 そっとセザールがため息をついて、静かに部屋を出ていこうとするが、扉の直前、セザールは足を止めて振り返った。


「茶目に茶毛。……よく似ていますね」


 静かな言葉に、はっ、とセザールを見ようと振り返ると、セザールは背中を向けていた。


「胆が据わっているのもよく似ている。……先ほどの言葉、大変失礼しました。では、ごきげんよう」


 そういって、セザールは部屋を出て行って、入れ違いにバートラムが入ってきた。


「あー、シャナちゃん?」

「なんですか?」

「すまんな。ロランが……」

「……いえ。お気にせずに。バートラム様の責任じゃないでしょう」


 ばつの悪そうなバートラムに、シャナは、目を閉じて気分を落ち着かせるようにため息をついて肩をすくめて見せる。


「……まー、そうだが、よくああやって人をおちょくって遊ぶんだよ。後できつく言っとくから……」

「私の証言は、役に立ちそうですか?」


 話を切り上げるように言われた、まるで、外で聞いていたのがわかっている、と言いたげなシャナの言葉に、バートラムが驚いた顔をした。


「立ち聞きしてたのばれてたのか?」

「……まあそれぐらいしていてもおかしくないかな、と」

「……おっかねえ嬢ちゃんだ」


 相当驚いているらしいバートラムにシャナはくすりと笑った。先ほどまでの憤慨ぶりはどこへやら。バートラムが、一瞬、演技だったのか、と疑うほどだった。


「まー、君の証言は結構あれだぜ、特徴を掴んでる。俺も驚いた。ここまではっきりと聞けるなんて思わなかったな」

「特徴?」

「他人に見えないよう。っていったろ?」

「ええ。見えていれば、誰かしらが止めてくれるでしょうに?」

「そうだね。だから、それは、俺たちにとって重要な情報。そんな武器を持っているのはかなり高位の影で、なおかつ、そんなんなのに干された不肖者。後はロランがどうにかしてくれんだろ」

「ロラン……?」

「あー? 聞いたことないか。セザールのことだ。もともとロラン、って名前だったんだが、政務官になるときに名前を変えたんだ」

「なぜ?」

「まー、その話はまた今度な。影を統括するといってもあいつは影じゃないさ。んでも、影を統括する国の人。お偉方の一匹」


 肩をすくめてバートラムが言うと、シャナは首を傾げた。


「でもどうして、それを私に教えてくれるんですか?」


 もっともな問いに、バートラムは、虚を突かれたように目を瞬かせてシャナを見ると、次の瞬間には馬鹿笑いを始めた。


「ははは、それはその通りだ。まあ、でもまだこれは貴族の連中なら知っていることだ。大丈夫」


 なにが、具体的に大丈夫、とは言わないバートラムにシャナは、何も言わずにうなずいた。


「さて、俺の本題だが、いいかな?」

「……オーランド様のことですね」

「ああ。……君さ、オーランドの素手に触れたろ?」

「……え? ああ、治療の時は素手でしたけど。そういえば、旦那様の素手は初めて見ました……」

「なんか、怖かったとか、そういう胸に巣食う感情、楽にならなかった?」


 真面目なバートラムの深い緑色の目を見ながら、シャナは首を傾げて、オーランドに助けてもらってからを思い返した。


「……そういえば、そういう、嫌悪感とか、そういう感情は、薄いような……」

「やっぱりな」


 ポツリとつぶやいて、何とも言えない顔で目をつぶったバートラムは、しばらくその状態で何か考えるようにして、そして、深くため息をついた。

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