4、
屋敷から火急の知らせが来たのは夜半過ぎ。看病を続けていたカレンが一度家に帰ってからのころだった。
「こんな真夜中に……。またババアか?」
緩まった衣服を整えて、屋敷からの急使を迎えたオーランドが不機嫌そうにつぶやいた。
「ええ。夜遅いので、お送りしますといっても、聞いてもらえずに……」
「俺を出せと?」
「ええ……。その、申し訳ございません」
小さくなって謝る彼の肩を気にするなというようにたたいて、オーランドは深くため息をついた。
「旦那様」
「武力行使だ。俺の部下がおそらく、南の詰所にいる。この殺気だった状況、屋敷の雰囲気を読めないバカ者にはお灸をすえねばならん」
低くつぶやいたオーランドは、急使をまっすぐ見た。
「命令だ。俺の部下を呼びつけて、屋敷の警護をさせろ。俺のところで何があったかぐらい、伯爵家は知っているだろうが」
「は、かしこまりました」
軍にいるとき、部下に対する口調に戻ったオーランドに急使がピッと背筋を伸ばして駆け足で戻って行く。
「どうするんです?」
「叔父上に話しに行く。ここを頼む」
「……くれぐれもご無理をなさらないように」
「ああ」
剣を佩いて、洗っておいた軍服の上着に袖を通したオーランドは、一人で厩から馬を出して、またがると別邸を後にして、町の方向へ行く。
バルシュテイン伯爵家の王都の邸宅があるのは王城からそう遠くない場所、武家の一門らしく軍舎にほど近いところだった。今、ここに居座っているオーランドの叔父は、軍部には勤務したことのない、オーランドの父が健在の時から領地の管理を任されていた男だった。それゆえに彼を軽んじ、バルシュテイン伯爵家もここまでか、という声がそこかしこからオーランドの耳には聞こえているのだが、彼から伯爵を返すという言葉はまだ聞けていない。
「オーランドだ。夜更けにすまん。緊急の用事があり、叔父上に取次願いたい」
「オーランド様! しかし……」
「手前らのざる警備によってくそババアが俺の邸宅で大暴れしてるんだ。いい加減しねえと、お前ら全員しょっ引くぞ!」
臭いものにふたをしたい執事が声を潜めてオーランドをたしなめるが、オーランドには効き目がない。
「うるさいぞ、オーランド」
「ババアはこれ以上にやかましいわ。くそじじい」
そしてしばらく執事と押し問答をつづけていると無視を決め込んでいたらしい現バルシュテイン伯爵である、ジルが出てきた。すかさずオーランドは詰め寄り、私兵の一人があわててオーランドを止めにはいる。
「なんだ? こんな夜更けに」
「ババアがあんたらの監視をくぐってこっちに来やがった。引き取り願う」
「ふざけるな」
「どっちがだ。くそじじいが。ふざけてんのはてめえらのほうだろうが」
「オーランド様、さすがにその口のきき方は」
「てめえはすっこんでろや」
たしなめる執事にオーランドが間髪入れずに言ってのけて、ジルをにらみつける。
「言ったよな? あんたらが監視しててくれるのであれば、俺は、とやかく言わんと。あの婆がやらかしてることも大体目をつぶってやると。だが、そっちがそのつもりだったら、いつでもお前ら全員しょっ引く用意はあるんだ」
「しかしな、ままならんのだよ……」
「なにがままならんだ、言い訳はいらねえよ。やる気見せろや」
完全に恫喝しているオーランドに、執事が後じさり、そして、詰所にいるであろう私兵を呼びに行こうとする。
「ここで何かやっても人の家だ。軍は介入できねえぞ」
目ざとく見つけたオーランドが腰にはいていた剣を鞘ごと突き出して執事の足を止めさせる。
「だからこそ」
「俺が皆殺しにしないとでも?」
ぎろりとにらみつけるオーランドに執事の動きが止まって、もの言いたげにオーランドをにらんだ。
「何を保証してもらっているのかはわからんが、お前にそんな眼で睨まれる筋合いはないが」
オーランドを見捨てておそらく羽振りのいい今の主についた執事に軽蔑の目を送る。
「……ゼイン。彼女を迎えに。どこにつれた?」
「おそらくは南の詰所。そこで待っとけ。うちの部下が簀巻きにして持って帰ってくる」
執事が動き出すのを見届けて、オーランドは深くため息をつく。




