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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
3章:旦那様とは
28/146

3、

「シャナ」


 声をかけて扉を開けると、まだシャナは眠っていた。


「……ひどいですね」


 町医者は、青あざの残るシャナの顔を見てつぶやいた。ここに運ばれた直後、カレンを呼びつけ、二人で優先させなければならない手当てをやったために、顔や、腹や背中の打ち身の手当ては、消毒しただけにとどまっていた。


「湿布の調合をしてくる。あざの簡単な処置を」

「わかったわ。行ってちょうだい」


 オーランドの指示にうなずいて見せたカレンは、下ろしていたつややかな黒い髪を一つに高く結い上げて町医者に持たせていたカバンを受け取って、動き始めた。


 それを見届けたオーランドは、その場から離れて、私室へ戻ると、机の引き出しに隠してある精油と乳鉢、そして、乾燥させた薬草を取り出して机に広げた。


「ジャック」

「ここに」

「油紙をここによこした後乾いた布と、煮沸して冷やした水を持ってカレンのところに行け」

「はい」


 ジャックが戻ってくるまでに、オーランドは、薬草を手早く調合して粉状にすると薬包紙で包み、次に、軟膏板とへらを取り出して、蜜蝋をとかし、馬の油と精油を混ぜてからやわらかくした蜜蝋を加えていく。


「旦那様」

「ごくろう」


 ジャックの手から指示したものを受け取って、油紙に、今練った軟膏を取って行く。


「これをカレンに。渡せばわかる」


 そういって、油紙をジャックに持たせてカレンの元に行かせて、桶に張った水に精油を垂らして布をくぐらせて絞る。そして、それを手にカレンが忙しそうに動く部屋に入ると、ちょうどシャナの腹に油紙を貼っているところだった。白い肢体に浮かんだ青黒いあざが見るに堪えない。


 町医者は軟膏が塗ってある油紙を手に、足や、手の差しさわりのないところの手当てを易しくしている。


 ひどい部分やきわどい部分はカレン、軽く差しさわりのない部分は彼というように役割分担をしているらしい。


 その手際を見ながら、オーランドは、シャナの傍らについた。


「これほどひどいのに中は大丈夫なのよね?」


 慎重に油紙を青あざの上に乗せ、そして綺麗に包帯を巻きながら、カレンがつぶやいた。


「ああ。吐血や、腹部の緊張などの症状はなかった。もし、中に異常がある場合は、腹筋の硬直や、極度の腹痛、嘔吐などの強い症状が出てくる」


 その手を手伝いながら、オーランドは淡々と述べていく。カレンが、ちらりとその冷静なオーランドの顔を見上げる。その目は真剣だ。


「出てこない場合は?」

「ない。怪我などでなら特に出てくるし、場合によっちゃそれがなくてもショック状態に陥って、とっくにくたばってるわ」


 そしてオーランドは精油で香り付けした水にくぐらせたタオルで、そっとシャナの顔をぬぐって、腫れている口元や頬を押さえてやる。


「それは?」

「これ以上腫れないようにだ」

「あんたがそんな気づかいするなんてね」

「……」


 そんな皮肉にさすがにオーランドはカレンを見た。カレンは真剣な目を一転させて、どこかバカにしたような、そんな表情を浮かべて、オーランドの手を見ていた。


「何よ」

「俺が何をしようと俺の勝手だ。鬼畜な目にあった彼女にやさしくしてやりたいと、思うぐらいの心は持ち合わせているつもりだ」

「初耳だわ」


 辛辣なカレンに、オーランドはかすかに眉をひそめて、何かを言おうとしたが、腕の中にいるシャナが身じろぎをしたことに気付いて目を向ける。

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