3、
「……ち」
舌打ちをして、一人で居間のソファーに座りこむ。ドロドロに汚れた上着は洗濯をして、すでに干してある。
シャナをここに運び込んで、まだ、半日しか経っていない。
「……」
治療用に持ち込んだカバンの中から、消毒用に精製したアルコールを取り出して中身をあおる。度数は70~80%付近のかなり強く精製してあるものだ。
のど元を熱いものが滑り落ちるのをかんじながらオーランドは酒をしまって口の端を手の甲でぬぐう。
「……くそ」
そうつぶやいたオーランドは、立ち上がって、呼び鈴を鳴らした。
「いかがいたしました?」
シャナが眠っている間に呼んでおいたジャックが控室から出てくる。
「軍のほうに行ってくる。くれぐれも、シャナを寝かせておくように」
「かしこまりました」
うなずいたジャックに、オーランドは満足げにうなずいて、外に出て、無造作につないである馬の元に向かう。不満げに手綱を引っ張って遊んでいた馬の鼻面を軽くたたいて、ほどき、またがる。
「お帰りはいつでしょうか?」
「さあ? 遅くても夕暮れまでだろう。……一人で突っ込んでたくさん殺したからな。謹慎を言い渡されてくる」
「それは、ようござんした。貴方様もかなり疲れた顔をしている」
「お前らほどじゃない」
シャナをさらう時に襲撃され、殴られ口の端を切り頬にあざを作ったジャックを指さし、馬を走らせる。
「あと半日だからな」
疲れたように頭を振る馬の首筋をたたいて、手綱を捌く。そして、日の光が橙から、白金色に柔らかな黄色を混ぜた日の色になったころ、城についた。
「オーランド!」
「遅くなってすまん。とりあえず、彼女の状態も落ち着いた」
「ならよかった。連中については俺たちが扱うことになった」
珍しくオーランドの執務室ではなく、バートラムの執務室に通されたオーランドが、バートラムがいつもそうしているように応接セットのソファーに座ってふんぞり返ってため息をついた。
「徹夜か?」
「お前らもだろ」
「まあな」
タフに笑って見せたバートラムはあらかじめ用意していたらしいコーヒーを入れてオーランドに渡す。
「軽食だ。セザールの差し入れだから王城の連中が作ったやつだ。うまいぞ」
そういってサンドイッチを差し出すバートラムに、オーランドはあきれたような顔をして、一切れ受け取る。
「いい身分だな」
「まあな」
鼻を鳴らして言ったオーランドの向かいに座って、バートラムが深くため息をついた。その様子に受け取ったサンドイッチを食べようともせずにオーランドはそっと息を整えた。
バートラムを巻き込んだとはいえ、命令を待たずに単独で潜入、そして、犯人グループの一部を殺害、過剰に痛めつけて捕縛。
十分すぎる規程違反だった。処分内容はおそらく謹慎。免職までは行かないもののそれなりに重い処分だ。
「いわんでもわかる、日数だけ教えてくれ」
「それも俺の裁量で決められることになったんだな」
「……何した?」
にやっと笑ったバートラムに眉を寄せて見ると、バートラムはいたずらが成功した子供のように得意げに笑った。
「ん? ちょっと爺さん方の弱いところを突いて、国に追及されるのと俺に全権を預けるのどっちがいいって選ばせた」
「……嫌なやつだな」
「だってめんどいんだもん。お前がいたほうがサボり場所が増えて俺もうれしいし」
「お前な……」
バートラムの無邪気なといっていいほどの表情を見て緊張感が解けたのか、オーランドは、何とも言えない顔をしてため息をついて、会話をしながらサンドイッチを食べ始めた。




