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オーランド・バルシュテインの改心  作者: 真川紅美
3章:旦那様とは
24/146

3、

 そして、シャナが目を覚ましたのは、日の出前のことだった。


「……あ」


 ベッドの傍らにいすを置いてサイドテーブルに体を預け、腕を組んで眠るオーランドの姿を見て、かすれた声を上げ、そして、体のいたるところに響く痛みに目をつむった。


「シャナ」


 そのかすかな声を聴いたのか。


 ふっとオーランドは目を開いてそっと柔らかな髪に指を挿し入れるように髪を撫ぜる。


 ひんやりと冷たい指先が、大きな掌が、とても優しく感じられたシャナは、我知らずにほうと息を吐いていた。


「旦那様……?」


 のどに引っかかるような声を上げ、薄目を開いたシャナを見て、オーランドがほっとしたように、寄っていた眉根をほどいた。


「起き上がれるか?」

「はい」


 痛みを我慢して、起き上がろうと腕に力を籠めたシャナだったが腹と背中に走る鈍い痛みに、顔をしかめ、そして中途半端な状態で固まってしまった。


「……無理に起き上がらなくていい。少し待っていろ」


 そういって、オーランドは部屋を出ていき、しばらくして、手のひらに乗せられる程度の大きさの深皿と、薬包紙を持ってきた。


「まず、水を」


 水差しから吸い飲みに移された水を、シャナの口元に当てて、ゆっくりと飲ませたオーランドは、深皿に入っていた何かのゼリー寄せの中に薬包紙の中身を入れて、ゼリーで包むようにして、シャナの口元に持ってきた。


「そのままのみなさい。かなり苦い」


 果汁で味付けされたそれを、素直に飲み込んで、ゼリー寄せ自体をすべて食べ終えると、オーランドはいい子だと小さくつぶやいて皿をサイドテーブルに置いた。


「ここは……?」

「俺の別邸。……その、君に謝罪を」

「え?」

「治療のために、全裸を見てしまった。すまん。あと」


 律儀にそういわれて体をこわばらせたが、そのあとに続けられた言葉に、言葉を失った。


「君をこうなるまで救えなかった。……申し訳ない」


 朝日を背にして、まぶしくないように体で遮っているオーランドの表情は、シャナには見えなかった。だが、その膝の上にぐっと強く握られたこぶしが、白く血の気を失っているのだけは見えた。


「旦那様……?」

「ずいぶんと、うなされていた。相当、ひどい扱いを受けたんだろう? ……っ」


 痛む体をずらし、冷えた手に手を重ねてシャナは微笑んだ。


「旦那様は、助けに来てくれた……。私にはそれだけで十分です」

「だが」

「私は、もともと裏にいた人間。少し昔を思い出しただけです。……今回の扱いなんて、まだぬるいです」


 凪いだ表情を浮かべてそう続けるシャナにオーランドは何も言えなくなった。できるのは、自分のこぶしに添えられたすり傷だらけの小さな手に手を重ねて握りこむことだけだった。


「旦那様が、自分を責めることはありません。私の不注意でこうなってしまった。お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


 きゅと握られたその手に、オーランドは目を細めて、唇をかみしめた。じりじりと登る日が、窓越しにシャツの背を焼く。


「君が、謝ることは何もない。……とにかく、君は自分の怪我を治すことに専念しなさい。安静にね」


 冷たい手を握って、痛みが引いたらすぐに動き出しそうなシャナをなだめるように言って、オーランドは逃げるように部屋を後にした。

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