3,
「軍士官学校教官?」
「同じ職場だ」
楽しそうに言うアーロンに、オーランドは紙に書かれている文章を静かに読んでいた。
その様子を、固唾をのんで見守るアーロンが、震える紙の端を見、そして、泣きそうにゆがむオーランドの表情を見つめていた。
「…………くくく」
やがて、オーランドは最後まで読み進めて、肩を震わせて笑い始めた。
「オーランド?」
さすがに、アーロンもこの反応は予想していなかったらしい。いぶかし気な顔をしてオーランドを見るが、オーランドは声を立てて笑っている。その目尻に光るものがあるのを見たアーロンは、目を見開いて、何かを言おうと開いた口を閉じた。
「そうか。……そうか」
そう漏れる声は、嬉しそうで、楽し気で、アーロンはほっとため息をついた。
「あと、さ」
「あ?」
赴任の依頼書をつき返したオーランドが首を傾げる。
「……これ」
ジャケットの懐から一枚の、装飾を凝らされた高級そうな紙を取り出した。
「……え?」
「来てくれだなんて、ずうずうしいことは言わん。だけど、お前には手渡したかった」
紙を受け取って中身を開いて目を見開いた。
「お前!」
「すまんな。抜け駆けだ」
にや、と笑ったアーロンに、オーランドはふらりとよろめいて慌てて椅子に座った。
「お? びっくりしすぎて血の気引いたか?」
「あったりまえだ。二徹の人間にやるにはひどすぎるサプライズだ」
額を押さえて目を閉じたオーランドにアーロンがちらりと扉を見やって肩をすくめた。
「だって、カレンさん。軍舎にこいつ休む旨を」
「今ジャックに鳩飛ばしたわー」
「お前な!」
「二徹なんて聞いてないよ? それであっちで仮眠とるなんて、うそでしょ」
「ぐっ」
「……だから、今日は休ませる。またひんむかれてベッドに叩き込まれたくないならとっとと屋敷に帰って寝な!」
「ひんむかれて?」
「るせえっ!」
扉越しの会話に、面白いこと聞いた、といわんばかりにアーロンが刺さってくる。とっさに怒鳴るオーランドだが、ふと、目を見開いて顔をしかめた。
「ははは。だいぶ昔の調子が出てきたな」
「うるせえよ……」
そうつぶやく声は低い。
「まあ、こんな俺でもさ、こんな足でもいいって。行きたきゃ将軍の位なんてあたしが連れてってやるっていう男前な嫁さんももらえたんだ。もちろん、プロポーズしたのは俺だけど、受けてくれた時は、生きててよかったと思ったよ。オーランド」
そういったアーロンは笑ってうつむいているオーランドの肩を叩いた。
「だから、あの言葉は……、言っちまった言葉は取り消せないけど、とらわれないでくれ。……少しでも、俺の婚姻を、そして、軍復帰をうれしく思ってくれてるなら、あの言葉は忘れてくれ。今まですまなかった」
「……いや。……俺のほうこそ」
「あーもう、キツツキのつつき合いになるからやめだ。やめ。……これからも、よろしく」
代わりに、といわんばかりに差し出された手に、オーランドは顔を上げ、アーロンを見て立ち上がり、その手を取るのだった。
「とっておきの結婚祝い送ってやるから楽しみにしてろよ」
その手を取ってぐっと抱擁を交わすと、アーロンがニヤッと笑った。
「夜関係がいいなあ。おれ」
「絶倫か? 感度か?」
「どっちも。俺の感度は良いから、嫁さんに仕込む感度と、俺の元気の源がほしいなあ」
「わかってる。暴発の報を聞くのは、友人として悲しすぎる」
カレンにはとても聞かせられない下品な会話を互いの耳元でこそこそとやって、体を離して笑いあう。
それは、二人でいたずらをたくらんだ悪ガキの顔で、部屋から出てきたカレンが、眉を寄せるほど不穏な雰囲気を持っていた。
「旦那様!」
やがて、やってきたジャックが飛び込んで、アーロンを見て目を見開いて絶句するのを二人はケラケラと、子供の頃に返ったように笑うのだった。




