筆休め【王太子の罪滅ぼし】
リゼットとその父、フェロー子爵を先にエントランスに向かわせたウィリアムは、この宮の主を振り返った。
「一体、罪人の処遇をどうされるおつもりで?」
リゼットを執拗に狙い続けた彼女の義姉ジェシカ。
たったいま王太子によって秘密裏に子爵の離縁が決まり、リゼットとは無関係な人間になったわけだが、おそらくリゼットはジェシカがどうなるのか気にかけ続けるだろう。
軍によって正規の手続きを踏み、彼女を罪人として法にかければ、間違いなく死罪は免れない。
しかしリゼットはその辺りを正確にとらえてはいないだろう。
怪我人は出たが死者はおらず、実際にさらわれて危害を加えられかけたのは自分だけ。しかも未遂で終わったとなれば、そう重い罪にはならないはずと考えているに違いない。
(だが、あの女が犯した罪は多い)
特に王家に関わる罪は何よりも重い。
不敬罪、侮辱罪、王宮への無断侵入指示、前王殿下の妹宅への放火指示。これだけ揃えば貴族であっても修道院送りで済むはずがなかった。
「言っただろう? 今回のことは、こちらで内々に処理すると」
「刑罰の内容も明かさないおつもりですか」
「もちろんだ。明かす必要がない」
「なぜです? こちらには知る権利がある」
リゼットだけでなく、祖母スカーレットも被害者のひとりだ。
すべて王太子の思惑通りに進められ、事後処理の方法すら明かされないのは、ウィリアムにとっても不安が残る。
「……リゼットは、罪人に手紙を書くでしょう。送られる監獄だけでも伝えることはできませんか」
どの監獄に送られるかによって、罪の重さが推し量れる。
それを期待したが、王太子は「伝える必要はない」と徹底していた。今回のことが明るみに出る、万に一つの可能性も残さないつもりのようだ。
「リゼット嬢が手紙を書いたら、私に渡すよう伝えるといい」
「……ずっと殿下が対応なさると?」
アンリは軽く肩をすくめ「それが私の贖罪だ」と笑った。
その顔を見たとき、ウィリアムは悟った。
王太子アンリが、罪人にどんな処遇を決めたのかを。
どこかで、アンリはリゼットのことを思い甘い判断を下すのではないかと思っていた。手紙のやり取りくらいは許してやるのではないかと。
(やはり、アンリには王太子でいてもらわねばな……)
「ご英断に敬意を表します」
「ふん。気色の悪い。さっさと行け。リゼット嬢が待っているぞ」
しっしと犬を追い払うようにされ、ウィリアムはマントを払い礼をとる。
そのまま部屋を出ようとしたとき「そうだ」とアンリが不意に呟いた。
「もうひとりの処遇を伝えるのを忘れていた」
「もうひとり……? あのランドンとかいう男ですか」
「あれは極刑に決まっている。もうひとりというのは、うちの近衛騎士のことだ」
「……シャルル・デュシャンですか」
リゼットの幼なじみで、デュシャン伯爵の次男。
そして王太子アンリ付きの近衛騎士で、今回ジェシカの共犯のふりをし、彼女を嵌めた功労者だ。
「あれは部屋付きを解任し、平騎士からやり直すことになった」
「は? ……なぜです? 今回のことは殿下の指示によるものだったのでしょう」
「自らそう申し出たのだ。私も不可解だったが、なんとも馬鹿正直に言っていた」
王女宮でリゼットに「僕と遠くに行かないか」と誘ったとき、もしリゼットがシャルルの手を取ったとしたら、本当に連れ去るつもりだったと。
それは今回の計画を立てた王太子アンリを裏切ることになる。
実際にはリゼットはシャルルの手を拒んだし、アンリを裏切ることにはならなかった。それでもけじめとして、シャルルは自らの降格を志願したらしい。
「ここのところおかしかったが、ようやく元のデュシャン卿に戻ったようだ」
「奴をまだ、近衛騎士として受け入れるおつもりですか?」
ウィリアムとしては、シャルルには近衛騎士を辞職してもらい、王宮から姿を消してほしいところである。
できれば二度とリゼットを関わらせたくない。
しかし、リゼット自身はそれを望まないだろう。リゼットの中では、いまだシャルルは幼馴染のままなのだ。
だからこそリゼットの視界に入ることのないようにしたいのだが。
「当たり前だろう? あれはもう私を裏切れない。自由に動かせるコマが出来たのに、簡単に手放すと思うか?」
「……相変わらずのようで、安心しましたよ」
「ウィリアム」
ため息をつき今度こそ部屋を出ようと扉を開いたウィリアムに、アンリは続けて言った。
「リゼット嬢を危険な目に遭わせることは、二度としないと誓おう」
思わず目を見開いて振り向くと、自身の赤黒く腫れた右頬を指差すアンリがいた。
「私の美しい顔に傷がつくのは世界の損失だからな」
悪びれない様子のアンリに「左様で」と薄く笑い、軍帽を深くかぶり直すと、ウィリアムは今度こそ部屋をあとにした。
まったく、どこまでも腹立たしい王太子である。とにかくウィリアムをからかいたくて仕方がないらしい。
しかし、先ほどの誓いは意外だった。生まれてはじめて反省というものをしたようだ。
一応ウィリアムも王太子に手を挙げた罰で謹慎や降格は覚悟していたが、そういったお咎めもないようなので、アンリの反省は本物なのだろう。
アンリが大人になったのか、それともリゼットの存在がアンリの中の何かを変えたのだろうか。
「あっ。ウィリアム様」
エントランスに向かうと、リゼットがひとりでぽつんと待っていた。
こちらを見て笑顔で駆け寄ってくる姿は、小動物のようで無性に頭を撫でてやりたくなる。
「フェロー子爵はどうした?」
「父は先に帰りました。一度、邸に帰ってくるように言われたのですが……」
不安そうなリゼットの様子に、然もあらんと内心ため息をつく。
つい先ほど、王太子に突然の爵位継承を言い渡されたばかりなのだ。
父親に独り立ちを認めてもらうため、必死にがんばってきたというのに、いきなり父の爵位を奪い、立場が入れ替わることになってしまった。動揺するのも無理はない。
「そうか。子爵となることが決まってしまった以上、いずれ子爵邸には戻らなければいけないしな」
「はい……」
「そう心配するな。ひとりで帰らせはしない」
突然王太子に離縁や職の解任、爵位の譲渡を言い渡された子爵が、おかしなことを考えないとも限らないのだ。
もちろんウィリアムも同席するつもりでいる。何かあってもすぐに対処できるように。
「ウィリアム様もついて来てくださるのですか?」
「ああ。リゼットが嫌でなければ」
「嬉しいです! ウィリアム様が一緒なら安心です」
何の気なしにリゼットがこぼす信頼の言葉が、ウィリアムの胸を温かくしたりしめつけたりすることに、彼女は気づいていない。
ウィリアム自身も、気づかぬふりをしてやり過ごしているので当然とも言える。
「さあ、帰ろう。お祖母様が首を長くして待っている」
「私も、早くスカーレット様にお会いしたいです!」
泣いてしまうかも、とすでに泣きそうな顔で言うリゼットに、ウィリアムは軍帽の下で笑う。
リゼットをうながし外に出ると、徹夜の目に朝日が痛いほど眩しかった。
王太子は王太子らしく反省したあともやはり王太子ですね!




