増えた面倒事
--------
「聞きましたか、会長。会長の妹君が、昨日見事な魔法陣を披露されたようですよ」
「何?セーレがか?」
セーレに魔法陣の書き方を教えたのは俺だ。あの日から毎日欠かさず練習を重ねてきたセーレのことだから、失敗するなどということはありえないだろう。だが……。
「魔法陣を紙に書いて発動させる演習は、後期からだった気がするが。一年生の前期は魔法陣の書き方を学ぶまでだったよな?」
「どうも魔法を発動出来ない代わりとして、他の生徒から魔力を借りる形で演習に参加したようです。会長の妹だけあって、流石の機転ですね」
いや……妹は自分の力を敢えてひけらかすようなタイプじゃない。あいつは地道な努力と探求を優先して、ギリギリまで実力を高めてから戦いに臨むタイプだ。特に魔法が関することに関しては。
「さては挑発に乗ったな?あいつは冷静そうに見えて頭に血が上りやすいから……」
「はい?」
「いや、なんでもないよ。妹も人間だなと思っただけだ」
「はあ……」
苦笑いを浮かべつつも、軽い頭痛に見舞われた。要するに、学園においてもセーレの扱われ方はそう大きく変わらなかったと言うことだ。これでは父上が言うところの味方を作るどころか、妬み嫉みで敵を増やしかねないじゃないか。全く、何をしているのやら。
しかし、学園では屋敷と違って俺が介入することはできない。当人の問題は当人に解決してもらおう。皮肉な話だが、屋敷では魔法不能者扱いされてきたわけだし、それで冷静さを損なうことはあるまい。人間関係の構築は本人に努力して貰おう。
「ところで会長、妹君は生徒会に入れそうなのですか?」
「え?」
「だって校則では、一年生は前期の成績優秀者が入るじゃありませんか」
……妹が生徒会に、か?それは考えていなかったが、妹は魔法に関する知識においては俺をも超えつつあるので、順当に行けば生徒会入りすることになるだろう。だが魔法第一主義の学園において、魔力が無い妹が生徒会に入るなど、もはやトラブルの予感しかしない。もし入ったとしたら――
『校則として、授業以外での魔法を厳禁とすることを提案します。私が校内全体に魔封じの魔法陣を書きますわ』
『セーレ!それでは収容所と変わらないではないか!』
『収容所で魔法が封じられているのは、囚人の安全を配慮してのこと。私の提案も生徒の安全を配慮してのことです。看守を設置しないだけこちらの方が有情ですわ』
――まずいな。本当に言い出しかねないぞ。自分で想像してて寒気がした。
「…………万が一入ってきたら、万年書記をやらせるからな」
「はははっ!そんなに入ってきてほしいのですか?気が早いですよ会長!でも、入ってくれるといいですね」
良いものか。全く。
--------
学園生活に慣れてきたころになって、ようやく基礎魔法の発動演習から魔法陣の書き方の授業に移ることが出来た。魔法陣は魔法の規模に合わせて複雑さも増していくので、卒業まで授業が続けられることになっている。恐らく、私が参加できる数少ない魔法に関する授業だろう。
「――以上が、魔力に反応して発光する仕組みとなります。これは発動させたい魔法を記入しなくても確認できますので、実際に描いてみましょう」
魔法陣を書かなくても詠唱だけで発動できる生徒達だ。体感的に魔法の使い方が分かっている分、この魔法陣を書く授業は退屈極まるだろう。何人かは欠伸を隠していない。
だけど私は違う。心から楽しんでいた。自分には絶対に起動させられないものではあったが、この円と古代文字で構成された陣は機能美に満ちていて、一種の芸術作品であるように感じられた。別に美しく書かなくても魔法は発動するだろうが、発動する時に光り輝くので美しいに越したことは無い。
「うーん、先生、これでどうでしょうか」
「文字ミスが目立ちますね。これでは発光はしても、あらぬ方向に発動しますよ。古代文字には似た文字が多いですが、間違えると違う魔法が発動して危険ですから、慎重に書きましょう」
「は、はいー……」
逆に私と同じくらい真剣に取り組んでいるのはカロリーヌさんだ。もしかしたら彼女は、魔力を流すだけで正確な魔法を発動させる魔法陣の存在に、希望を見出したのかもしれない。
ただ、どうも初めて書いたであろう魔法陣には構文と文字のミスが目立ち、図形も歪んでいる。図形に関しては本人のセンスも関わってくるし歪んでても特に問題ないが、文字については早急に直す必要があるでしょうね。
--------
「ではセーレ、また後ほど」
「はい、殿下。失礼いたします」
殿下と共に食堂での昼食を終えると、私と殿下は別々に行動することになる。王族である殿下は学園にいても忙しいらしく、側近による連絡事項を馬車で聞く必要があるからだ。まだ婚約者に過ぎない私は、そこに同席するわけにはいかない。
「まあ、ずっと一緒にいなきゃいけない訳でもなし」
というより、これでも一緒にい過ぎだわ。主に殿下の方から寄ってきている訳だけど、一体何が目的なのやら。
空腹を満たして満足した私は、まだ残る昼休みを散歩で過ごすつもりだった。しっかりと手入れされた花壇と、清潔なベンチ。流石は王立学園だけあって、どこを切り取っても絵になる美しさだ。
そこに無粋な音が混じっていることに気付いたのは、庭園に入ってすぐだった。
「あら、こんなところで随分寂しく昼食を食べているのね?なにこれ、サンドイッチ?」
「や、やめてください……!」
よく見えないが、ベンチに座る一人の女子生徒を複数の生徒が囲んでいるらしい。こんな心清らかになるような光景の中で、よくもまあくだらないイジメで遊べますこと。逆に感心するわ。
「みすぼらしい中身ですわね。魔法も満足に使えない子爵令嬢にはお似合いの昼食だわ!」
「あら、別にみすぼらしくていいのではありませんか?誰も見ないわけですし」
「うふふっ、逆ですわよきっと。みすぼらしくて恥ずかしいから、一人で食べていたのではありませんこと?」
「わ、私の母が作ってくれたんです!馬鹿にしないでください!」
「あらやだ、あなたの家ではまともな食材を買う金も、ランチを作るメイドを雇う金もありませんの?貧乏子爵家ではそれも仕方ないかもしれませんわねえ」
……醜悪だわ。見るに堪えないし、聞くにも堪えないわね。
「随分と楽しそうね。私も混ぜて頂ける?」
私がそう声を掛けると、ビクリとして全員が私の方を振り向いた。座っていた生徒は……カロリーヌさんか。なるほど、初日に魔法を暴発させたからこいつらの選民思想を刺激したのね。本当にくだらない連中だわ。
「昔からあなた達は変わらないわね。今度はどんなネタでくだらない遊びをしているのかしら?」
「……セ、セーレ様には関係ありませんわ」
「そうですわ!いちいち首を突っ込まないでくださる!?」
『死体のくせに!』
幼少の頃の、こいつらの口癖には本当にイライラさせられたものだ。流石に少し成長して、公爵令嬢を虐めることが危険だと理解できたのかと思えば、標的を変えただけだったわけね。そうやって魔法が上手に使えるだの、使えないだので人を差別している限り、貴方達が人の上に立つ資格など持ちえないわ。
貴族の風上にも置けない雑魚令嬢が、粋がるんじゃないわよ。
「そうはいかないわ。カロリーヌさんは私の大事な友人だもの。よく私の屋敷でお茶を飲むものね?カロリーヌさん」
「へっ!?えっ!?」
「あ、そうそう。そういえばこの前渡した魔法陣、試して頂けた?何かあった時はすぐ発動できるように、服の裏に貼っておきましたわよね」
「服の裏ですって……!?」
それを聞いた令嬢たちの顔が白くなった。私の魔法陣の精度と、カロリーヌさんの魔力量はその目で見ている。ドロテさんが発動させたのは花畑だったが、あれは例外的な使い方だ。本来魔法陣は攻撃や防御に使う。
もしも、あの校庭中に咲いた花が、全てカロリーヌさんのウォーターショットであったならば。恐らく周辺一帯でまともな形状をした生物は残らないだろう。
自分たちの身体に風穴が開くのを想像したのか、令嬢の中には肩を抱えてへたり込む者までいた。
「馬鹿ね、嘘よ。そんなものを仕込んでいたら、授業とかでとっくに発動して、私までハチの巣でしょ?まあ、それにしたって……」
リーダー格の女に詰め寄って頭を掴み、キスをするように顔を近付けた。
「次に貴方達が虐める相手が、私の友達じゃない保証なんて、どこにも無いわよねえ……?」
「~~~っ!?」
「少しは貴族らしい振る舞いを身に付けなさいな……お馬鹿さん?」
嘲笑と共に馬鹿を突き飛ばすと、それは腰の抜けた取り巻きと共に逃げ去っていった。学園で馬鹿を晒せば晒すほど、卒業後の傷になるのだ。むしろここで止めた私に感謝して欲しいところよね。
「……やっぱり馬鹿だわ。私に友達なんて居ないのは知ってるでしょうに」
「あ、あの!」
そのまま立ち去ろうとしたのだけども、我に返ったカロリーヌさんに呼び止められてしまった。
「助けて頂いて、ありがとうございました!」
「いいわ。それより貴方が私の友達ってことになってしまったわね。何か言われたら訂正して頂戴」
「待ってください!」
今度こそ歩き去ろうとしたのだが、私の手を掴まれてしまった。なにこの子、妙にしつこいわね。
「私、セーレさんから魔法陣を綺麗に書く方法を教わりたかったんです!だ、だけど、その……中々、お話しする機会が無くて……」
ああ……いつも殿下が横にいるものね。話しかけられないのも道理だわ。
「買い被りよ。あんなものは練習を繰り返せば誰にでもできることだわ」
今回だって、たまたまカロリーヌさんの魔力量が凄かったから上手く行ったに過ぎない。もし彼女が魔法不能者だったなら、私に出来ることなんてなかったかもしれないじゃない。
価値があるのはあくまで貴方であって、私ではないわ。
「そ、それでも私にとって、セーレさんは恩人です!」
……恩に感じるのは、自由だけども。
「こんな事、子爵令嬢に過ぎない私が言う事じゃないかもしれませんが……!ほ、本当にセーレさんの友達でいさせてもらうことは、出来ませんか!?私、もっとセーレさんとお話したいんです!お願いします!」
ここ最近、私と話そうとする人間が次から次へとやってくるわね。殿下の次はカロリーヌさんか……。
「私が恐れられていることは知っているでしょう?巻き込まれるわよ」
「だったら私も一緒に恐れられても構いませんから!!そ、それに、私には嫌われて困るお友達はいません!」
涙目で叫ぶ彼女は本気なのか、私がイエスと答えない事には引きそうにない。……どうも、面倒ごとを自分で増やしてしまったかもしれないわ。
「勝手になさい」
「はい!」
友達ですって……?そんなもの、私には要らないのに。だって私、友達が出来たことなんて、今まで一度も無かったのよ。
嫌われたり、怖がられたり、利用されることには慣れているけども……今更友達を持ったところで、どうすれば良いのかさっぱり分からないわ。
「明日のお昼は、一緒に食べてもいいですか!?」
「それは友達だから?……まあ、それくらいなら」
「ありがとうございます!セーレさん!」
ただでさえ敵が多いと言うのに、困ったものね……。
--------




