貴方が生まれてくれたから
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私達はドロテと並ぶようにして、公爵家の屋敷に向けて凱旋を行なった。10年の月日と、旅の中での辛苦もあってか、顔つきと雰囲気の変わった私達に気付いた者はほとんど居ないようだ。
「なんだか皮肉ね」
「何が?」
「こうして二人並んでるのに、今じゃ私は公爵家に仕える特殊部隊の隊長で、セーレは平民の旅人。あの頃とはまるで立場が逆だわ」
考えてみれば、今回の功績によって彼女に爵位が授与される可能性も十分にあり得るのだ。となると本当の意味で、彼女は身分違いの関係になる。
「これからはバルテル様とお呼びしなくてはならなくなりますね」
「そんな他人行儀な。身分が変わってもあんたはセーレだし、私はドロテのままよ。これまで通りで良いじゃない」
あのドロテからそんな言葉が出てくるなんて。でも無理もないか……私達が10年間外を見てきたように、ドロテは同じ時間で内を見てきたんだから、価値観が変わるのも自然のことだ。でも……そうか。
「……私のこと、他人じゃないと思ってくれてたのね」
ちょっとだけ皮肉を込めて投げ返したつもりだったのだが、返ってきたのは――
「ええ。どうも私、あんたのことを結構気に入ってたというか……ちょっと尊敬してたみたいなのよね。ごめんね、気付くのが遅くなって」
――泣き笑いだった。
10年ぶりに見た屋敷は、記憶で見た時と同じ形をしていたのに、あの頃よりもずっと小さく見えた。天まで届くような塔や、壁のようにそりたつ山々を見てきたせいもあるだろうけど、きっと私の背が少し伸びたせいというのもあるのだろう。
「懐かしいな。……ここで僕らは出会ったんだ」
「……そうだったわね」
あの日、貴方に言われた言葉に傷付くことが出来たから……貴方と仲直りすることが出来たから、こうして隣に立つことが出来る。きっとあの日のやり取りは、私達にとって必要な儀式だったのだろう。
「セーレさんが雨の中を飛び出した時はどうなるかと思いました。あの時、初めて私に弱さを見せてくれたんですよね」
そうだわ。もしあの時、カロリーヌと友人になれていなかったら、私はどうなっていたのだろう。それこそアテもなく森に消えていたのだろうか。それとも、他の誰かを頼っていたのだろうか。どれを選んだとしても、きっとこの結末には至れなかったに違いない。
「あなたが私の人生最初の友達で本当に良かったわ。……これからもよろしくね、カロリーヌ」
「私も同じ気持ちです。セーレさん」
魔力が無い体だったからこそ、私は貴方と出会えたのよね。だとしたら、やっぱり私は死体もどきとして生まれてきて良かったんだと思うわ。そう思えるのもあなたのおかげよ、カロリーヌ。
「セーレ!……おかえりなさい!」
「よく無事でいてくれた。おかえり、セーレ」
「母上、兄上……はい、ただいま戻りました……?」
記憶の中よりも小さく見える母上の腰のあたりに、小さな女の子?が隠れながらこちらを見ている。私と同じ髪色、同じ色の瞳。まるで幼い頃の自分を見ているかのような不思議な感覚だ。
「あの、その子はもしかして?」
「ええ、そうよ。あなたの妹、マリエットよ。ほら、ご挨拶は?」
「……マ、マリエット・カヴァンナ、です……はじめまして、あねうえ」
はじめまして……か。そうか、私は妹が産まれてから一度も、この子の前で姉として接してこなかったのだ。この子から姉という存在を奪ったのは、紛れもなく私自身だ。それがどれほど残酷なことなのか、あの頃は考えもしなかった。
自分の力で生きる決意をしたあの日でさえ、また家族に頼ってしまっていたのですね。
「はじめまして、マリエット。セレスティーヌよ。色々あって姓を捨てて平民になってしまったけども、紛れもなくあなたの姉だわ」
目線を合わせてしゃがんでみせると、私が10歳の頃には持ちえなかった途方もない煌めきと共に、私の事をじっと見つめてくれた。こんな私でも、会えて嬉しいと感じてくれているのだろうか。抱きしめたいと感じるほど愛おしく思っていることを、平民である私が公爵令嬢であるこの子に伝えてもいいのだろうか。
「あ、あの!あねうえにお見せしたい魔法があります!すぐに魔法陣を書くので、見てもらえますか!?」
「まあ、10歳なのにもう魔法陣を書けるのね!ぜひ見せて頂戴、マリエットの魔法を!」
「はい!」
マリエットは紙とペンを使って、目の前で魔法陣を書き始めた。私が10歳の頃よりもたどたどしいのに、ずっと真剣で、ひたむきに書く姿が、かつての自分を思い出させる。そして、そこに描かれた魔法の意味が理解できた時、ついに私は感動の涙を抑えることが出来なくなった。
「できました!これが、わたしがいちばん好きな魔法です!」
それは私が最初に覚えた魔法陣。
皆と仲直りがしたくて。皆と笑い合いたくて。
ただそのために覚えたかった、一番好きだったのに使えなかった魔法。
「おお、これは!」
「これって、あの時の魔法ですか!?すごい、なんて美しい……!!」
「……よかったね、セーレ」
マリエットの中の光の魔力が、本来私の魔力だったとするならば……この光の花畑が、きっと私が作れる花畑だったのだろう。
絶対にこの目で見ることなど出来ないと思っていた、私だけの花畑。
妹である貴方が、これを一番好きな魔法と言ってくれるなんて。
「素敵な魔法だわ、マリエット!あなたなら立派な魔法使いになれるわよ!」
「はい!……にひーっ」
国中を埋め尽くすような花畑の中で、マリエットが歯を見せて笑った。
まるで、何も知らなかった頃の、私のように。
「……きっと私が死体もどきとして生まれなければ、あなたは生まれてこれなかったのよね。貴方が生まれてくれたのも、私が私として生まれたからなんだわ……」
「あねうえ?」
貴方が生まれてきてくれて、本当によかった。
「私……死体もどきとして生まれてこれて……良かったぁ……っ!」
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死体もどきの公爵令嬢と呼ばれたセレスティーヌ・カヴァンナが、その後再び旅に出たのか、それともカヴァンナ王国に留まったかどうかは、詳しい記録が残されていないため判明していない。
アンスラン王国がカヴァンナ王国と名を変えてから、10年に一度のペースで文明革新が引き起こされており、それはセレスティーヌが旅先から技術を持ち帰ってくるからではないかとの仮説もある。しかし彼女が亡くなった後もその傾向は続いており、これが偶然なのか、はたまた彼女の子孫が遺志を継いだためかはハッキリとしていない。
また、とある文献にはカヴァンナの姓を取り戻した後に元王族と結婚したと記されているが、別大陸において死体もどきを自称する3人組が国を救い、文明の発展に寄与したとされる文書も複数残されており、どこまでが創作でどこまでが史実なのかは、歴史研究家の分析と見解を待つしかない。
ただ、実妹であるマリエット・カヴァンナとの交流が晩年まで行われていたことと、ドロテ・バルテル伯爵を始めとした仲間とも深い友誼を交わし続けていたのは事実らしく、いずれにせよ老境に差し掛かる頃にはカヴァンナ王国で余生を過ごしていたのではないかという説が最有力とされている。
いずれにせよ、詳細かつ正確な史実を導き出すためには、さらなる研究と情報収集、そして裏付け作業が必要となるだろう。その膨大な資料の中で最も価値が高いとされているのが、ドロテ・バルテルが亡くなる直前まで書いていた手記で、今も王立博物館にて厳重に保管されている。
その最後のページは、死期を悟ったのか長文の遺書となっており、その中に友人たちへの思いも綴られていた。以下にその抜粋を記す。
『――結局、私が最後になってしまったわね。セーレ、マルク、カロリーヌ……皆、私を置いて先に行くなんて、本当に薄情だわ。でも、今度こそ私も一緒に旅をするから。四人で一緒に世界中を巡りましょう。だから、もう少しだけ待っていてね……』
願わくば彼女達の旅が永遠に幸福なものでありますように。
歴史研究学部
ラズエル・ボート博士
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死体もどきのお話はこれでおしまいです。ここまで長く書くことになるとも思わず、自分でも唖然としております。
お付き合い頂きまして、ありがとうございます。
最後に、次話にてこの世界の舞台裏と、本編では明かされなかった秘密や裏設定を公開したいと思います。物語の全体像を知る助けになれば幸いです。
では、本編のあとがきはここまでとし、筆を置かせて頂きたいと思います。ありがとうございました。




