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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
最終章 ムカつく笑顔が恋しくて
43/45

国家転覆

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 飛行船の操舵をユベールさんに任せて、私達は王城で一番高い位置にある屋根に飛び移った。カロリーヌにステンドグラスを破壊させると、呆気に取られている連中の頭に閃光爆発弾スタンブラスターを数発投げ入れて身を隠す。数個が床で炸裂したのを確認してから、すぐに突入を開始した。


 割れたステンドグラスから飛び降りて剣を抜くと、光の衝撃から立ち直ったらしい従者と騎士達が剣を構えた。およそ10人程だろうか。国王は……残念、健在か。


「思ったより残ったわね。威力をもっと高めるべきかしら?」


「これ以上強くすると殺傷能力が付いてしまうから無理だ。次は空中で炸裂させろ」


「そういうのは投げる前に言ってくださいよ」


 謁見の間は、先程上から投げ込んだ爆弾で気絶した騎士達で埋め尽くされていた。彼らを気絶させたのは、特殊な金属粉を化学反応させて閃光と轟音を瞬時に炸裂させる閃光爆発弾スタンブラスターだ。


 強烈な光と音で感覚神経を麻痺させて一時的に意識と感覚を奪う非殺傷兵器だが、国王のように従者から庇われたり、熟練兵のように盾を構えた場合は無効化されてしまう。


 それでも7割程度は無力化できた。まずまずの出だしと言っていいでしょうね。


「き、貴様ら、何者だ!?」


「敵ですよ。それとも……ファブリス殿下の元婚約者と言えば通じますか?」


「セーレ・カヴァンナ……カヴァンナの死体もどきか!!今更になって復讐のつもりか!!」


 復讐ではないと言おうとしたところで、背後の扉が大きな音を立てて壊された。思わず剣を向けたが、その先には鋼鉄の全身鎧を着こんだ異様な集団が立っており、思わず私達もぎょっとしてしまう。だが盾に刻まれた公爵家の家紋が、敵ではないことを証明してくれた。


「床で寝ている騎士達を拘束して連れていけ!残った者は私と共に彼女達に加勢するぞ!」


 全身を金属鎧で覆った集団が、次々と撃ち込まれる魔法を完全に無視して、床の騎士達を運び出していく。だがそんな現実離れした光景よりも、私は先程の女の声の方が気になった。じっと見ていると私に気付いたのか、彼女はアーメットヘルムをゆっくりと外してみせた。


 それでも最初に見た時、その女騎士が誰なのかわからなかった。とても凛々しく整った顔立ちは、化粧の必要がないほどの美人で、部下に命令する姿も熟練の騎士そのものだったから。だけど拘束した騎士が運び出されて、女騎士が隊長としての仮面を投げ捨てた時になって、ようやく気付くことができた。


「ごめん!遅くなったわ!おかえり皆!」


 ああ……ドロテだ……!この人は間違いなく、私のライバルだった、あのドロテに間違いない!こんなにかっこよくなってるだなんて、夢にも思わなかった!


「ただいま!鋼鉄の全身鎧で編成するとは考えたわね!あなたのアイデア?」


「まあね!()()()()()()()()()が魔法を打倒するなんて、洒落が利いてるでしょ?」


 まさかこんな形で金属を有効活用するとは!鋼鉄の鎧自体は旅の中でも見られたが、身体強化が使えない私とマルクが着ると重くて動きにくく、そもそも身体強化を使えば物理的防御力は補えるので、カロリーヌも装備したがらなかった。確かに頑丈だがデメリットが大きすぎるので、これが戦場で使われる事は絶対無いだろうと思っていたのに。


 ドロテがやってみせたように数と重量に任せて突撃させるなら、多少足が遅くなろうとも問題にならないほどの突破力を発揮できる。集団戦闘で魔法の雨をかいくぐるならばこれに勝る武装は無いだろう。私とドロテの、戦術に対する着眼点の違いだ。


 やはりドロテはすごい。私達とはまた違う目線で物事を見ることが出来ている。


「貴様ら……!何をしているのか分かっているのか!?貴様らは国家転覆を図ったのだぞ!!これは重大な犯罪行為だ!!全員即刻死罪に相当するぞ!!」


 ……そうだった。まだ仕事が残っていたわね。


「悪いが、そんな判決は踏み倒させてもらう。転覆させる国の法に従うつもりはない」


 マルクの目は、かつてここの第三王子だった頃の気高さと、そうだったことへの羞恥で赤く燃えていた。その手にはかつての愛剣ミラージュフレイムを思わせる鋼鉄の長剣、フランベルジュが握られている。


「貴様、ファブリスか……!今更舞い戻ってくるとは恥知らずめ!あの時、貴様があんな馬鹿な真似をしなければ!!貴様さえッ!!」


「僕はもうファブリスでもアンスランでもない。この国の魔法絶対主義の時代はもう終わりだ。貴方には退場してもらうぞ、アンスラン国王!!」


 謁見の間に居た全員が動いたのはほぼ同時だった。まず私が手元に残っていた閃光爆発弾の一つを連中の背後に投げつけることで、意識をそちらに逸らす。自分達が巻き込まれるような使い方をするはずがないのに、そのブラフに連中は慄き、一瞬集中力を失った。


 その隙を逃さず瞬時に間合いを詰めたカロリーヌが、騎士達を次々と無力化していく。閃光爆発弾が起動しないと理解する頃には、既に4人が戦闘不能になっていた。この状況でも殺害せずに済ませているところから、彼女の近接戦闘能力が異次元の域にあることが伺えた。流石は剣術だけならAランクを凌駕していると、ギルドから評価されただけはある。


 国王の傍で詠唱を試みた者がいたが、それもマルクの腕部に装備されていたガジェット式クロスボウで腕を撃ち抜かれて中断させられていた。これで無詠唱による簡単な魔法以外は封じることができる。


 私の方にも2名程の騎士がやってきたが、一人はドロテと鋼鉄兵によってあっさりと制圧された。残り一人は身体強化を使って私に斬りかかろうとしたものの、私が急に身体を低くして脇を走り抜けたために空振りに終わる。そして態勢が整う前に彼の背中へ貼り付けた魔法衝撃の魔法陣によって、謁見の間の出入り口から外へと吹き飛ばされていった。


「悪あがきはやめなさい!もう勝負はついてるわ!」


「黙れ反逆者が!魔法も使えぬ貴様らに、この王国をくれてやるものか!アンスランの歴史は私が守る!!」


 血走った目でそう叫ぶ国王の身体が、黒い魔力で覆われていく。この感じは……まさか!


「生命力吸収!?」


 国民に禁じておきながら、魔法陣ではなく無詠唱で発動できるレベルで習得していたというのか……!


「禁術に指定された魔法を、国王が使うのか!」


「禁じたのは王国の秩序と未来を守るためだ!!国と民衆を守るために王が使って何が悪い!!」


「貴方がそれを口にするかぁ!!」


 マルクが咄嗟にクロスボウを発射するが、護衛の騎士によって阻まれてしまった。魔力が無い私と、封印されて殆ど残されていないマルクには通用しない魔法だが、軽装かつ豊富な魔力を持つカロリーヌは危ない。


「カロリーヌ!」


「はいっ!」


 それだけで伝わったのか、彼女は手近な一人に峰打ちを見舞うと後ろに飛んだ。しかし卓越した魔道士でもあったらしい国王は、身体強化の魔法を全開にしてカロリーヌを追いかけた。国王から見て、彼女がこの場で一番の脅威だと感じたらしい。


「逃がすか!死ね!!」


 会心の笑みを浮かべた国王の全身からドス黒い魔力が巻き起こった。射線上に味方がいるにも関わらず発動させたため、先程峰打ちで倒した騎士がぴくりと痙攣した後で動かなくなった。


「速い!?」


「身体強化を使っても私の装備では追いつけない……!逃げ切りなさい、最強女ぁ!!」


「僕に任せろ!!頭を撃ち抜いてやる!!」


 マルクが悲痛な覚悟で腕のクロスボウを構えた。構える腕はわずかに震えている。


「……父上……っ!!」


 カロリーヌに黒い魔力が触れそうになった、まさにその瞬間――






「ごほぉっ!?き……きさ……ま……!」


「そこまでにしましょう、陛下。……もう我々の時代は終わりました」


 騎士の生き残り……いや、従者の一人と思しき壮年の男性が、カロリーヌと国王の間に入り、王の腹部に拳を叩き込んでいた。その腕と脚は、過度な身体強化によって折れ曲がっている。


「……おかえりなさいませ、殿下。無事に就職はできましたか?」


「お前!?」


 どうやらマルクは彼を知っているらしい。


「貴様が私を裏切るのか……!!この私に絶対の忠誠を誓っていながら……っ!!」


「殿下に親殺しをさせるわけにはいかないでしょう?」


 最期にマルクへ向けられた笑みは温和で、まるで息子を見守る父親のようだった。


「ゆ、許さぬ……!!裏切り者は許さぬ!!まずは貴様から死ねぇ!!」


「やめろおおおお!!!」


 マルクが叫び、黒い魔力が壮年の男性を覆うのと、王の腹に打ち込まれた手が光ったのは同時だった。いや、手ではない。あれは魔法陣の光……魔封じの陣!?


「これは!?貴様、まさか!?」


「失礼……へ、陛下の……魔力を、お借り、し……ま……」


 壮年の男性が笑みを浮かべたまま崩れ落ちたのとほぼ同時に、国王の身体を纏っていた黒い魔力が霧散した。すぐに魔法陣を破壊しようとした国王だったが、その隙を目前のカロリーヌが逃すはずも無い。


「げぶっ!?」


 身体強化と体重をすべて乗せた当身を喰らった国王は、まるでイビルバッファローの突進を喰らったかのように吹き飛び、壁に激突していった。




 マルクは笑みを浮かべて死んでいる男性を両手を組ませ、開いたままだった目を閉じさせていた。その動作は、まるで大切な誰かを看取っているかのような儚さがある。


「マルクの知り合い……?」


「…………ああ。僕の元側近だ。有能で、仕事が早くて……すごく嫌なやつだった」


 言葉とは裏腹に、マルクの手は震え、その目からは一筋の涙が流れていた。


「本当に……嫌な奴だ……っ!礼の一つも言わせないなんて……っ!」


 きっとこの男性とマルクの付き合いは、私と出会う前からのものだったのだろう。どうか彼の眠りが安らかなものであらんことを祈りたい。


「ぐ……ぐぶっ……くそ……!き、貴様ら、下民ども、が……!」


 未だ敵意を失わない国王を二人の鋼鉄兵が両脇から拘束し、無理やりに立たせた。女騎士としての仮面をつけ直したドロテが、無感情のまま国王を見下ろす。


「アンスラン。たった今部下から報告があった。ミロワールクリスタルは完全に破壊され、法務室を始めとした主要な国政機関も占拠した。貴方の息子達や、外で頑張っていた騎士達も全員投降したとのことだ。只今をもって、我々カヴァンナ公爵軍の勝利を宣言する」


「しょ……勝利だと!?我らが魔法不能者達に負けたというのか!?バカな!!アンスラン王国は不滅だ!!強大な魔力と魔法さえあれば永遠の繁栄が約束されるというのに!!貴様らがいたせいで――」


 彼がそれ以上何かを話すことは無かった。終わりそうにない敗者の弁を垂れ流す国王の顎を、マルクの鉄拳が強打したことで、意識を完全に手放すしかなかったからだ。


「……この男の処分は、カヴァンナ公にお任せする。……出来るなら、国王に従うしかなかった騎士達とその家族を、どうか丁重に扱ってほしい」


「ご心配なく。カヴァンナ公は寛大なお方です。各員、遺体も含めた騎士達を外に運び出しなさい!バーツはいますか!」


「はっ!」


「カヴァンナ公に通達!我ら、アンスランを打倒し、全民衆の救出に成功せりと!!」


 ドロテが鋼鉄の剣を高々と抜き放つと、王城内は鋼鉄兵の歓声によって満たされた。そして城の屋根にカヴァンナ公爵領の家紋が掲げられた時、王都で人質となった民衆達と、王都を囲んでいたカヴァンナ軍は一斉に鬨の声をあげ、光の花畑が勝利を祝福するように輝いていたという。




「終わりましたね、セーレさん」


「ええ……」


「ほら、顔を上げろ。どんな形にしても、君がこの国の為に働いたことには――」


「セーレ!!」


 歓声の渦の中、ドロテと共に城を出た私の前に、黒い鎧を着た壮年の男性が歩み寄ってきた。かつて私が、黙って捨てていった人だ。


 ……もう私には、この人を父上と呼ぶ資格は無い。


「セーレ」


「公爵閣下。この度は――」


 だけど跪こうとした私を、公爵様は……


「親に跪く娘があるか!子供は親にただいまと一言言えれば、それで良いんだ!」


 黙って家出した親不孝者を、ただ娘として、思い切り抱きしめてくれた。


「そんな……わ、私は……カヴァンナを……」


「今まですまなかった……!お前は何も悪くない。家族でありながら、お前を魔法不能者として扱った私が愚かだったのだ!お前の辛さと、悲しみを、私達は魔法使いとしてではなく、家族として共有すべきだったというのに……!」


 子供の頃に欲しかった温かさと、旅立つ前に欲しかった言葉が、私の心を解きほぐしていく。私の背中に手を回すカヴァンナ公の……いえ、父上の肩は、後悔と慙愧の念で震えていた。


「ジネットはお前を、ただ娘として愛したかったというのに!私が公爵であろうとしたばかりに、お前の愛し方を間違えてしまったのだ!全て私が悪いのだ……!」


 旅立つ前には気付かなかった。気付こうとしなかった。父上の身体は、こんなにもくたびれていたのか。あんなにも大きかった背中が、小さく感じられてしまうほど、身を粉にして公爵の仕事を全うしてきたというのに。


 私は……父上のことを、どこまで理解していたのだろう。どこまで理解しようとしてきたのだろう。


 歩み寄ろうとしなかったのは、私も同じではないのか。


「だが今ならわかる!お前がカヴァンナの姓を捨てても、こうして10年間会わずにいても、お前が私の血を分けた娘であることに変わりはないのだ!!……お前に会いたかった、セレスティーヌ!!」


 どうしよう。何か言い返さないといけない。相手は公爵様だ。このままじゃ不敬だ。体を離して、臣下の礼を――


「……よくぞ無事で……元気でいてくれた……!おかえり、我が娘よ……!!」


 ああ……無理だ。だって、だって、私は――


「……っく!た……ただいま、戻りました……!父上……!!父上ーー!!」


 この人の愛を、ずっと欲していたのだから。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ラスト私も泣いてます お父様セーレ良かったね [一言] 側近さぁぁぁぁん!!いやぁぁぁ! 側近さん殿下が立派になって帰ってくるのをずっと待っていたんですね いざと言う時にはこうする為に、…
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