ドロテの兵隊
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「うわーーん!!ママーー怖いよぉー!!」
「いやあああ!!あなたしっかりして!!」
「頼む!あの家を失ったらもう住む場所がないんだ!やめてくれぇ!!」
「だ、黙れ!戦いたくないというお前も家も、我が王国の盾となれるのだぞ!!むしろ感謝するのだな!!」
「あいつら……!隊長!」
「無策で飛び込んではいけません。住民が危険です」
人質の住民は王都の正門に集められていたが、その様子はまさに惨状と言うほかない。一部の家屋からはまだ火の手が上がっているのに、家を失って泣き喚く民に対して騎士達が銀の剣を向けている。これではどちらが敵か分かったものじゃない。
「いっそ住民ごと攻撃しても良いのでは?あれは魔法絶対主義の中でしか生きられないから、王を支持して王都から出なかった連中でしょう。俺らみたいな魔法不能者に救われるくらいなら、その方が本望だとは思いませんか」
部下の一人が冗談とも本気ともつかないことを進言してきた。単に勝つだけならそれでもいいかもしれないが……。
「それでは勝っても遺恨を残しすぎます。我々は勝った後も、魔法に対する差別意識を無くすための長い戦いが待っているのです。ここで魔法不能者が魔法使いの非戦闘員を見捨てたと思われるような、不名誉な事例を残したくありません」
「政治的判断ってやつですか?」
「あなたの子孫に魔法使いが生まれない保証は無いのよ?」
「……ああ、なるほど。そりゃ、確かにそうだ」
それにしても自分達が守るべき民衆を盾にして、国を守るためだと強弁している彼らは、本当にそれが必要だと信じているのだろうか。もし立場が逆であったなら、私も同じことをするのかしら。先生が言っていた、矜持ってそういうことなの……?
「ドロテ君」
どうにも打開策が思い浮かばない私の背後から、まさに今思い浮かべていた懐かしい声が掛かった。
「先生!来てくださってたのですか!」
「ひどいですねぇ、戦力が欲しい時は呼んでくださいと言いましたのに。一人で戦うのは寂しかったですよ」
そういえば、戦力が欲しい時には呼べって言われてたっけ。あれは冗談だと思っていたけど本気だったのね。あれ、まさか三日前に東から迫る一個大隊が急に壊滅したのって……なんて、流石にそれはないわね。もしそうだとしたら先生はもう人間じゃないわ。
「これがドロテ君の兵隊ですか。いい編成ですね。魔法に頼ってばかりの連中では、ドロテ君の兵には絶対に勝てないでしょう。……ドロテ君。今でも君の気持ちは、あの日と変わっていませんか?」
あの日……セーレ達とお別れした日の事か。魔力も魔法も関係なく、国を支えたい人達が重用される国に生まれ変わらせるという、私の夢。
「はい、先生。まずはミロワールクリスタルを破壊し、身分と魔力の強弱だけで優劣を決めている法律を改正します。生まれ持ったものだけで命の重さが決まるような世の中は、戦ってでも正さないといけませんから」
「目の輝きが戻りましたね。今の君をセーレ君が見たら、きっと喜ぶでしょう」
「……それはどうでしょうね」
志を同じくしたかもしれないが、あいつも私と同じで戦いを好む性格というわけでもなかった気がする。それに、私が戦っているのだって内側から変えることを諦めた結果だ。そんな消極的理由で鎧に身を包み、陣頭指揮を執る私を見て喜んでくれるのだろうか。
「ほら、兵が見ている前では胸を張っておきなさい。セーレ君に笑われますよ。……さあ、ケリをつけてしまいましょうか。こんな人質を取るほどに士気が下がった軍など、大規模な魔法でも見せて混乱させてしまえば……ん?」
ふと、足元が急にキラキラと輝きだしたかと思えば、その輝きはゆっくりと王城まで伸びていき、やがて花の形へと変わっていった。これは……まさか、マリエット様の花!?もうここに届くまでになったというの!?
「おお、これはまた懐かしい魔法だ。それに出力も凄まじい。流石の私も見渡す限りの花畑というのは初めて見ましたよ」
恐らくマリエット様は公爵様の屋敷から、今もただ花畑を大きくする練習を続けているだけなのだろう。火事が広がったと思えば今度は地面から光の花が咲いてきたとあって、王都中がパニックに陥りつつあることなど想像だにしていないはずだ。
余裕の笑みを浮かべていた先生だったが、王城のあたりを見て急に表情を固くした。
「……あれは……そんな馬鹿な!?ドロテ君、あれをご覧なさい!」
先生が指差す方向を見ると、何やら王城の上空に巨大な雲の塊が浮いているのが見えた。……あれは、なんだ?雲にしては速いし、形が崩れないが……いや……?
「雲じゃない!?舟が……空に浮いてる……!?」
「一体どうやっているのだ!?舟を持ち上げて動かすなど可能なのか……!?」
その光景はあまりに異様で、敵も味方も、そして先生でさえ一瞬目を疑ってしまうほどだった。
自分の身体を浮かせる程度ならまだしも、大きさと重量のある物を浮かせるのは容易ではない。熟達した風魔法使いを何人も集めて、ようやくシャンデリアを浮かせられる程度の浮力を得られるのだ。舟をあの高さまで浮かせるのは現実的ではないし、ましてや移動させるとなると途方もない魔力が必要となる。まず人間には不可能……そう思われていたのに。
地表の火災と花に注目が集まる中、上空から船が下りてきたとあって整理が追い付かず、敵も攻撃することを忘れているようだ。その中で唯一先生だけが、愉快そうに笑い出した。
「おおっ……!?……まさか、空気より軽い大量のガスを使って無理やり浮かせているのか!?船の上にある巨大な浮袋で空に船を浮かせていると!?ふっはははは!!そうか!!風魔法も無しにそんな方法で空を飛ぶとは!!君達は最高だ!!魔法を克服するどころか魔法を超えてくるなんて!!はーっははははは!!」
その船から小さな3つの人影が屋根に飛び移ったのが、私の目からも確認できた。そしてステンドグラスを打ち破って爆弾でも投げ入れたのか、激しい閃光と爆発音が謁見の間の辺りから放たれる。それを見た敵兵たちが一層混乱し、それに乗じて逃げ出す人質へ対応することも出来なくなった。
「あの3人は!!」
「ドロテ君、住民の安全は私が確保します!君は王城まで急ぎなさい!……住民よ!!今のうちにこちらまで走ってきなさい!!」
先生はかつて私達に披露した体表面硬化を使って、次々と騎士達の動きを止めていく。冷静だった騎士達が弓を射るが、住民にもストーンスキンが掛けられているのか、当たった矢は弾かれて落ちていった。この人数を相手にここまで繊細な魔法操作をするなんて……まさか本当に大隊規模を一人で片付けたとか言わないわよね?
逃げるのを躊躇していた住民たちも、それを見て一斉にこちら側に走り、次々とカヴァンナ軍に保護されていった。
「先生、ここはお願いします!おい、ぼさっとするな兵隊!対魔法特殊部隊よ、我に続け!!」
混乱する兵たちに檄を飛ばし、正門に向けて突撃命令を出す。全身を鋼鉄で武装した槍兵がランスを手に一斉に走り出した。
私が編成した特殊部隊はかなり異質だ。身分を問わず魔法不能者か、魔力欠乏者のみで揃えられており、全員頭からつま先まで全身鋼鉄鎧と鋼鉄の槍で武装されていた。
『セーレ・カヴァンナ。魔法戦士の名家と名高い、カヴァンナ公爵の長女です。得意属性は無し。得意魔法も無し。そもそも魔力が一切無いので魔法は全く使えません。体が金属で出来ているのかもしれませんね?』
ヒントになったのは、一年生の頃の自己紹介だった。自身を金属だと揶揄した彼女だが、生身である以上物理的な干渉までは無視できない。自分の魔力に干渉する治癒や、生命力吸収は無効化出来ても、火属性付与による火傷は無視できずに髪が燃えていた。
では魔力を一切通さない上、物理的な干渉にも強い頑丈な金属で全身を覆い隠した場合ならどうか?その答えが、この対魔法特殊部隊だ。
全身を鋼鉄で武装することで、中級魔法程度なら直撃しても戦闘継続が保証される突破力と、銀の剣程度では歯が立たない物理的防御力を得ることに成功している。重量に任せて突撃するだけなので、練度不足もさほど問題にならない。もちろん魔力を一切通さなくなるので、着用者は身体強化を除く魔法が一切使えなくなってしまうが、元々魔法が使えない者たちなら踏み倒せる問題だ。
当然、銀の剣を標準装備し、魔法の使用を意識しすぎて軽装であることが多い騎士団など、相手にもならない。
「おい!逃げるな!くそっ、そ、総員、ファイアブラストを一斉に放て!!」
「だ、駄目です!やつらの金属鎧には一切魔法が通用しません!!魔力が弾かれています!!」
「き、来た!!来たぞぉぉぉ!!うわぁぁぁぁぁ!!」
鋼鉄兵による一斉突撃。それが私が編み出した、魔法を打倒する力だ。
「ドロテ隊長!謁見の間はこっちです!」
「わかりました!バーツ、貴方はミロワールクリスタルを探して、見つけ次第破壊しなさい!テッドは部下と共に法務室と法文書を確保!非戦闘員や抵抗しない者への手出しは禁止!復唱!」
「ミロワールクリスタルを破壊します!」
「戦闘を避けつつ、法務室と法文書を確保します!」
「よし!散開ッ!!」
絢爛豪華な王城の中を、無粋で無骨な鋼鉄兵達が走る。ガシャガシャと騒がしい音を立てながら、私達は謁見の間に向けてただ一心不乱に走り続けた。
「う、ううっ……」
慌てるあまり空中散歩を前提とした高所のドアから落下したのか、数名の非戦闘員が呻いているのが見える。あの高さから生きてるだけでも幸運と言えるが、確実に骨折はしているだろう。
「魔法に頼りすぎるから……!一人残って手当してやりなさい!残りは私に続け!」
「自分がやります!おい、しっかりしろ――」
ほぼ無傷で走る鋼鉄兵と、床に転がって呻く魔法使いの姿が、この戦争の先にある何かを暗示しているように感じられた。
謁見の間に繋がる扉の前に、内部への突入を図ろうとしていたと思しき騎士が大勢並んでいる。こちらの存在に気付いた騎士達はこちらに向けて魔法を放つが、あまりにも反応が遅い。慌てて発動させた魔法が味方に当たって混乱を生み、運よくこちらに当たった魔法も全て無効化されたことで、彼らの士気統制は完全に失われていた。
「我々に魔法は効かん!!死にたくなくば、そこを退けぇ!!」
魔力が無くとも生きていける。魔力が無くとも魔法には勝てる。魔法不能者だけでこの鋼鉄兵を編成することには、魔力欠乏者として生まれた者たちへの希望となってほしいという願いも込められていた。そうすることがきっと、この先あいつのような悲しい子供達を、少しでも減らすことに繋がると信じたから。
いつかあいつが帰ってきたいと思える国に、したかったから。
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