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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
最終章 ムカつく笑顔が恋しくて
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 魔法不能者と魔法使いを区別しつつも共存を目指す公爵家と、これまで通りの魔法絶対主義を掲げる王家との対立は、魔力欠乏者の増加によってますます激化していた。


 後の研究により、そもそも人間が魔力を持てるようになったのは初代魔王が出現した前後からであり、元々後天的な素養であることが明らかになるが、当時の人々がそのような事情を知る由もなく、ただ混乱が広がるばかりだった。


「陛下!新たに347名の魔力欠損者が確認されました!」


「後継者に悩む高級貴族から、領地運営権の保証を要求してきています!いかがしますか!?」


 そして王国の……というより王家の頑なな態度は、時代の変化に対応できなかった。


「ええい、魔法が使えぬ貴族に用などない!!捨て置け!!抵抗するならば斬れ!!」


 その受け皿となったのは、やはりカヴァンナ公爵領だった。かねてより魔法不能者が集まりやすい土地だった公爵領は、他の領地と比べて格段に受け入れ体制が整っていた。ゆえに自然かつ当然の流れとして、魔力を持たない子供を持つ家庭にとって希望となり、同時に何も救わない王家を敵視する土壌となった。




 そして生まれてくる子供の内の3割が魔力欠損者となった時、ついに公爵家は現王政府の打倒を宣言した。当時名乗りを挙げて立ち上がったのは、カヴァンナ公爵家一家と公爵領出身の騎士団、そして私が指揮する公爵家直属の特殊部隊だけだった。




 魔法によって生計を立てているものも多い以上、今蜂起しても支持を得られず泥沼の戦争になるかもしれない。そもそも数の上での不利は否めない。だがこれ以上魔法不能者とその家族が虐げられる国内政治を許容できない。……公爵家としても苦しい決断だった。だが結論から言うと、これは英断と言って良かった。


 敵は王国騎士団だが、まずカヴァンナ公爵領出身の精鋭が離反したことで戦力が激減した。そしてそれ以上に重要だったのは、敵の騎士団の子供にも魔法不能者が多くいて、カヴァンナ公爵家の大義に対する戦意が著しく下がっていた事だった。そのため魔法が必須ではなくなる未来を叫ぶだけでも、かなりの数がこちらに投降したのだ。


 結果、泥沼の戦いを覚悟して蜂起したにも関わらず、実際にはひと月も経たないうちに王都を包囲するに至った。王都に残っているのは国王と、忠誠心と魔力の強い騎士団、そして魔法によって生計を立ててきた民衆達だった。




 現状報告と意見具申のため公爵家までやってきた私に、公爵領の防備を任されたエクトル様が疲れた表情で口を開いた。


「戦況は?」


「全体としてはほぼこちらの勝利が決定したと言っていいでしょう。しかし……」


「……人質を動かす気配は無い、か」


アンスラン国王は包囲殲滅を避けるため、あろうことか王都に残った民衆を人質にして、王国軍への投降と公爵の首を要求してきた。もちろんそんなものを受け入れる訳にはいかなかったが、王都に残った人々を見捨てる訳にもいかず、手詰まりになっている。彼らは生活のために王都から離れないのであって、全員が王を支持している訳ではない。


「公爵閣下が王都周辺を包囲して警告を続けていますが、未だに人質が解放される気配はありません」


「あくまで民衆を盾にするという訳か。堕ちたものだ」


「兵糧攻めしようにも、民衆から食料を奪って確保する可能性があります。あまり長期戦に持ち込むのも良くないでしょう」


 だが悪い話ばかりではない。なんと世界を巡っていたセーレ達から救援に向かっている知らせがあった。アンスラン王国の腐敗ぶりは、今や世界的にも有名になっていたらしい。


彼女セーレたちはいつ頃到着するのですか?」


 彼女から連絡があったのはちょうど一週間前。まさかこんな形で再会することになるとは思っていなかったが、彼女達なら状況を打開する何かを持って帰ってきてくれそうな期待感もあった。


「セーレの手紙によれば今日にも着く見込みのはずだが、戦況によっては直接王都に向かうつもりらしい。君も王都の包囲網と合流して彼女たちを――」


 会話の途中、ドォンという凄まじい爆発音が、地響きと共に公爵家の庭から聞こえてきた。見れば庭に生えていた樹が一本、塵と化している。一瞬警戒したが、その後に聞こえてきた声から敵襲ではないことが伝わってくる。


「やー!だから魔法なんて嫌いなの!こんな魔法いらない!」


「マ、マリエット!でも使い方を覚えないとあなた自身が危ないのよ!あなたは魔力が強すぎるの!」


「好きで強くなったんじゃないもん!こんな怖い魔法使えなくていいっ!魔法なんて一生使わないっ!!」


 どうやらマリエット様が、公爵夫人の指導の下で魔法の練習をしているらしい。でもあまり成果は芳しくなさそうだ。


「マリエットの魔力があまりに強すぎてな。加減の仕方を教えようにも、ギリギリまで抑えても致命的な規模の魔法が出てしまうんだ。俺も教えてやりたいんだが、あまりいい方法が浮かばなくてな……」


「マリエット、ママの真似をしてもう一度だけ魔法を――」


「やーー!!皆を怖がらせる魔法なんて大っ嫌い!!」


 魔法と魔力に依存しない国に変える。その理念からすれば、マリエット様が魔法嫌いになったところで大した影響はないかもしれない。……だけど魔法を全否定するのと、魔法を全肯定するのとで、一体どれほどの違いがあるだろうか。私は別に、魔法をこの世から消し去りたいと願っている訳ではない。


 魔法は道具と変わらない。道具を便利に使うためには、正しく知り、必要以上に怖がってはいけないのだ。




「こ、これは困ったわ……まあ、ドロテさん!」


「え、ドロテおねえちゃん?」


「どうもこんにちは、公爵夫人、マリエット様」


 10歳になったマリエット様は、私の事をおねえちゃんと呼ぶ。生まれたとほぼ同時にいなくなった姉の話を聞いて、姉と同い年の私にその面影を重ねているのかもしれない。同じく光と炎に適性を持つ私に親近感を覚えているのもあるだろう。


「マリエット様。試しにこの魔法陣を使ってみてください」


「ひっ!?い、いや!私の魔法はみんなを傷つけるから嫌い!魔法なんていらない!ドロテおねえちゃんの頼みでもやだぁ!」


 ここまで魔法を嫌がるのには理由がある。マリエット様はかつて、いじめっこから友達を助けようとして一度だけ魔法を使ったことがあった。




 光魔法の初歩である光矢ライトアロー。光そのものを集めた矢は印象ほど殺傷力は無く、顔に当てれば一瞬目眩ましに使える程度の威力まで下げることができる。マリエット様は練習をしないまま、聞き齧ったそれを詠唱し、いじめっ子を怯ませるつもりで放った。


 だが発動した魔法の威力は、明らかに初歩のレベルを超えていた。カロリーヌが最初の授業で見せたウォーターショット以上の光線が、その手から放たれたのだ。幸いにもいじめっ子達には当たらなかったが、不幸にもその先に建っていた廃屋に直撃し、その下の地面も含めて完全に消滅させてしまった。


 結果としていじめっ子は、その日からいじめを止めたが、同時にマリエット様には誰も近付かなくなった。その苦すぎる経験が、マリエット様が魔法を嫌悪する原因となっている。いじめを止める為とはいえ、人に向けて魔法を撃った代償はあまりにも大きかった。




 だが公爵夫人の言う通り、魔封じの印でも焼き入れない限り、自分の魔力とは一生付き合うことになる。何が出来て、何が出来なくて、どうすれば制御できるかは知っておいた方が良い。


「ご安心を。これは絶対に誰も傷つけない魔法です。マリエット様の姉君が……セレスティーヌ様が昔、私にプレゼントしてくれた魔法ですよ」


「え、あねうえが?…………、〜〜っ!わかった……ドロテおねえちゃんがそこまで言うなら……つかってみるよ」


 小さくて柔らかい手が、恐怖のあまり震えている。魔力が無くて苦悩していた姉に対し、妹は魔力が強すぎて苦悩するとは、一体なんの因果だろう。だけど魔法というものは本来、人を傷つけるためのものではない。そのことを、私は一番最初の授業であいつから教わっていた。


 セーレ。またあんたの知恵を借りるよ。


「……へっ!?なにこれ!うわっ、きれいなお花畑!!うわー!」


 光属性による幻影魔法、その応用。本人の魔力に依存して拡がるこの魔法の花畑は、私の時は校庭いっぱいに咲かせるのが限界だった。だが、やはりマリエット様は物が違う。あまりにもその範囲は広すぎて、端が見えないほどだった。


「この花畑は、マリエット様の魔力で作られたものです。マリエット様にしか作れないものですよ」


「そうなんだ!?魔法って、こんなことができるんだ……!!」


 その反応は、まさにかつての私と全く同じだった。あいつの妹と自分が同じ反応をするという、あまりの数奇さに苦笑する私に対して、エクトル様は息を呑んでその光景を見守っていた。


「驚いたな……もしかしてその魔法陣、セーレから?」


「ええ。昔の話ですが、私が彼女に対して実力を見せろと無理を言ったら、書いてくれたんです」


「そうか……その魔法陣はな、セーレのやつが一番最初に使ってみたいからと言って、俺が教えたものなんだ」


 あいつがこの魔法を?言っては何だけど、全くイメージと合致しない。魔法衝撃マジックインパクトを覚えたいと言っている姿の方がよほど想像できるほどだ。


「意外か?」


「ええ。花を愛でる趣味があったようには見えませんでした」


「まあ実際その通りだ。セーレのやつは、これを使って友達と仲直りしたかっただけだからな」


 え……?あいつが……?


「セーレのやつも、昔は普通の女の子だった。ちょっと貴族らしくないくらい純粋な子で……そう、今のマリエットみたいだったんだ。それがミロワールクリスタルに触れてから少しずつ変わっていった。あの魔法陣は、いじめを受け始めたころに学んだ魔法でな――」




『あにうえ!わたし、お花畑をつくりたい!きれいなお花を作れば、みんなも前みたいにあそんでくれるよね!?魔力がなくても、きっといっぱい練習すればつかえるようになるよね!?あにうえ!どうかおしえてください!あにうえー!!』




「――泣きながら頼まれたものだから、まだ7歳だった俺も父上の本を読みながら一所懸命勉強してな。ようやく花畑の作り方が分かって、今度はセーレに仕組みと書き方を教えて。でも……魔力がないあいつじゃ、やっぱり何度練習しても使えなかったんだ。それどころか魔法陣を光らせることも出来なかった。あの時の幼くも暗く悟った目を、俺はきっと一生忘れられないと思うよ」


 そしてそれでも、あいつはずっと諦めずに魔法の事を勉強し続けたのか。自分では絶対に使えないと頭ではわかっていながら、学年で並び立つ者がいないほどに。


 私が花の魔法陣を起動させたとき、セーレはどんな表情をしていただろうか。満足そうだった?それとも、羨んでいた?……今となってはよく思い出せない。ただ、悲しんではいなかったような気がする。


「マリエット様。魔法陣を使えば魔法の暴走を予防してくれます。それにこの魔法陣を自分でも書けるようになれば、きっとセレスティーヌ様も喜んでくださいますよ」


「ほんと!?じゃあいっぱい練習する!いっぱい練習して、国中みーんなお花畑でいっぱいにするよ!あねうえ、よろこぶかなー!」


 ええ、是非そうしてあげてください。きっと貴方のあねうえも、それを望まれているはずですから。




「ほ、報告!王都にて火の手が上がり始めたとのこと!」


「なに!?」


「アンスラン国王より、直ちに包囲網を解いて降伏せねば、今度は住民ごと焼くと宣言しています!!」


 もはや自分の手足を食うタコと同じだわ。きっともう自分が何をしているのか全然分からないまま、命永らえるために必死になっているのね。これはセーレ達を待たずに突入するしかないか……!


「わかったわ。すぐに向かいましょう」


「まってドロテおねえちゃん!絶対死んじゃだめだよ!?私、ドロテおねえちゃんに教わりたい事、まだまだいっぱいあるんだから!」


「ええ、マリエット様。誓って生きて帰ってきますよ」


「うん!絶対だよ!にひーっ」


 公爵令嬢らしくない歯を見せてニッと笑うその姿に、もう10年以上見ていないあいつの笑顔が重なった。つい私も釣られて笑みを浮かべてしまったが、状況を思い出して表情を張り直す。


 どんな理由であれ、この子達の笑顔と未来を奪わせるわけにはいかない。


「俺はここから離れられない……!君が頼りだ、ドロテ!王都に残る人々を救い、君の兵隊の力でアンスランを打倒してくれ!」


「はい!」


アンスラン国王……!お前がやってきた悪政と暴虐のツケを、今私が払わせてやる!




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― 新着の感想 ―
[一言] あのお花の魔法陣はそう言う理由だったんですね マリエットも可哀想に、、、今の状態でこれなら、、、 国王の計画通りになっていたら彼女は壊れていた気がします お父様が決断してくれて本当に良かっ…
[一言] 諸国を巡って10年ぶりの帰国かぁ……なんだ割と短いな!(感覚麻痺) 援軍の当てもない籠城は下策とは島原の乱を代表によく言われる話ですが 逆に言えば援軍が来る可能性が少しでもあるなら攻め側と…
[一言] 兵糧攻めとしては正しい戦略であり、囲って相手が民衆とともに弱るのを待つのも悪くない。所詮、逃げ遅れたか、王にすがりついた民衆。革命側とは相容れるのは厳しい思考の集まり。むしろ、数を減らしてく…
2021/09/12 07:24 退会済み
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