ムカつく笑顔が恋しくて
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「落ち着いたか?」
「……申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしました」
「久しぶりだね、ドロテさん。良ければ今日は泊っていくといい。セーレの部屋が空いているから、そこを使いなさい」
久しぶりに会う私の事を、公爵夫妻とエクトル様は快く受け入れてくれた。私が嫌悪する大貴族だったはずの公爵家は、今では不思議と温かさすら感じさせた。多分、伝言を伝えた時のご一家の様子が、今も印象深く記憶に残っているからだろう。
「何があった」
……言えない。言えばきっと、会長を心配させてしまう。
「法務室の腐臭に耐えきれなかったか」
だが言わなかったことが、却って会長に答えを教えてしまったらしい。改めて法務室での日々と陰口を思い出して、再び私の目から涙がこぼれ落ちてしまった。
「……私は、観賞用の花で、雑用係なんだそうです」
「どういうことだ?」
「室長の印象が良くなるような法案を出さなかったから……貴族や魔力保持者が得をするような法案を出さないから、疎まれてしまったんです。情けないですよね。国を変えるんだーって意気込んで、貴族を見下してきながら、実際に嫌悪や嘲笑に晒されたら、簡単に心が折れるんですから」
この屋敷で会長を見ていると、どうしてもセーレのことを思い出してしまう。彼女は幼少の頃からずっと死体もどきと呼ばれ続け、ひどい時には石を投げられていたと聞く。親からも魔法不能者として扱われてきたのに、何故彼女が腐らずに胸を張って立っていることが出来たのか。
今すぐにでも泣き潰れてしまいたい中、無性に彼女の笑顔が恋しくなった。
「ドロテ君。君は今でも、この王国を変えたいと思っているのか?法務室に入ったのもそのためだろう?」
「……そ、れは……」
……もちろん今でも変えたいとは思っている。だがあそこは私が提出する法の草案を絶対に通す気が無く、都合の良い事務員として私を飼殺すつもりでいる。このままでは何年務めたとしても、腐り切った体制を改善させることは出来ないだろう。
いや……違う。それは私の言い訳だ。きっと私は、もうあそこで働きたくないんだ。貴族と、高魔力の者と、搾取した税で贅を尽くす連中と一緒に、如何に下級階級から税を搾り取るかを考えることに耐えられなくなっている。
「か……会長……」
「うん?」
「私……もう、どうしたらいいか……!」
「ドロテ君……」
「私、もうあそこで働きたくなくなってます……!あそこで栄達しないと、王国を変えるなんて出来っこないのに……!会長!理不尽を全部飲まないと、王国を変えるなんて出来ないのでしょうか!?王国を変えられる強い力を持つためには、周りに合わせて弱者から搾取しなくちゃいけないんですか!?強くなるまでは弱い者いじめをする、それが弱い立場の人間の為に強くなるってことなんですか!?」
最低だ、私は。そんなことは法務室の人間に言えばいいのに……私の敵じゃない人に当たり散らすことしか出来ていない。自分で答えは出せているじゃないか。
「私じゃ、セーレのような人を大事にできる世界は作れないんですか!?」
お前には無理だったのよ、ドロテ・バルテル。
「ドロテ君。君の言う通り、君一人の力でそれを成し遂げるのは不可能だ。学園の生徒会と違って、そんな簡単にこの国の暗部を祓うことなど出来はしない。過去に幾人もの有志がそこに挑み、挫け、諦めていったんだ。まさに今の君のように」
会長は私を慰めることはしなかった。だけど、責めることもしなかった。
「君は大事なことを忘れている」
「大事なこと……?」
「君は一人じゃないということだ。君には仲間がいる。ここにいない3人の友と、先生、そして俺達だ。本当に成し遂げたいことがあるなら、使える物は全て使うべきだし、使い物にならないなら捨てる覚悟もまた必要なんだ」
会長は自分の机から一枚の書類を取り出し、私に手渡してきた。……対魔法特殊部隊編成計画?
「ドロテ。君が本当にこの国を変えたいなら、今すぐ法務室を抜けて、俺に力を貸せ。この計画の主要メンバーに加わるんだ」
「え……!?」
「公爵家は現王政府を打倒するため、秘密裏に行動を開始している。彼らにこの王国は任せられない」
きゅ、急に何を!?
「魔法不能者が年々増加しているのを聞いたことはあるか?」
「は、はい。それは一応……」
その増加幅は5年間で3倍にも上るらしい。税収の増額が見込めると喜びそうな上司達が、これに関しては口を噤んでいたのを覚えている。
「実はその中から魔力欠乏者と呼ばれる子供が現れ始めているんだ。これまではミロワールクリスタルが反応しないほど魔力が少ない魔法不能者と片付けていたようだが、近年になって成長した子供が魔法陣に触れても光らせることが出来ない事例が複数報告されている」
「魔力欠乏者とは……?ま、まさか!?」
「ああ。セーレと同じ体質の赤ん坊だ。そして……高級貴族の魔力欠乏者は、いずれもミロワールクリスタルを触れた後で病死しているんだ。例外なくな」
高級貴族の子供だけが病死するなんてことはありえない。事実、セーレは魔力が無くても健康だった。つまり……これは病死ではない。
「魔力が無い子供を、秘密裏に殺害しているというのですか!?」
「ほぼ間違いなくそうだ。これが王家の指示かどうかは不明だが、ここは魔法絶対主義のアンスラン王国だからな。伯爵家や侯爵家から魔力の無い子供が生まれれば、価値を見出せずに放逐したり、病死したことにして次の子に望みを託す程度の事はする。……カヴァンナ家はあくまで例外なんだよ」
あり得ない話……と断じ切れないのが辛いところだ。法務室に入ってよくわかったが、この国の法律はかなり歪んでいる。
まず生まれ持った身分で優劣が決まり、その中でさらに魔力の大小で優劣が決まる。魔力が多いものは、無条件に税制面で優遇されたり、刑罰が軽くなったりするのだ。王城の中からして魔法で体を浮かせることを強要される場所があるほど、この国は魔法使いを重用し、魔法不能者を徹底的に排斥している。
いわば生まれ持った物が全てを決する思想なのだ。そんな中、生まれた子供に一切の魔力が無いとなれば家のメンツに関わる。しかしだからと言って殺害するほどのことか……!?
「どこまで病み切っているのよ、この国は……!?」
「頭頂から末端までさ。……子爵以下、平民も含めて、魔力欠乏者を抱えた家族は皆こぞってこのカヴァンナ公爵領を目指してくる。ここは……父上がセーレの為に作った領地だからな。他の土地と比べれば、遥かに暮らしやすいんだ」
あの日の公爵が思い出された。セーレに対する愛し方はどうあれ、その愛がセーレの未来に向いていたことは確かだったということか。……なんて悲しい家族なのだろう。そしてその愛が、娘以外の魔力欠乏者を救うことになるだなんて。
「ドロテ。まずはここで力を付けろ。そして来るべき時が来たら、俺達の手で王国を討ち、法律を作り替えるんだ。身分と魔力の大小だけで優劣を決めつけるこの国を、俺たちの手で変えよう!」
私の中で新たな決意が固まりつつあった。……それにしても。
「会長……どうして昔から、私によくしてくれるんですか?私はただの平民ですのに」
会長は少しだけ迷うと、苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
「君がセーレの友人で、生徒会でも良い後輩だったからだ。それじゃ不足か?」
「……いいえ、それで十分です。私も良い先輩を持ちました。この身をエクトル様と公爵家、そして新たな王国に捧げる事を誓いましょう」
セーレ、ごめん。あんたに散々大口叩いておきながら、結局は内側から正すことを諦めて、最終的に暴力で物事を解決しようとしている。
きっとこのやり方では、旧貴族となる連中の恨みや妄執を消しきれない。戦いに勝っても、また違う戦いが起こる。本当ならもっと時間をかけて正していくべきかもしれないけど……その間にも、魔力が無いだけで不幸を押し付けられる子供達は増える一方だ。それを知ってしまった以上、もう見てみぬふりはできない。
今の私は、あんたの競い相手を名乗る資格すら失ったのかもしれないね。だけど、せめてあんたの家族は必ず守ってみせるから。無事に帰ってきたら、私を思い切り叱り飛ばして頂戴。
アンスラン王家に対してカヴァンナ公爵家が反旗を翻したのは、私が彼女達と別れてからちょうど10年後の事だった。
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