つまらない物を持つよりは
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その翌日。今日から本格的な授業が始まるわけだが、一時間目はさっそく魔力を直接必要とするものとなってしまい、私は残念ながら見学することになってしまった。
昨日あれだけ啖呵を切っておきながらこの始末。仕方ないとはいえ、流石にちょっと恥ずかしいわ……。でもせっかくだから、ここは各生徒のレベルを観察させてもらいましょう。ある意味全員、ライバルだものね。
「皆さん、魔力を手に集めてください。……そうです。それが魔法を発動する際の基本姿勢となります」
魔力。それは生物や大気に含まれている、目に見えない不思議なもの。東国では気とも例えられるそれは、蒸気機関や火力など比較にもならない膨大なエネルギーを秘めている、驚異のエネルギー物質だ。
「火属性の方、あの的にファイアボールを当ててみてください。当てられた方は下がってよろしい」
例えばこのように、魔力そのものを発火させて相手に直接ぶつけることが出来る。油などとは比較にならない燃焼効率を持つ魔力は、それをぶつけるだけでも十分危険だ。
「おお!」「流石は殿下だ……!」
殿下のファイアボールが、的を焼滅させたらしい。流石の大きさと密度だ。あれは鋼鉄の盾さえも溶かしかねないでしょうね。ちなみに平民ドロテもそこそこ大きな火球を打ち出していた。殿下程の派手さはないが、治癒が得意な割には優れた威力ね。
「水属性の方は、ウォーターショットをお願いします」
周囲に存在する水や水蒸気を集め、固めて打ち出す基礎魔法だ。修練が足りないと水鉄砲にしかならず、実際多くの生徒が打ち出したウォーターショットは花壇が相手でも安全に使えるレベルでしかない。
一人を除いて。
「きゃあああ!!」
「カロリーヌ君!!」
やはりあの子、得意魔法が無いというだけはあるわ。適性属性の基礎魔法ですら制御しきれていない。ただ、その威力は段違いだ。校庭の木に当たったその魔法は、当たった個所に穴が開いている。もし人体に当たっていれば、薙ぎ払うだけで両断できるかもしれない。ただし制御できなければ、自分の身体すら両断しかねないけども。
その後も地属性、光、闇と順々に得意属性と基礎の確認が進められていった。途中トラブルもあったが、最後は無事に授業終了……となるはずだったのだが。
「せんせー!私、セーレ様の実力も見てみたいでーす!」
突如、ドロテさんが手を高く上げて私を指名してきた。この人、私の自己紹介を聞いていなかったのだろうか?
「私は魔力が無いので、魔力を直接打ち出す演習には参加できないのですが……」
「えー!じゃあ見学するだけで単位もらえるんですかー?いいなー!楽して卒業できて!やっぱり公爵家のご令嬢様だと特別待遇なんですねー!」
「ドロテ君、そうではなくてだね……」
くだらない挑発だ。いくら身分差が問われない学園内とはいえ、よくやるわね。だけど周りの目もドロテの発言を支持しているように見える。言い方は気に入らないが、確かに何かやって見せない事には収まりがつかないだろう。
「……分かりました。ですが、魔法を打ち出すことは本当にできませんので、魔法陣を描いて他の方に使って頂く形でもよろしいですか?」
「まほうじん?」
魔法陣とは、長くなりがちな詠唱文をあらかじめ何かに刻んでおくことで、魔力を流すだけで打ち出すようにする技術だ。応用として無詠唱で発動させる際に魔力で刻んで使うこともあるのだが、別にペンで紙に書いても修正できないだけで発動はする。
「セーレ君、それはまだ授業で教えていませんよ。そんな危険なことはさせられません」
「攻撃魔法は書きません。それに書いた物はまず先生にお見せします。それで如何でしょうか」
「……まあ、安全なものを書くなら良いでしょう。わかりました、やってみてください」
先生の許可を得た私は、先生が持っていた紙と羽ペンをお借りして簡単な魔法陣を書くことにした。円陣の中に古代文字で詠唱、射程、方角、属性等を書き込んでいく。しかし良い羽ペンだ。もしかしたら先生も魔法陣を書くことを意識している人なのかもしれない。
「ほお……?」「ふむ……」
生徒の誰かが私の作業を見て感心したようだけど、集中しないといけない作業なので確認はできなかった。
「出来ました。先生、どうぞ」
「早いですね。……うん、これならいいでしょう。誰に使わせますか?」
「ドロテさんにお願いします」
「えっ!?わ、私ですか!?」
言い出しっぺの少女に動揺が走る。でもこの魔法なら彼女が一番良い。
「大丈夫です。あなたの魔力をお借りするだけです」
「で、でも危ないかもしれないじゃないですか!?暴発でもしたら!?」
「セーレ君の魔法陣が安全であることは私が保証します。協力してあげてください」
「……は、はい」
仕返しを恐れているのもあるのだろうが、私に魔力が無いということに対する偏見も強いのだろう。魔法が使えない人間が書いた魔法陣なんて、本当に大丈夫なのか?と、目が如実に語っている。まあ、普通はそうでしょうね。でもやってもらうわよ、あなたから仕掛けてきたのですから。
魔法陣を書いた紙を手の上に乗せたドロテさんは、意を決して紙に魔力を通した。すると――
「おお!」
「きれい……!」
ドロテさんを中心に花畑が出現した。ただし触ることはできない。ドロテさんの魔力を花の形に具現化させた、幻影の花畑だ。当然、魔力を通すのを止めればすぐに消える。
それにしても……すごい範囲だ。校庭を覆い隠すほどの花畑になるとは思わなかった。これは私の魔法陣がすごいのではなく、単純にドロテさんの魔力量が規格外なのだろう。あるいは火による攻撃魔法よりも、光属性により適性があるのか。
「すごい……魔法って、こんなことができるの……!?」
ええ、そうよ。むしろ私からしたら、こういう使い方をするのが一番良いとすら思ってるわ。誰も傷つかないし、コストも掛けずに人々を喜ばせる事ができる。
横着するのに使うより、よっぽど価値を見出だせるというものよ。
「ドロテ君の魔力が強いから、花畑の範囲も広くなりましたね。お二人共、見事です。ドロテ君、セーレ君の実力はわかりましたか?」
「……はい。ありがとうございました、セーレさん」
素直に頭を下げてドロテさんだったが、その表情は暗い。というより、面白くなさそうに見える。私が必死に足掻いて失敗する姿か、手品か何かを披露して恥をかかせたかったのかもしれない。とはいえ自分の魔力までは否定できないから不満は漏らせないでしょうね。
「では、教室に戻りましょう。座学に移りますよ」
私に対する周囲の目に、好奇とさらなる憎悪が混じりはじめた気がした。
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今日の帰り道も、僕はセーレと馬車に乗っている。お互いにニコニコと笑いつつも、全く目が笑っていない。
「初回の授業から随分と派手にやってくれましたね」
「やれと言われたからやったまでです。言われなければ見学で終わってました」
この娘に目立つなと言う方が無理なのだろうか。魔法不能者なのだからこれ以上派手な真似はしてほしくないものだ。
……セーレが授業で見せた魔法陣、あれ自体は大したものではない。元々性質が光に似ていると言われる魔力を光に具現化させただけの、いわば子供だましだ。
あの場で先生と僕が感心したのはそこではない。
「ご謙遜を。僕はちゃんと見ていましたよ?あの魔法陣をあの早さで正確に書くのは並大抵じゃない。何人かはそれに気付いていたみたいですね」
「お褒めに預かり光栄ですが、何度も書けば誰でも出来ることです。それにプロには及びません」
「その通り、プロ一歩手前の腕前かもしれません。が、新入生がプロ一歩手前の魔法刻印術を習得しているのは異例というほかない。素晴らしい腕前ですよ、セーレ」
そこは事実だったので、僕にしてはちょっと珍しく、一応手放しに褒めたつもりだった。だが、返ってきたのは……。
「……私に出来る魔法技術など、あれくらいしかありませんから」
「え……?」
この娘らしくない、弱気な言葉だった。
「子供の頃からずっと、兄に習って練習していたのです。何度も書いては発動させようとして、失敗しました。魔法不能者であるメイドですら、魔法陣を光らせるくらいの事はできたのに……私はそれすらも出来なかった。でも、諦めの悪かった私は、ずっと練習をしていたんです。あの日から、毎日ずっと……」
憂いと悲しみ……この少女にこれほど似つかわしくない表情があっただろうか。いつも傲然として自信に満ち溢れているというのに、魔力が無いことを克服しきれていないとでもいうのか。
『ええ。私には魔法など必要ありませんから』
……あれは、君の本心ではないのか?
「……それでもあなたの努力は無駄ではないと思いますよ、セーレ。きっと役に立つ時が来ます」
セーレと僕の目線がぶつかりあった。そうか……この娘の瞳は、紫の中に少し赤みが差しているのだな。
「それに魔力なんてその辺に転がっているものです。持ったからと言って自慢できるものでもない。そんなつまらない物より、あなたは別のものを持てば良いのではありませんか?」
「……殿下は」
「ん?」
「私を、慰めてくれているのですか?」
…………あれ?そう……いうことになるのか?
「……どうなんでしょうね?」
「……ふふっ」
……っ!?
「失礼な申し上げようかもしれませんが……殿下も、結構面白い方ですね」
夕暮れを背に見せたその笑顔は、年相応の可憐な笑顔だった。……この娘、そんな笑顔も出来たのか。
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