前途多難の旅だけど
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「マルクー……お腹空きましたー……」
「我慢しろカロリーヌ……僕だって昨日から食べてないんだから……」
「……笑えないくらい全然釣れないわね……魚……」
もしゃもしゃと草を食む馬の横で、私達3人は肩を並べて、ため息混じりに釣り竿を垂らしていた。
三人と一頭の旅は、私が想像するよりもずっと辛いことの多いものだった。まず、食料の確保が難しい。三人共魔法を上手く使えない者同士であり、野獣を狩ろうにも手段がない。殿下……じゃない、マルクも弓なら使えるが、残念ながら背嚢には入りきらなかったようだ。
「せめてカロリーヌに射撃の才能があればな」
「いやいやいや!!ハンカチにナイフを乗せて飛ばして当てるとか、普通は無理でしょう!?それは射撃って言わないですからね!?私悪くないですって!!」
「それは確かに……私も至近距離で二人の革袋を切るのが精々だったしね」
魔法陣を木に貼り付けたまま、適期発動方向を修正して先生にナイフを当てたドロテが異常なのだ。本人は演技力が持ち味と言ってたけど、移動しながら罠を当てる器用さも、あの子ならではだったわね。
「しかしこのままだと餓死するわ。なんか良い手はないかしら……」
「良い手かー……お母さんならボールペンみたいに、便利な道具も作れちゃうんでしょうけどね……」
ボールペン……うーん、そんな便利なもの、すぐには……。
「それだ!!ボールペンだよ!!」
「!?」
マルクは急に立ち上がると、魚が逃げるのも構わず大声を上げた。
「カロリーヌ、これくらいの大きさの棒を用意できるか!?その真ん中に孔を空けて筒を作れば――」
焚き火の周りで、先程仕留めたウサギが数羽焼かれている。香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、半生でもいいから齧り付きたくなる欲求に駆られた。
「魔法衝撃を使った、吹き矢の高出力版というわけね。ハンカチよりもずっと当てやすいし、威力も出る。よく思いついたわね」
「中々の思いつきだろ?多分だけど、長くするほど射程も伸びるんじゃないかな」
「す、すごいです!私、マルクのことを初めて心から尊敬しました!」
「は、初めて……」
カロリーヌったら、なんだか旅に出てからのほうが生き生きしてるわね。ていうより、マルクに対する遠慮が日に日に無くなっていくわ。マルクも満更でもなさそうだし……ちょっと……気分悪くなるわね。
「ねえ、やっぱりマルクって、胸が大きい方が好きなの?」
「は!?いやいや、急になに!?」
「だって模擬戦闘でカロリーヌから抱き着かれた時、なんか嬉しそうだったし」
「あれ見てたのか!?いや……あれは、その……!!」
目線がさっきからチラチラと私とカロリーヌの胸を行き来している。それを見たカロリーヌの目がスーッと薄くなった。
「……私のこと、そういう目で見てたんですか?」
「違うって!いや、流石にあの時だけはちょっと意識したけど、僕にはセーレがいるし――」
「不潔ですね」
「ふけっ……!?」
戦闘不能になって真っ白な灰になった殿下をよそに、私は焼き上がったウサギに齧り付いた。最初は狩った獲物を捌くのも、手で持って肉をかじるのにも抵抗があったけど、もう慣れたものだ。
「冗談よ。マルクも男の子だもの、カロリーヌの胸が当たれば意識もしちゃうでしょ」
「うぐっ……な、なんか、セーレさんからただならぬ圧が……あの、怒ってます?」
「嫉妬するくらいは許してくれるのよね?」
「そ、それは……あの時は、その、すみませんでした……必死だったもので……」
わかればよろしい。もう二度とマルクのスケベ心を刺激しちゃだめよ?……なんてね。
「ふふっ、冗談よ。あの時はあれが最善だったと思うわ。ほら、マルクもいつまで灰になってるのよ。お肉が焦げるわよ?」
まともに食事も摂れない日もあるような、不安定で危険な旅。……でも、とても楽しい。きっとこの三人なら、どこまでだって行けるような気がするわ。
「サウスクレイまで、あと一日くらいかしらね」
「…………はっ!?あ、ああ、そうだな。あそこはアンスラン王国よりも魔法依存が低いが、その割に経済的には自立している。まあ、アンスランを基準にすればどこも依存してないことになってしまうけどな。ただ、奴隷制度が未だに敷かれている国でもある」
「危ない国なの?」
「いや、むしろ安全な方だ。大抵のトラブルは警察への賄賂で片付くからな」
「え、ええー……そんなひどい国だと思われてるんですか?アンスランが特殊なだけで、別に普通の国ですよ。それに賄賂を払う相手なら警察じゃなくて、冒険者ギルドです。あそこは冒険者が幅を利かせてて、自治も担ってますから」
「詳しいな?」
「両親が冒険者でしたからね。何度か行ったことがあるんです」
カロリーヌは普通の国と言うけど、前知識が薄い私とマルクがトラブルを招かない保証はないわね。むしろ今までの旅程を思うと、なにかしらのトラブルに見舞われる可能性の方が高そうだわ……。いや、それより旅費の方も少し稼いだほうが良いだろう。次に向かう先の情報収集だってしなくちゃいけない。ならまずは冒険者ギルドへ行って登録を……。
「セーレ」
「え?あ、ごめんなさい、考え事してたわ」
「一人で考えるな。……僕らもいるだろ?」
「そうですよ!」
……そうだったわ。もう私が一人で考える必要は無いんだった。この素晴らしい仲間たちと同じ悩みを抱えて、同じ未来を描けるんだったわね。
「ごめんなさい、旅費を稼ぐことも考えないといけないなと思ってたの。あと情報収集もね」
「あ、そうか!僕もサウスクレイから先はよく分からないからなぁ。ギルド運営の酒場にでも行ってみるか」
「お買い物もしないとでしたね……!うわーん!お野菜食べたーい!!お皿欲しいー!!」
ありがとう、二人とも。ずっと一緒にいようね。
「あ、そういえばすっかり忘れてたけど」
私は絶対に公爵家ではしなかった、口に物を入れながらの雑談を楽しみながら背嚢に手を伸ばした。
「結局、先生からもらったこれって、何がすごいの?」
それはアシム先生が卒業証書代わりにくれたカードだった。あの日と同じく不可思議な色合いで輝いている。
「相変わらず綺麗なカードだな。カロリーヌは知ってるんだよな?」
「あー……その色はSランク冒険者だけが持つことを許される、特別なギルド紹介証です。冒険者ランクってEから始まってA、S、SSまであって、Sは上から二番目です。それを見せるとSの知己を得たことの証明になります」
「へえ!先生ってやっぱりすごい人だったんだ!」
確かにすごく強かったし、納得も出来るわ。
「お二人は、大地の支配者って聞いたことあります?」
ん?なにそれ?……その様子だとマルクも知らないのね。
「ずっと昔に急にいなくなった、あらゆる地属性魔法を使いこなしたという伝説のSランク冒険者です。史上最速でSになった人で、SSも間違い無しと言われてました」
「まさか、それが先生だって言うのか?いくらなんでも盛りすぎだろう。他のSランク冒険者の可能性だってあるじゃないか。それでも十分すごいけどさ」
「そうかもしれません。アシム・ボートという同姓同名の地属性Sランカーがいるのなら」
「…………」
……嘘でしょ?そんなすごい人が、なんであの国で先生なんてやってるのよ!?
「ちなみにお父さんによると、私の実力はB相当だそうです」
落ち着いた様子でウサギをかじるカロリーヌを、私とマルクは目を丸くして見つめる他なかった。
世界って、本当に広いのね……。
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サウスクレイは、全体的にアンスラン王国よりもやや埃っぽい印象を受ける国だ。小さな砂漠地帯があるため、ちょっと強い風が吹くだけで顔に砂がかかる。建物も木造よりも石造りの家が多く、それがより熱気の強さを感じさせた。
インフラもやや弱いのか、あるいは何かしらの理由で舗装の必要性が薄いのか、ここ首都クランベールでさえ舗装された道はやや少なく、馬車に乗るとお尻が痛くなる程にガタつくという。幸か不幸か、私達は馬車に乗るお金も無いので体験することは無いだろうけども。
「あれ?」
「どうした、セーレ」
「いえ、魔法スクロールの露店が無いなと思って」
「そういえばそうだな。……それにやたらと飯屋が多い」
主に魔法陣を自分では書けない平民向けに、アンスランでは安価で低性能な魔法スクロールが露店販売されていることが多い。だがどうもサウスクレイでは魔法スクロールよりも武器防具といった冒険者用のアイテムが多く売られているような気がする。
治安維持と、何か起きても魔法があれば十分だという考え方から、武器防具が露店販売されることはアンスランでは殆ど有り得ない。首都では罰則規定すら適用されているほどなのに。
「サウスクレイ、特にクランベールは冒険者業が盛んなんですよ。だから自然と冒険者寄りの街になってるんですよね。さ、ユベールさんの工房はこっちですよー」
カロリーヌにとってはある意味庭のようなものなのか、路地裏をぐんぐんと歩き進めていく。未だかつてここまで彼女にリードされた日があっただろうか。私が知らない側面がどんどん見せてくれるカロリーヌを見ていると、アンスランでの彼女は色々と抑圧されていたのかなという気がしてならない。
私もカロリーヌも、まだまだお互いにもっと通じ合う余地があるということだわ。こんなことならもっとドロテのことを誘えばよかったかしら?……いいえ、彼女には彼女のやりたいことがあるのだから、邪魔はできない。残念だけど、ドロテとはいつか帰ってから親交を深めよう――
「はい!到着しましたよ!」
――なんて考え事をしていたら、いつの間にか閑静な住宅地の一角に到着していた。……え、これが工房?
「……ここ?」
「らしいが……アンスランでのイメージと比べると地味というか?」
「ユベールさんの故郷では割と普通らしいですよ。木造よりもすごく頑丈なんで、火災にも強いんです」
首都の家屋は比較的アンスラン王国の様式と近い建築形式をしていて、土で作られた家が多い中でも木造の家屋もそれなりに見られるのだが、その工房だけが異様な雰囲気を放っている。あるいは、全く放っていないがために逆に浮いていた。
巨大な石をそのまま立方体に切り抜いたような無骨なデザインは、カロリーヌの鞘をデザインしたとは思えないほど簡素で素っ気なく、近寄り難い雰囲気すらある。
「ごめんくださーい、ユベールさんいますかー?」
自宅のような気楽さでカロリーヌが中へ入っていくので、私とマルクもそれに続く。中は外から受けた印象をさらに洗練したようなデザインをしていて、ガラスと石だけで構成されていた。
「……なるほど、確かにユベールの家だな。地味なのではなく、無駄がないんだ。調度品で飾るばかりがデザインではないということか」
マルクの言うとおり、無駄を一切省いたそのデザインはそれだけで完成されているように見えた。まさか隣の国に来るだけでこんな発見があるなんて……スズカさんが言っていたことの意味が少しわかった気がする。
と、奥の間から一人の男性が現れた。スズカさんと同じ黒髪黒瞳だが、ギラギラとした目と長い髪、そして油断ならない圧が、建築物以上に近寄り難い雰囲気を作り出している。こ、この人がユベールさん?
「カロリーヌか。何の用だ」
「フィル君久しぶり!ユベールさんいる?」
「親父なら先月旅に出た。東へ行くと言ってたな」
「あちゃー入れ違いかー!色々お礼を言いたかったのにな」
極めて強面な青年はユベールさんの息子さんだったらしい。ということは私達とそんなに歳も変わらないはずだけど、全然そんな感じがしない。失礼に当たるから絶対に言わないけど。
「東というと、ベトレアかな。あそこは天然ガスが豊富な国だったはずだが……ユベールさんはガスで商売するつもりなのか?」
「知らん。だがガスコンロとやらを作ってみたいと言っていた。また変わった何かを発明するつもりなのだろう」
「いつ帰ってきますか?」
「それも知らん。俺が聞きたいくらいだ」
ガスコンロか……気になるわね。あのボールペンの開発に携わったユベールさんが、意味の無いものを作るとは思えないわ。それに、隣国に足を踏み入れただけでこんなにも色々な発見があったんだもの。きっとそのベトレアにも私達が知らないものがたくさんあるわ。
「マルク、カロリーヌ。冒険者ギルドに登録して旅費を稼いだら、ベトレアに向かいましょう」
「ユベールさんを追うんですか?」
「ええ。今は彼を追うのが一番、私が求める知識や技術への道標になると思うの」
「ま、アテがないと言ってもなにかしら目標があった方がいいか。僕は賛成だ」
「私もそれでいいと思います。あ、でも数日でも滞在するなら宿も取らないと!あとお野菜も買わないと!」
「楽しそうだな、カロリーヌ」
「うん!楽しいよ!」
新しい国に足を踏み入れるだけでも、次々に新しい発見と出会いがある。スズカさん達もこうやって、ニホンを探していたのかしら。きっと辛い中でも楽しかったんでしょうね。辛い記憶しか無かったなら、記憶を共有するお二人が結婚するはずがないもの。
きっと私達、この旅でとても大きく成長出来ると思うわ。魔法と魔力に頼らなくても出来ることがたくさん見つかると思う。そして王国を変えたいと願うドロテの助けになるものも、たくさん持って帰ることが出来るはずよ。
ドロテ。それまで王国を頼むわね。きっと、みんなが幸せになれる方法を学んできてみせるから。
いつか、必ず。
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