卒業証書授与式
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凄まじい勢いで先生に突進したドロテさんは、先生の腕に巻かれていたハンカチを力ずくで引きちぎると、そのままの勢いで受け身もとらずに地面を転がっていった。あまりに勢いが強いので、もしかしたら死んでしまったのではないかと心配になったけど、すぐに彼女の元気な声があがった。
「はあっ!はあっ!と……取ったわよ!!先生!!私達の勝ちだわ!!」
その右手には、勝利条件であるハンカチがしっかりと握りしめられていた。ずっと黙って見守っていたオフレ子爵も、満足そうな笑みを浮かべて大きく頷く。
「勝負ありだな、先生。あんたの負けだ」
「……ふっ。ええ、参りました。私の……完敗です」
身体が耐えうる限界以上の身体強化を受けたドロテさんの両脚は、骨折によって明らかにおかしな方向に折れ曲がっていた。だが彼女が治癒の魔法を自身に掛けると、あの日のように驚くべき速さで治っていく。
「なるほど……ドロテ君が得意な魔法は、治癒魔法でしたね。身体強化を限界以上に引き出して身体を崩壊させたとしても、自分の治癒魔法があれば元通りという訳ですか」
「いけないですか?」
「いいえ、むしろ称賛してします。いくら治癒魔法が使えるとはいえ、治癒するまでに味わう激痛は本物です。あなたの勇気に敬意を表します。……さて、ファブリス君とカロリーヌ君の魔法を解きましょうか」
先生が指を鳴らすと、急に動けるようになった二人はよたよたとバランスを崩しかけたが、辛うじて転倒は避けられた。しかしカロリーヌさんは怪我をしていたのか、右腋を抑えて崩れ落ちる。
「ちょっと、そんな所に一撃貰ってたわけ!?大丈夫なの!?」
「あ、あはは……気が抜けたら、なんか、すごく痛くなって……っ」
「だらしないぞ、カロリーヌ。あれは油断したお前が悪い。お前たちの旅には治癒士が付かないのだから、二度とこのようなヘマはするなよ」
「ひぇ!?き、気を付けます……」
厳しいお父様だが、言っていることは正論だ。もしかしたら先生は、それを教えるためにわざとカロリーヌさんに怪我をさせたのだろうか。いや、それにしても随分と危険な部位に一撃を見舞っている気がするけども……。
「ドロテ君、治癒を頼みます。恐らくは折れているでしょうから」
「折るほど殴ったの!?ああ、もう!退学するからって、普通こんな怪我させる!?肺に刺さってたらどうするのよ!?信っじられない暴力教師だわ!後期末試験本番では死者が出るわよ!?」
なんだかんだ言いながらも治癒魔法を掛けるドロテさんは、もうこの先生に対して取り繕うことをやめたらしい。手加減されていたと言っても、少しでもこちらが気を抜いていれば死んでいたかもしれない。
カロリーヌさんの件はもちろんだが、ドロテさんが樹から落下した時も危なかった。先生の石弾が直撃していた場合、受け身もとれないまま落下したはずであり、当然命の保証は無かっただろう。本当に色々とギリギリの試験だった。
「いえいえ、実際の後期末試験では怪我人が出た時点で止めが入りますし、治癒術師も傍に付きます。間違っても死者は出ませんよ」
「はあ!?」
「ドロテ嬢、落ち着いてくれ。でも先生、実際にカロリーヌ嬢は怪我をしたまま試験を続行しましたよね。あれは何故ですか?」
「それは、これが卒業試験の内容だからですよ。卒業試験では怪我の応急手当も生徒同士で行うのが原則ですから」
え……卒業試験?
「あ、あのー……後期末試験です……よね?」
あっという間に治癒が終わったカロリーヌさんが、顔色を悪くしている。そりゃあ、そうだろう。実際に怪我をしたのだから。
「申し訳ありません、あれは嘘です。貴方達が受ける最後の試験ですからね。当然試験内容は卒業試験に近い内容にしました」
「はあああああああ!?」
「ドロテ嬢、話が進まないから抑えて……」
「教師一人に対し、生徒10人での集団戦闘が卒業要件となります。ハンデ付きとはいえ、貴方達は見事に4人でクリアしましたね。おめでとうございます。退学の形にはなりますが、事実上、貴方達は卒業できたも当然ですよ」
「先生……」
……そういう事だったのか。先生はあくまで、あの学園の先生として私達に卒業試験を受けさせてやりたかったということなのね。
ごめんなさい、先生。私は貴方を誤解していました。てっきりただの戦闘狂なのかと……。
「ところで、最後のトリックは中々見事でした。あれはやはりセーレ君の発案ですか?」
「いいえ、あれはドロテさんが考えた作戦です」
「え!?そ、そうなのですか!?」「ああ、僕もてっきり……」
私を除く全員が意外そうにドロテさんの方を向いた。彼女も少し気恥しそうにしながらも、否定はしない。
「まず、先生が看破した通り、ドロテさんは生命力譲渡を使えます。でもあれは文字通り命を削る危険な魔法……私がわがままを言って、絶対に使うなと念を押したんです。そしたら――」
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『セーレ、私良い手を思いついたわ。一度しか通用しないだろうけどね』
『本当!?』
『ええ。……ねえ、セーレ。私の持ち味って、なんだと思う?』
『えーっと……総合力かしら。いえ、咄嗟の判断力?』
『いいえ、違うわ。私の持ち味は……演技力よ』
『演技力?』
『ええ。本心を隠し、相手を誤解させる能力。私が息も絶え絶え死ぬ寸前っぽく演技して、先生に生命力譲渡を使ったと誤解させるから、あんたはこの魔法陣とナイフを持って突撃して頂戴。後は私が何とかするから』
『でも、それだとバレたら一巻の終わりよ?魔法に気付いてくれるかどうかも賭けだし……あの先生相手に、上手く騙せるかしら?』
『当然。私を誰だと思っているの?伊達にクソ貴族どもを相手に毎日媚びを売ってきたわけじゃないってところ、見せてあげるわ』
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「あんたが罠を仕掛けて、私が突っ込めば勝てるって言われたのを思い出しただけよ」
「なるほど、これは一本取られました。確かにあの演技を見破るのは困難です。どうやらドロテ君には策士としての才もあるようですね」
私もあの時は、ドロテさんにこんな発想が生まれることに驚いた。ドロテさんはどちらかと言えば閃きに頼るのではなく、地道に努力して成果を出すタイプだと思っていたから。
「いえ、先生。私はセーレのやり方を模倣して、アレンジを加えただけです。独創性がない私では、策士にはなれません」
「そんなことはありませんよ。独創の前に模倣があり、理解が伴わなければ改良も工夫も出来ません。貴方はセーレ君のこれまでの作戦をきちんと理解していた。それが今日の勝ちに繋がったのです。……後期末試験での活躍を楽しみにしてますよ」
「はい……はいっ!?結局そっちもやるわけ!?これが後期末試験じゃないの!?」
「当たり前じゃないですか。これは卒業試験もどきと言ったでしょう?それはそれ、これはこれです」
こ、これはひどい……恐らく先生は、ドロテさんの戦い方をまだまだ見てみたいと考え直したに違いない。恐らく後期末試験ではドロテさんの全力を引き出す悪辣なルールが設定されることだろう。巻き込まれる生徒共々、ドロテさんには涙を飲んで頑張ってほしい。
「さて、では今日で卒業する貴方達にはこちらを進呈します。貴方達3人への卒業証書代わりだと思ってください」
先生が手渡してくれたのは、とても不可思議で、綺麗な色をしたプレートだった。プレートにはアシム・ボートという名前が刻まれている。これは……名刺かしら?それにしては金属質だけど。
「はひ!?せせせ、先生、これって、ままままさか!?」
「ん?どうした、カロリーヌ嬢」
「カロリーヌ君、それの説明は旅の中でゆっくりしてあげてください。とにかく、それがあれば旅先の冒険者ギルドで情報を集めやすくなるはずです。大事に取っておいて、上手く使ってくださいね」
「……?は、はい。ありがとうございます?」
「よろしい」
先生は満足そうな笑みを浮かべると、佇まいを直し、入学式の時のようなピンとした雰囲気を作り出した。
「全員!気を付け!」
「っ!」
「以上を以って、王立魔法学園卒業試験を修了とする!諸君!社会に出た後でも、君達は魔法に使われる者ではなく、使う者であるということを努々忘れてはならない!厳しい試験を合格した君達であれば、この先どんな苦難が待ち受けようとも、その知恵と工夫で乗り越えられるものと私は信じている!常に魔法とは何かを考え、勉学と鍛錬を決して怠るな!よろしいか!」
「「「はいっ!」」」
1年間という、長いようで短かった学園生活が脳裏を過ぎていく。
ギスギスとした関係から始まり、お互いを認めるに至った殿下。
一番最初の友達になって、ずっと私を支えてくれたカロリーヌさん。
衝突を続けながらもお互いを認め、高めあったドロテさん。
そして、私の運命が決した5歳の頃からずっと見守ってくれた兄上。
どれか一人でも欠けていたら、きっと私の人生はすぐに終わっていたに違いない。私がこの日を迎えることが出来たのは、皆がいたからだ。この奇跡の学園生活を、そしてこの卒業式を、私は一生忘れないだろう。
「……3人とも、風邪などを引かず、元気に旅を続けてください。そしてもし帰ってこれたら、土産話を聞かせてくださいね。それまでは現役でいるつもりですから」
「わかりました……!先生、ありがとうございました!」
「セーレ」
「ドロテさん……」
「さんはもう要らないわ。……私はこの歪んだ王国に残って、あんたが帰ってきたくなるような清潔な国に変えてみせる。だから、あんたも頑張りなさい。旅に出なきゃよかったとか言いながら帰ってきたら、承知しないからね」
「ええ、わかったわ。この国を任せたわよ、ドロテ!……あ、そうだわ」
「なによ。言っておくけど、私から渡せるものはないわよ?」
「兄上に伝言をお願い。私が姓を捨てて旅立ったことと……私は今最高に幸せですって!」
「……はあ、仕方ないわね。乗りかかった舟ってことにしておいてあげるわ。……だからそうやって歯を見せて笑うのは止めなさい。なんかほんとムカつくから、それ」
「ついに本当にお別れね……3人とも、元気でね」
「きっと良い旅になる。今後とも、娘と仲良くしてやってくれ」
「ありがとうございました、スズカさん!オフレ子爵!……行ってきます!」
「お父さん!お母さん!行ってきます!絶対帰ってくるからね!」
先生とドロテさん、オフレ夫妻が見送ってくれる中、私達も南に向けて歩き出した。殿下は側近さんから馬を一頭貰っていたらしく、荷物持ちとして使わせてくれることになった。背嚢に何が入っているのかは全部把握出来ていないが、尋常ではなく重かったので、すごくありがたい。
「では行きましょう、殿下」
「その殿下っていう呼び方は良くないな。もう僕は王族じゃないんだから」
あ、そうか。街中で呼んでたら変な誤解されかねないわね。
「じゃあ、何て呼べばいいですか?」
「そうだな……ファブリスってのも不味い気がするし……うん、マルクと呼んでくれ。今日から僕の名前はマルクだ。二人ともよろしくな」
マルクか……良い名前だわ。
「はい。よろしくお願いします、マルク」
「うー、なんか微妙に居心地が悪いような……新婚旅行の従者になった気分です……」
「腐るなよ、カロリーヌ嬢。おっと、身分が上だからカロリーヌ様かな?」
「やめてくださいよ気持ち悪い。カロリーヌでいいです。私もマルクって呼びますから」
……?え、今、気持ち悪いって言った?言ったわよね?
「……あれ、君ってそんな感じだったか?」
「別にいいじゃないですか、そんな小さい事。ほら、早く行きましょうセーレさん!キャンプ張れそうな場所まで急がないと!」
「ち、小さい……」
カロリーヌさんがなんか怖い……怒ってるような気がするし……。
「なんで私だけまだ"さん"付けなんですかぁ……あの時はちゃんと呼び捨ててくれたのにぃ……」
「へ?な、なんか言った!?ごめん、もう一回言って!今度こそ聞き逃さないから!」
「何でもないでーす!!さっさと行きましょー!!おー!!」
カロリーヌの機嫌が悪かった理由を知ったのは、私達が旅立って三日が経ってからだった。
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