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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
第二章 夢見る死体が行く先
35/45

同属嫌悪

 --------

 殿下を見た瞬間、私の胸が高鳴った。驚きではなく、歓喜によって。


「スズカさんから事情は聞いた。僕も試験に参加する。先生、途中参戦でもよろしいですよね?」


「……ふふっ、奇襲を仕掛けておいて何を言いますか。もちろん構いませんよ。奇しくも一年生のトップ4が揃いましたねぇ」


 登場があまりにも唐突過ぎて、つい数時間前にセーレ・カヴァンナとして冷たい態度を取ったことさえ忘れて、私は殿下に質問を重ねてしまった。


「殿下!?あの、旅に参加するってどういうことですか!?政務は!?マリエットとの婚約はどうしたんですか!?」


「そんなものは全部捨ててきた。婚約も、身分も、剣も……魔法も、全てだ」


「……っ!?そ、それ、は……!?」


 そう言うと殿下は、左胸を私達の前に晒した。そこには火傷による魔封じの陣が深々と刻まれている。それの解除が物理的に不可能であることは、誰の目にも明らかだった。


「魔封じの焼き印だと!?ファブリス君、君というやつは……!」


「なっ……そんな、どうして……!?全部って……!?」


「本当は君に別れを告げるつもりでここまで来たんだ。君は公爵令嬢で、全てを捨てて平民以下になった僕はもう絶対に交われないと思ったから。だけど……君も身分を捨てて旅に出ると聞いたら、居ても立っても居られなくなった。事情は後で説明する。でも、これだけは今言っておく」


 殿下の目は、庭で私を腕に中に収めてくれた時と同じ、優しくも強い輝きで満ちていた。私が一番好きな瞳が、月夜の中で輝いていた。


「君が好きだ。君じゃないと駄目なんだ、セレスティーヌ」


「で、殿下……!」


「君の代わりに魔法は使えなくなったが……また隣に立つ許しを貰えないだろうか」




 殿下。あなたは本当にずるいです。


 私は全部を捨てて、旅の中で新しいものを見ながら、自分に出来ることを探していくつもりでしたのに。


 殿下の未来を願うふりをして、殿下を忘れようと必死になっていたのに。




 私のことを最後まで信じて、私が一番欲しい言葉を、今こうして言ってくださるのですから。




「はい……!喜んで……!」


 大好きです、殿下……!!




「よし……!マリエット嬢については僕に考えがあるから安心しろ!まず、この試験を終わらせることに専念するぞ!あのハンカチを何とかすればいいんだな!?」


「はい!あれを傷付ければ合格です!魔封じ状態では身体強化を使えないのをお忘れなく!いつもより体がうまく動かないはずです!」


「心配は無用だ!新婚生活に向けて密かに予習していたものでな!慣れたものだ!」


 よし、気持ちを切り替えろ、セーレ・カヴァンナ!まだ後期末試験は終わっていない!


「カロリーヌさん!ドロテさん!まだやれるわよね!?」


「もちろんです!」「当然!」


「戦況を立て直す!ドロテさんは私ともう一度後方へ!殿下はカロリーヌさんと前衛を務めてください!特に殿下は可能な限り気配を断って、隙を突いてハンカチだけを集中して狙ってください!今の殿下なら、以前よりも行動を悟られ難いはずです!」


 流石の先生でも、4人を相手取って全員を把握することは難しいはず!戦意を上げた私達が散開しようとした時――


「ふふふふ……はーっははははは!!最高だ!!ファブリス君!!どうやら君は魔法の真実にたどり着きつつあるようですね!!」


 先生の哄笑が森の中に響き渡った。


「魔法の真実ですか?」


「君は魔法を克服しつつあるのだ!!そう、魔力なんてものは、魔封じの陣で簡単に消えてしまう脆く不完全なものに過ぎない!!あんな不確かで頼りないものでは、人間社会の軸には成りえないのだ!!すなわち!!人は魔法依存から抜け出ることで、ようやく新しい未来へ歩き出せるのだよ!!そのために必要なものの第一歩こそが、魔力の破棄なのだ!!たとえ痛みを伴おうともな!!」


「……くだらないですね。要らないから捨てたまでのことです」


「そうだ!魔法王国の王族であっても、不要ならば魔法を捨てることができる!その事実こそが大事なのだよ!君はそれでいいのだ!それでこそ!!」


「言ったはずです。僕はもう……王子じゃないッ!!」


 笑っている隙を突いて、殿下とカロリーヌさんは一気に間合いを詰めた。だけど先生はタガが外れたように笑いながら、接近戦闘の冴えを鈍らせることはなかった。


 殿下も死角から何度も攻撃を仕掛け、時にフェイントを混ぜ、時にドロテさんの遠距離攻撃に被せる形で攻撃を仕掛けるが、うまく決まらない。やはり元々王族として堂々とした攻撃を得意としていたので、急に奇襲を仕掛けるのは難しいのだろう。身体強化を得られないのも辛そうだ。


 だけどこの場面、殿下が前に出るのが一番最適なんだ。()()()()()()()()()()、これが一番間違いない。


「くそっ!やはり決まらないか!」


「ここは私達が抑えます!二人は後退を!」


「……わかった!行きましょう、ドロテさん!」


「了解!次で決めるわよ!」


「いいぞ!いいぞ君たち!私にもっと見せてくれ!本来あるべき未来を、この私に!!はーっはははは!!」




 --------

 爆笑教師の声が遠くなるほどに離れたものの、私達に残された手は多くない。残された紙もあと数枚……残された手は、生命力譲渡による奇襲くらいしか、私には思い付かない。


 でも……あの教師は一度こいつの奇襲を観察している。身体強化の魔法を使って意表を突く手もあるが、恐らくはそれも想定内だろうし、それを抜きにしても接近戦で最強女以上のスペックを発揮できるとも思えない。


 どうする……!?何をこいつに使わせれば勝てる……!?


「……ごめん、参謀。正直言って、私には良い手が思いつかない。あんたはなにか思いついた?」


「……いいえ。でも、先生の裏を突くしかないのは確かだわ」


 そうよね……それはその通りだ。いずれにせよ、私が使うべき魔法は一つしかないけども。


「まあ、こうしてても仕方ないでしょ。とにかく私が元気なうちに魔力を渡すわね。あの二人が動ける今の内に仕掛けないと――」


「ドロテさん」


 思いの外厳しい声色に驚き、二の句が継げない。


「駄目よ。あれは最終手段だと言ったはずだわ」


「でもそれくらいしか手が無いじゃない!私の魔力をあんたに渡して、あんたが隙を突いて魔法を使うくらいしか勝機は無いわ!わかったらさっさと――」


 直後、左頬に鋭い痛みが走った。何が起こったのかわからない。もしかして私は……こいつに叩かれたの!?


「もっと自分を大事にしなさい!あれが危険な魔法なのは私にもわかるわ!あの時だって死ぬ程辛そうだったじゃないの!!」


「何を甘いことを……!?私に出来ることなんて、もう生命力譲渡くらいしか残ってないでしょ!?最強女ほど接近戦が得意な訳じゃないし、あんたみたいに頭が回るわけでもない!逆に聞きたいわよ!私に何ができるのよ!?私がいる意味って何よ!?」


 考えるより前に飛び出た言葉に、私自身が驚いてしまった。だけどそのお陰で、自分でもよくわかっていなかった苛立ちの原因に気付く事ができた。


 そうか、そういうことか。


 私は彼女達にずっと劣等感を感じていたんだ。


 身分とは関係なく、ただ努力と研鑽で磨き上げたものが私よりも優れていたから。


 どれだけ努力したって、剣でも、勝ち筋を見出す機転でも、この二人には敵いそうにないから。


 恵まれた身分で優雅な生活を送れるはずなのに、それをあっさり捨て去れる彼女達が憎くて、妬ましくて。




 どうしようもなく、羨ましかったんだ。




「……ドロテさん。今だから言うけど、私最初の頃、貴方のことが好きじゃなかったわ。いつもどこか見下してて、貴族に尻尾を振って愛想笑いを振りまく貴方と仲良くなるなんて、絶対に無理だと思ってた」


「こんな時に何?……別に今でも友達って訳じゃないわ」


 憎い敵だとも、言い切れなくなってしまったけど。


「だけど、それは私の勘違いだったの。私が貴方と友達になれないと決めつけたのは、貴方の性格のせいじゃない。……私は、嫉妬していたのよ」


「は?」


 嫉妬?こいつが?誰に?


 …………私に?


「意味がわからないんだけど……?」


「ドロテさんは私が欲しいものを全部持ってたから。口を開けば棘ばかりの私と違って、社交性があって、身分違いの知己をいっぱい作れていた。苛酷な環境でも特待生になれるくらい勉強が出来て、総合成績もトップ。私が持っていない魔力も、魔法のセンスも一級品。そして何より……身分に関係なく、実力で殿下を振り向かせた」


 振り向かせたって……もしかして、模擬試験の時の。




『お二人共、今日の模擬戦闘ではお見事でした。完敗でしたよ。特にドロテ嬢、あなたが見せた咄嗟の判断と魔法を選ぶセンスは群を抜いている。今度、どのように考えながら戦っているのか教えてください』




 確かに、あれは殿下らしくない発言だなとは思ってたけど。


「殿下が友人以外の人を手放しに褒めるのを、私はあの日初めて見た。……悔しかったわ。私はどう頑張っても、殿下の婚約者としか見てもらえないのに、貴方は貴方自身を見てもらえていたから。尤も、私自身も殿下に負い目があったのだけど。……あの日からなのよ、貴方を本格的に競う相手だと意識したのは」


 ……そうだったのか。じゃあ私達は、お互いに意識しあって、嫉妬しあっていたのか。自分に無いものを相手が持ってるという、同じ理由で。


 笑っちゃうわね、本当に。もう諦めて認めるしかないわ。


 私と貴方は、やっぱり似た者同士だわ。似ているからこそ、お互いに気に入らないのに、気になって仕方がないわけね。


「貴方には私には無い強みがいっぱいあるわ。私達がお互いに無いものを補い合えば、必ずあの先生にも勝てる。だからお願い、もうあの魔法は使わないで!貴方は私が魔法を使うために存在するわけじゃないんだから!」


 この時、私の脳裏にある閃きが浮かんだ。お互いを補うというこいつの言葉。こいつが握る私の手。そして、模擬戦闘で言われたあの言葉。




『――私が罠を仕掛け、罠に掛かった敵を身体強化全開の貴方が仕留める。お互いの得意分野を完璧にこなしているからこそ、私達は勝ち続けているのよ』




「ふっ……ふふふっ……なるほど、初心に帰るって訳ね」


「ド、ドロテさん?」


「セーレ、私良い手を思いついたわ。一度しか通用しないだろうけどね」


「本当!?」


「ええ。……ねえ、セーレ。私の持ち味って、なんだと思う?」




 --------

 セーレが僕を前衛に充てた理由が良くわかった。身体強化の魔法を使っていないにも関わらず、未だに僕は先生から致命傷を受けていない。理由はもちろん、先生が僕の力を見極めようとしているからだ。


 この人の弱点……それはあまりにも強過ぎるが故に、どんな時でも教師であろうとし過ぎる点にある。どれだけ実力に差があろうとも、相手が生徒なら試さずにはいられない。その生徒に何が出来るのかを見極めて、堪能するまではトドメを刺そうとは思えないんだ。


 彼女はそんな先生の歪んだ性格に気付いたからこそ、敢えて戦力的に一番心許なくなった僕を前に出して、盾にしたんだ。まったく、恐ろしい発想だ。元が付くとはいえ、婚約者を囮にするとはね。


「さて、そろそろあの二人が出てくる頃でしょうか。お二人には少し大人しくして頂きましょう」


「なにっ!?う、うわ!?」


「これは!?」


 なんだ!?か、体が動かない!?


体表面石化ストーンスキンと呼ばれる地属性魔法です。本来は対象の体を硬化させ、防御力を高める魔法ですが……出力を極めれば、このように一切身体を動かせなくすることも出来る」


 味方を強化する魔法を、敢えて敵に使うだと!?くそ、なんて応用力だ……この人と僕らでは経験に差がありすぎる……!!


「はあ……!はあ……!な、何が、あったの……!?」


「殿下!カロリーヌさん!無事ですか!?」


 セ、セーレと、ドロテ嬢……!くっ、声もまともに出せないのか……!?


「ええ、無事です。貴方の手品を堪能したくて、ちょっとだけ固まってもらっています。命にはかかわりませんし、時間が経てば治りますよ」


「はあ……!はぁ……!……はっ!しゅ、趣味が悪いですね……先生……!!」


「ドロテさん、ここで良い?」


「え、ええ……!っ、はあ……!少し、休めば……!」


 ドロテ嬢は何故あそこまで消耗しているんだ?戦闘中でもあそこまで疲れたりはしないのに……?


 セーレはドロテ嬢をそっと寝かせると、魔法陣が書かれたハンカチを手に取った。よく見えないが、セーレが握っているにも関わらず魔法陣が光っているのが見える。……あの日と同じだ。一体、どうなってるんだ?


「そうか……なるほど。……ふふふっ、ふはははは!!素晴らしい!!ドロテ君、君がやったのですね!?」


「なんの……ことよ……!?」


「君のその明らかに不自然な消耗は、生命力吸収を食らった者のそれとよく似ている。さては君、生命力吸収を逆用してセーレ君に魔力を与えたのだね!?生命力ごと与えてしまうのを承知の上で!!」


「なっ……!?ど、どうして、それを!?」


 そんなことが可能なのか!?いや、しかしそれならあの日、セーレが魔法を使ったことも、脇腹の傷が癒えていたことにも説明はつく。


 生命力譲渡……それがあの二人の秘密兵器だったのか!そしてそれを一目で看破してしまうなんて……これが、プロの魔法使い!?


「独学でそこに至るとは驚きました!!君は立派な魔法使いになれますよ!!ですが……素晴らしい魔法をただ使うだけでは、私には勝てません」


「そんなもの、やってみなくてはわかりません!私達は……勝ちます!」


「良いでしょう……さあ、全力で掛かって来なさい!私に君達の本気を見せてくれ!!」




 動けないまま、僕はその戦いを見守った。セーレは生身のまま突進し、ナイフを巧みに操って先生に攻撃するが、その全てが先生によって弾かれ、いなされていく。身体強化付きのカロリーヌ嬢が剣を振るうことで、かろうじて互角に戦える相手だ。いくら短剣術が得意でも、あの先生相手に通用するはずがない。


「それならば!」


「ほお?」


 セーレは索敵魔法を飛ばしたのか、魔力に反応した魔法陣の罠から弱い火矢が放たれた。そのどれもが心許ない威力で、発射方向も調整していないので牽制にしかならないが、それでもまともに練習も出来なかったはずのセーレが詠唱魔法を使えているだけで、十分に及第点と言っていい。


「思ったよりもちゃんと魔法を使えるようですね。詠唱魔法も使えるとは思いませんでしたよ」


 だが、相手が悪過ぎる。セーレがいくら必死になって火矢を放ちながら切り込んでも、まるで全身に目があるかのように最低限の動きで避けられてしまう。火矢も同じ方向から同じ角度でしか撃てないので、早くも牽制の役目すら果たさなくなっている。あまりにもレベルが違いすぎる……駄目だ、今度こそ負けるのか……!?


「さあ!どうしたのですか!?早くその魔法陣も使ってご覧なさい!!やはりフレイムアローですか?目眩ましですか?それともお得意の魔法衝撃ですか?どんな魔法でも私相手で通用するとは思わないことです!!」


「くっ!?こ、ここまで強いなんて!?」


「まだ使わないというのなら……このまま戦闘不能にさせて頂きます!!」


「っ……!使うしかない!ドロテさん!力を貸して!!」


 セーレは手に握りしめていた魔法陣を開き、起動させた。発動した魔法は、やはり魔法衝撃。魔法陣と一緒に握り込んでいたナイフが、一瞬にして先生のハンカチ目掛けて飛んだが――




「言ったはずです。二度も同じ手は通じないと」


 これを完全に予期していたのか、なんと先生は飛んできたナイフを片手で受け止めていた。信じられない反射神経だ。何をやっても通用しないというのか!?




「……いいえ先生。まだ私達は負けていません」


「うん?……何ッ!?」




 書かれていた魔法陣。それは確かに魔法衝撃マジックインパクトだった。ただし、発動条件は……()()()()。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「し、しまっ!?」




 先生の声とどちらが早かったか。ドンという爆発音と共に、寝ていたはずのドロテ嬢が砲弾のように突っ込んでいった。




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[一言] 先生途中魔王かなんかにしか見えなかったです(^_^;) 今回の止めはドロテ! ドロテ頑張って~(*^▽^)/★*☆♪ セーレの両親はマタニティハイになってキラキラネームを考えて産まれたら本…
[気になる点] マリエットは幼いうちはいいが、反抗期に自分が生まれたせいで、姉が国に居場所が無くなったことを知ったら、間違いなく荒れそう。よくある親切な人が教えてしまうだろうし。 セーレと王子にとって…
2021/09/07 07:34 退会済み
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