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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
第二章 夢見る死体が行く先
31/45

決別

エンディングの目処が立ったので、更新再開します。まだエンディングまで書き溜めた訳ではありませんが、キリのいいところまでは毎日更新出来る見込みです。

 --------

 公爵家の屋敷で、殿下が父上を問い詰めている。その瞳はとても冷たく、鋭くて、さっきまで私に思いを告げようとした人と同じには見えない。


「どういうおつもりですか、カヴァンナ公。僕とセーレの婚約を何故破棄したのですか」


「ち、違います殿下!私は破棄に反対でした!何度も考え直すよう、陛下に進言したのです!しかし、陛下のお考えは変わらず――」


 苦しい弁明だ。確かに本心ではそうだったかもしれない。だけど行動で意思を示してしまっている。


「そもそもあなた方が産まれたばかりのマリエット嬢を魔宝珠に触れさせなければ、こんな事にはならなかったのではありませんか?何故そうも魔力鑑定を急いだのです?」


「そ、それは……」


 恐らく、大した理由ではない。公爵家の歴史に残るだろうマリエットの素晴らしさを、王家と世の中に知らしめたかったから。子供の出来を自慢したいだけの、過剰な親心に過ぎなかったのだろう。


「簡易検査で大きな値が出たとしても、それを王家に報告する義務はありませんが、魔宝珠を使う場合は別です。あれは国から認定を受ける正式なものであり、文書にも残りますから。……マリエット嬢の素質が知られれば、魔力がないセーレが政略結婚の候補から外される事など、公爵である貴方が本当に全く予測出来なかったと言うのですか?」


 その通り、全く予測出来なかったのだ。マリエットの輝きがあまりにも眩しくて、両親は二人とも普段では考えられない程浮かれていた。本当に、ただそれだけの理由で、二人は意気揚々とマリエットを祝福し、自慢してしまっただけ。


 偉大なる公爵家であるが故に魔法不能者への差別意識を捨てきれず、娘を魔法不能者と扱いながらも愛することを諦めきれなかった人達。嘆きは出来ても責めることまでは出来ない、残酷で優しい愛を悪意無しに注げる両親だったから、私はセレスティーヌではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分を守れなかったのよ。


「……殿下。今はそれよりも、婚約破棄をどう撤回するかの方が重要です」


「無理だ、エクトル殿。既に公式に流布された後で覆す事は出来ないし、それに足る新たな政略的理由も作れない。それにこの魔法絶対主義の国において、最も魔法を信仰しているのは国王だ。あの人がマリエット嬢を手放すはずがない。我々がとるべきだった唯一の道は、マリエット嬢が魔宝珠に触れる5歳を迎える前に結婚することだけだったのだ」


 きっと私達、結婚していればいい夫婦になれたわ。王城でも嫌がらせはあったかもしれないが、死体もどきと嗤われた10年間を思えば耐えられたはずだ。それにすぐ横にはこの人がいる。きっとこの人なら、私の変化や様子にいち早く気付いて駆けつけてくれただろう。


「先に結婚してしまえば、王家有責による離婚などという不名誉な前例を作る訳にもいかない王家は、マリエット嬢の婚約相手として別の人間を選ばざるを得なかった。王位継承者としては不出来な二人の兄上の内、どちらかが選ばれたことだろう。魔力を持たないセーレと結ばれた僕は、王位継承争いから外されるだけで済んだはずだったのに。それを……!!どうしてくれるのだ、カヴァンナ夫妻ッ!!」


「ひぃ!?」


 完全に我を失った殿下は、マリエットが泣きだすのも構わずに怒声を浴びせかけた。


「王家が魔力と血筋しか見ていない事など、貴方達が一番ご存じだろうッ!!マリエット嬢の利用価値に気付いた王家が、セーレを迎え入れる価値を見出さなくなるのは明らかではないか!!僕とセーレは、ようやく結婚に向けて二人で歩き始めようとしていたのに、その決意を貴方達は無惨にも踏みにじったのだッ!!貴方達のせいで、我々は結婚する機会を永遠に失ったのだぞ!!」


「そ、そんな!?私達はそんなつもりでは!?」


「つもりでなければ何をやっても良いとお思いかッ!!」


「殿下!落ち着いてください!セーレさんのご両親ですよ!?」


「っ!?」


 殿下が波打つ細剣を手に取った所で、カロリーヌさんが両手を広げて立ちはだかった。あえて自分は剣を抜かず、剣先に身を晒している。もう二度と仲間や友人を傷付けたくないというカロリーヌさんの思いが、かろうじて殿下に理性を取り戻させたのだろう。


 この子が私の最初の友達で、本当に良かった。ううん、この子だけじゃない。ドロテさんも、兄上も、殿下も……一人でも欠けていたら、私はここまで来れなかった。きっと世を憎んだ私は、悲惨な末路を遂げていた。


 多くの奇跡を積み重ねてここまでこれたというのに、最後の最後で私はまた失うの?やっと手に出来そうだった、自分だけの幸せを。


「……ちょっと外の空気を吸ってきます」


「え、でも外は……セーレさん!!」




 耐えがたいわ。




 --------

 雨は好きだ。雨は地表の汚れを洗い流し、あらゆる匂いを流し去ってくれる。寒ければ寒いほど良い。体に力を入れて寒さに耐えている間は、どんな陰口でも痛みを感じないまま耐えられるから。


「セーレ!」


「セーレさん!!」


「殿下……カロリーヌさん……」


 かけがえの無い大切な友人。私を理解してくれた人達。あなたたちのお陰で、やっと、私は私らしくなれたと思ったのに。


 魔力が無い死体もどきと呼ばれても、公爵令嬢だったから貴方達と出会い、心通わせる事が出来たのに。


 公爵令嬢であるが故に、自分の意志とは関係無く損なわれていくなんて。


「待ってくれ、セーレ!僕には君が必要なんだ!」


「セーレさん!早まらないで!まだ、まだ何か手があるはずです!」


「……殿下。両親に代わり、改めて宣言させて頂きます。殿下との――」




 ……殿下。あなたの新しい未来を奪うわけには参りません。


 私が……あなたをお守りします。




「――殿下との婚約解消に、同意いたします」




 雨は好きだ。頬が濡れている事を、悟られないで済むから。




 --------

「……いやだ」


 心を固めろ。殻を作れ。


「いやだ、セーレ。絶対に認めないぞ」


「認めたのは陛下です」


 事実を受け入れろ。正論に身を委ねるのよ。


「君はどうなんだ!?君は、こんなふざけた婚約破棄を認めるのか!!」


「はい。認めますわ」


 そうよ。セーレ・カヴァンナ。あなたならそう言うはずだわ。


「っ!?」


「ホッとしました。魔力の無い私が王城に住んだところで、快適な暮らしとは程遠いですから。きっと魔法使いの旦那さまより、魔法不能者の夫と暮らした方が、お互いを尊重できて幸福に違いありませんわ」


 声を震わせては駄目よ。笑いなさい。世の中を嗤って、魔力保持者よりも自分の方が強いと思いなさい。


「ちょっと、何言ってるんですかセーレさん!?」


「事実を言ってるのよ。元々私と殿下では釣り合いが取れていませんでしたわ。所詮私は死体もどき、そして殿下は第三王子様ですもの。妹と殿下では16歳差になるけど、16年後なら16歳と32歳で体裁も悪くなりませんわ」


 そう、これでいいのよ。これ以上に良い政略結婚があるのかしら?そもそも政略にご令嬢如きが口を挟めるはずがないのよ。


「……それが……君の本心なのか」


 …………っ。


「ええ、本心です。殿下は死体もどきに何を期待されていたのですか?……さて、殿下ももうお帰りになられてはいかがでしょう。早く帰って清浄魔法で水を飛ばさないと、風邪を引きますわよ?」


「……くッ!!」


 …………。


「あんな言い方酷すぎます!殿下は絶対セーレさんのことを――」


「わかってるわよッ!!」


 駄目だ。やっぱり止められない。雨くらいでは、私の涙は隠せない。


「わかっ……てるわ……!知ってるわよ……そんなこと……!!わ、私だって、本当は……っ!!私、だって……っ!!」


「セーレさん……」


「だけど私が再婚約の邪魔をすれば……殿下の未来が、閉ざされる……!きっと一生、政略よりも色を優先した、自分勝手な王子だと後ろ指を指されてしまう……!!そんなの、耐えられない……!」


 ……王の命令は絶対。私に出来ることは、もう、あの人の前から消えることしか。


「……カロリーヌさん。少し、貴方の屋敷で休んでもいいかしら」


「え……?で、でもセーレさんの部屋のほうが……」


「あの屋敷に今は戻りたくないわ!!……お願い、カロリーヌ……!今はあなたしか頼れないのっ……!!」


「……わかりました。でも、ドロテさんをあの屋敷に置いていく訳には行きません。少し待っててください。すぐに呼んできますから」




 さようなら、殿下。


 あなたと結婚できなかったこと、きっと私は一生後悔しますわ……。




 --------

 オフレ夫妻はズブ濡れの私を暖かく迎え入れてくれた。あの強面の旦那様がオロオロしてしまうくらい、私はひどい有様だったらしい。


「はい、スズカ特製ベリーショットティーです。どうぞ召し上がれ」


「頂きます。……っ!?か、辛っ!?」


「元気を出すならお腹からですよ。カロリーヌ、お夕飯をここまで持ってきてもらえるかしら?ちょっと私、セーレさんとお話したいから」


「わかった!」


「あ、私も手伝います」


 カロリーヌさんとドロテさんがいなくなったことで、スズカさんと私はふたりきりになってしまった。


「あの、お話したいことって……?」


「大体の事情は察してるつもりです。……殿下から婚約破棄を告げられましたか?」


 ど、どうしてそれを!?え、で、でも……。


「あの、その……婚約破棄を決めたのは陛下です。殿下ではありません」


「あら、そうなの?……やっぱり、()()()()()()()()()()()


「スズカさん……?」


 まただ。この人は時々、こうやって何もかもを知っているような目をすることがある。この人の目からは、私達はどう映っているのだろう……?


「ねえ、セーレさん。いえ、今はセレスティーヌさんと言いましょう。あなたはこの国で、今後どう生きていくつもりかしら」


 どう生きていくのか……?そんなの、わからない。殿下との婚約が破棄されたのだから、きっと他の貴族と婚約して――


「もし新しい婚約者が充てがわれると思っていらっしゃるのなら、甘い考えですよ」


「甘いですって!?」


これ以上、私は何を奪われると言うの!?


「ええ、甘いです。第三王子との婚約破棄は、既に公式に通達されて国中に流布されました。そして同時に、その理由も。つまり……あなたが魔力を一切持たないことと、それが原因で婚約が破棄されたことを全国民が知ってしまったのよ。いかにも王家が正しいかのような論調でね」


 婚約破棄の理由がすべて私のせいにされているってこと……!?そんなことをされてしまっては、わたしの社会的な面子は無くなったも同然だ。王家は私から婚約者だけでなく、まともな生活をも奪おうというのか!


 魔力が無いだけで、ここまでの扱いを受けるというの?そしてそれが当然だとでも言いたい訳?……ははっ、本当にこの国は。


「……もう、終わりですね……まともに卒業しても、きっと私に残された道は冒険者業だけ。それも、公爵令嬢となれば身分が高すぎてギルドも嫌がって使おうとしてくれないでしょうし」


 いや、そもそも私が公爵令嬢のままで居られるかどうかさえ不透明だ。マリエットの輝かしい未来を守るために、醜聞を恐れた両親が私を切り捨てる可能性すらある。特待生ではない私は学費を払えないし、学園生活も自動的に終わりだろう。


 は……はははっ……笑っちゃうくらい詰んでるわね、私。


「ねえ、セーレさん。これは私が勝手に提案することだから、選ぶかどうかはあなた次第なんだけれども。いいかしら?」


「……良い娼館をご存知なのですか?」


「いいえ、もっと過酷な提案よ。……旅をしてみる気はないかしら?」


 旅……?国を出るってこと……?


「旅って……どこに?」


「アテがないと旅をしてはいけない法律はないわ。私も夫も、出会ったのはちょうど貴方くらいの年齢で旅をしている最中だったのよ。こんな国で元公爵令嬢の高級娼婦をするくらいなら、そっちの方がマシじゃないかしら」


「で、でも!この国の貴族として産まれた責任を放棄して、一人気ままに自由な旅をするなんてこと、許されるはずがありません!私には、どんな形でもこの国に奉仕する義務が――」


「旅に許しは要らないわ。必要なのは……今持っているものをすべて捨てる覚悟よ」


 公爵令嬢であった過去も、責任も、全てを捨てて逃げろと、スズカさんはそう言っているのか。私が、貴族を捨てる……?


「申し訳ありませんが、想像も付きません。平民の暮らしなんて……」


「ええ、だから選ぶのは貴方よ。無理だと思って高級娼婦をやりたいならそれでもいい。でも旅をすれば、貴方が知らなかった物をたくさん見ることが出来るし、この国にいたら絶対に触れられないものにもたくさん触れられるわ」


 この国に居たら絶対に触れられないもの……そんなもの、触れなくても生きていけるのに、どうして私に強く勧めるのだろう。そんなにまで私はこの国に相応しくないのだろうか。


 卑屈な部分が強く表に出始めたのを見たスズカさんは、苦笑いを浮かべた。拗ねた子供のように見えているのかもしれない。


「そうね……じゃああなたが知らない物を少しだけ教えてあげる。あなた、魔法を使わずに空を飛んだり、矢や馬よりも速く移動する方法はわかる?」


「……無いと思います、そんな方法は」


 不可能だ。鳥は空を飛んでいるが、あれは種として風魔法を本能的に使っているからだとされているし、矢や魔獣よりも速く走るだなんて夢物語もいいところだ。


「あるのよ。私が住んでいた国では、少なくとも飛行機が音よりも早く空を飛び、電車が馬よりも速く、そして長く大地を走っていたわ。その飛行機と電車は馬車の何十倍、何百倍もの人や荷物を運べるのよ」


「……出任せを言わないでください。飛行機とか電車とか、へんな単語で煙に巻かないでくださいよ。そんなことで――!?」


 スズカさんがおもむろに胸ポケットから取り出したのは、あまりにも精巧な絵だった。手帳ほどの大きさの紙に、まるで時間が止まっているかのように精密な絵が描き込まれている。そこには私が一度も見たことのない街と、見たことのない服装、そして謎の金属の塊が描かれていた。


「す、すごい……!これは一体、どうなって……!?」


「写真と呼ばれるものよ。動画という、動く写真もあったの。再生するためのデバイスが無いから、再現は出来ないけどね」


 この絵が……動く!?動いたらどうなってしまうというの!?まさか、食べ物の臭いがしたりとかするのかしら!?


「こんなすごいものを一体どこで!?」


「ニホンという名前の国よ。私の故郷。ニホンでは魔法なんてものは無くて、当然皆魔力を持っていないの。だから皆、魔法に代わる物を求めていっぱい勉強して、便利な世の中を創り上げていったの」


 魔力を誰も持っていない国なんて聞いたことがないわ……!?私みたいな人がいっぱいいる国があるなんて!


「ど、どこにあるんですか!?」


「無いわ、多分。15歳まではそこの学校に通っていたんだけど、ある日目が覚めたら周りに何も無くてね。焦った私は一所懸命旅をしながら故郷を探したけど、この世界のどこを探しても見つからなかったの」


 そう寂しそうに笑うスズカさんは、取り戻せないものに思いを馳せているかのようだった。いきなり故郷を失うなんて、そんなことが起こりうるのだろうか。もし事実だとしたら……スズカさんはなんて寂しい身の上なのだろう。天涯孤独でありながら、故郷以外の男性と結婚し、この国に住むことを決意した彼女の壮絶な覚悟を垣間見た気がした。


「故郷から持ってきたもので今残ってるのは、家に持って帰るつもりだったその修学旅行の写真と、ボールペン一本。後は全部旅の中で無くしてしまったの。カバンも、制服も……バッテリーが切れて動かなくなったスマホも、ね」


 バッテリーとかスマホなる物はよくわからないが……ボールペンはニホンの物だったのか……!元々魔法が無い国で開発されていたのなら、平然と実用化されているのも頷ける。……そうか、世界を巡れば、魔法が使われていない国がどこかにあるかもしれないんだ。そこでなら私が今まで見たことの無かったものや、考えもつかなかった事がいっぱいあるかもしれない!あるいは、スズカさんの故郷も!


「夫から、『お前が20歳になるまでに故郷が見つからなかったら、俺が一生面倒見てやる!』なんてプロポーズされてね。結局見つからなくて、結婚して娘が生まれてからは、もう日本のことなんて忘れるようにしてたの。でも、魔力が無いっていう貴方を見ていたら色々と考えちゃったわ。きっとあなたなら日本でも上手く暮らせたんだろうな……とかね」


 もしかしたら、スズカさんは私に旅を引き継いで欲しいのかしら。……いいえ、違うわね。きっとこの人は、善意から言ってくれてるんだわ。目を見ればわかる。


 ……旅。旅か。そうね、どうせ私に残された道と言えば、この王国で第三王子の元婚約者だと嗤われる人生だけだわ。それならば!


「ありがとうございます、スズカさん。私、決めました。この国を出て旅をしてみようと思います。色々な国を見て回りたくなりました。そして旅の中で、魔法が無くても便利な生活が送れる方法を考えます」


「本当に良いの?いつ故郷に帰ってこれるかもわからないのよ?」


「はい、覚悟を決めて出国します。そして旅先でニホンを見つけたら、必ずスズカさんにお教えします」


「そう……ありがとう、セレスティーヌさん。さて、カロリーヌ。もう入ってきていいわよ」


 随分長く話し込んでいたらしい。気が付けば夕飯一式をカートに乗せて、二人が立ったまま待っていた。心配そうな顔をしているカロリーヌさんと比べて、ドロテさんは複雑な表情をしている。


「旅に出るって、本当ですか?」


「ええ。お夕飯を頂いたらすぐにでも出ようと思うわ」


「だったら私も行きます!」


 は!?カロリーヌさんまで!?


「だ、駄目よ、何のアテもない危険な旅なのよ?貴方まで巻き込めないわ」


「駄目だと言っても勝手についていきます!魔力が無いというだけで友達を追いやるような国、私だって嫌いです!それに、私の方がずっと平民生活は長かったんです!一人くらい平民暮らしに慣れた人間はいた方がいいでしょう!?」


 それはまあ、いてくれるとありがたいけども。困ったようにスズカさんに目を向けると、肩をすくめて笑われてしまった。


「この子、あなたにゾッコンなのよね。でも私からもお願いするわ」


「スズカさん……」


「カロリーヌは魔法よりも剣術が得意だから、この国だと窮屈だろうなって思っていたの。もう私も夫も旅をするほど若くないし、セレスティーヌさんと一緒なら心配ないわ。……娘のこと、お願いしますね」




「……私は行かないわよ、セーレ」


 ドロテさんの声には怒りが込められていた。平民になる私にはもう利用価値が無いからなのか、敬語が外れている。……いえ、ちょっと違うわ。これは……?


「私にはこの国を変えるっていう夢がある。腐敗した貴族どもを一掃する前に出ていってくれるなら、面倒が減って助かるくらいよ。勝手にどこへでも行きなさい」


 この人は相手の意見を論破できないと思った時、無意識にだろうが眉間にしわを寄せて目を逸らす。……そうか、この人は悔しがってくれているんだ。私との勝負が結局お預けになって、こんな形でお別れになってしまうことを……私を止められない事を、心から悔やんでくれている。


「あんたが帰ってきた時には、もう私は手が届かないくらい高みにいるわ。それが嫌なら、あんたも国外で自分を高めることね」


 どこまでも高潔な人だ。私よりもずっと貴族らしい。公爵令嬢が私ではなく貴方であれば、もっといい世の中に出来たのかもしれないわね。


「それは、皮肉かしら?」


「……いいえ、願いよ。いつか帰ってきたら、何でもいいからもう一度勝負しなさい。時期も場所も未定で構わないわ。勝ち逃げなんて、許さないんだから……!」


 こんな私でも、帰ってくるのを待ってくれるというのね。……本当に素直じゃなくて、かわいくて、優しい人だわ。貴方が私と対等であろうとしてくれて、本当に良かった。きっと私も、そんな貴方だから肩の力を抜いて貴方にぶつかることが出来たのね。


「わかりました。その勝負、受けて立ちます」


「……それでこそよ」


「さて、じゃあ旅立ちの前に最後の夕食会としましょうね!カロリーヌ、私は貴方達の旅支度をしておいてあげる。私と夫が使っていた道具がまだあるから、持っていきなさい」


「はい!」


セーレ(あんた)も出発前に魔法陣を何枚か書いておきなさいよ。あんたの得意技なんてそれくらいでしょ?」


「お生憎様。私が得意なのは相手をハメ落とすことよ。例えば誰かさんをあっさり論破したりとかね。あれは楽しかったわー」


「へ、へええ……?こんな時でも皮肉を言えるんだああ……?ふふふっ……」


「言えますわねぇ……貴方の前だと不思議なくらい頭に浮かびますわぁ……ふふふふっ……」


「もう!先に食べちゃいますよ!?いただきまーす!」


 きっと次にこの国で食事をするとしたら、ずっとずっと先のことになるだろう。私は旅立ち前の晩餐を、殿下を除いた生徒会メンバーで食べることになった。


 その時、王城で何が起こっているのかも知らずに。




 --------

「ファブリスか。どうだ、学園の方は」


 謁見の間で威風堂々とした様子で僕を見下ろすのは、わが父であるアンスラン国王だ。だが、これほどまでにこの男を憎く、おぞましいと思ったことが、未だかつてあっただろうか。


「父上。セーレとの婚約破棄を撤回して頂きたい。僕はセーレ以外の女性と結婚する気はありません」


「駄目だ。お前はその妹であるマリエットと結婚し、可能な限り早く、多くの子を生すのだ。それが我が王室の魔力を高めることに繋がる」


「子作りの話を今なさるのですか!?マリエット嬢はまだ生まれて間もない乳飲み子ですぞ!?」


「なに、女などすぐに育つものだ。月の物があればすぐに伝えるよう、カヴァンナ公には言ってある。焦らずに待つことだ。体が未熟なら、身体強化を使うよう命じた上で、治癒術師を横に付けたまま抱けばいい。案ずることは無い」


 まだ生まれて間もない乳児を指して、子を生せと言えるこの男の神経が疑わしい。権力の最高峰に立つと、あるいは魔力などという目に見える力に魅入られると、かように人の道を外すことが出来るのか。あるいは、僕もこの男のようになっていた可能性があったのか。


 激しい嘔吐感を堪えつつ、僕は自分が為すべきことを忘れなかった。そうだ、最後まで意地を見せろ、ファブリス・フォン・アンスラン。


「……アンスラン国王。今日ここに来たのは、あなたに謁見するためではない。ましてや、婚約破棄を了承するためでは断じて無い」


 僕は愛用の細剣「ミラージュフレイム」を抜き放った。


「私はあなたを失望させるために、わざわざここまで足を運んで来たのだ。アンスラン国王!」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 激動過ぎる……! [一言] スズカさんやっぱりなーってとこで女達の友情に盛り上がってまいりました!となってたところに、王子!?なにするつもり王子ーーー!!!??
[良い点] 以前も技術の話ありましたが、この国は明らかに見識と試行錯誤の余地や必要性が庶民すら足りてないですし 余所を知ることはセーレ、カロリーヌにもですが、この国の未来や安全にも大事でしょうから こ…
[良い点] ドロテの作った国はセーレのような魔力無い人やカロリーヌのような苦手な人が住みやすい国になりそう [気になる点] カロリーヌのお母様異世界転移だったんですね 何故カロリーヌのお母様スズカさん…
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