手品の種は
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「皆さん、お疲れさまでした。今回の模擬戦闘は、後期末試験で極めて重要な意味を持ちます。まだ試験内容を話すわけには参りませんが、早々に脱落した方もそうでない方も、今日の成功と失敗をよく反省し、今後数ヶ月の実りとしてください。また、布を理由に見学した方も、後期末試験では原則参加となります。この意味をしっかり理解してよく備えておくように。では、今日の授業はここまでにしましょう。解散!」
白熱した戦いではあったが、あくまで授業であって試験ではない。最終的に生き残って個人最高得点を獲得した私も、最後のペアを相討ちで撃破したあいつも、重視されるのは戦果よりも戦い方だ。如何に合理的かつ実戦的な動きが出来たか、そしてそれがどう敗北に繋がったかが重要視される。
勝った後ならば戦術などいくらでも修正出来るが、実際の戦場では負ければ死だ。死なずに失敗できる時に失敗しておいた方が、いざという時に生き残りやすい。特に、平和な時代が続きすぎている現代であれば尚更だ。そういう意味では、戦いと言えば正面決戦と思いがちな生徒達にとって、あいつと私が行った奇襲作戦は良い教訓となっただろう。
尤も、戦い方なんて知ってても役に立たないに越したことはないのだが。私も、こいつも、多分そこは同じ気持ちだろう。
「ドロテさん、大丈夫?」
「はい、もうだいぶ気分も良くなりました。明日は休日だし、今日はゆっくり休もうと思います」
強がってはみたものの、結構消耗は激しい。生命力譲渡による間接的な回復促進は、指の傷を治すだけで息も絶え絶え、脇腹の切創に至っては戦闘不能にまで陥る危険な手段だ。今はそれで済んでいるが、使い過ぎれば結構危ない気がする。今後は意地や勢いに任せて使うのは控えよう。指の傷くらい、包帯を巻いておけばすぐ治るのだから。
「お二人共、今日の模擬戦闘ではお見事でした。完敗でしたよ。特にドロテ嬢、あなたが見せた咄嗟の判断と魔法を選ぶセンスは群を抜いている。今度、どのように考えながら戦っているのか教えてください」
「え……っ!わかりました、喜んで。私も殿下の魔法技術には敬服しておりました。こちらこそ、ぜひともご教授頂きたく」
「そんな、大袈裟な。教わるのはむしろ僕の方でしょうに」
冷静に返しながらも、私の心臓は戦闘中と同じくらい興奮していた。よし、やった!王族と対等な話題を得られたのは大きい!
これまで生徒会員同士という関係ではあっても、私が平民であることもあってか、殿下とはイマイチ繋がりを持てなかった。しかし、殿下から個人的に一目置かれたとあれば、卒業後に王城勤務となった後も殿下を通じて仕事を進めやすくなるだろう。
王族と知己を得るとは、言葉以上の重みがあるんだ。
「私がセーレさんに負けたのは、これで二回目ですね。まさか愛剣を以てしても敵わないとは思いませんでした。私もまだまだ修練が足りません」
この娘が言うと、なんてことの無い今の発言でも凄みを感じるわね。あの剣の冴えは尋常ではなかった。抜剣してから納剣まで、まともに剣身を目視することも出来ないとは。……しかもそこに正面から挑むやつがいるとはね。
だがその正面から挑んだ女は、ここまでやっておいて自分の功績を認めようとしなかった。
「まあ、でも今回も完全に勝ったとは言えないわ。反則ギリギリで不意を突いて、ようやく相打ちですもの。でも悔しくは無いの。魔力が無い私だけではお二人に勝てないのはちゃんと理解して――」
「そのご発言、撤回してください。私達に対して非常に失礼です」
「え……!?」
思わず反論しそうになった私に代わって口を挟んだのは……意外にも殿下ではなく、あの最強女だった。その目は氷を思わせるほど冷たく、そして鋭い。
「私達は今回、全てを出し切りました。愛剣を抜き、身体強化を使い、セーレさん達の罠まで奪い、自分が持てる技術すべてをぶつけて引き分けたのです。しかも2対1で。……これで勝ちをお認めになられないのであれば、もはや私達と対等に勝負するおつもりが無いと見る他ありません」
「その通りだ。僕達は君の魔力の有無とは関係なく、完璧な形で勝つつもりで全力を尽くした。君に勝たないと君を守れないと思ったからだよ。その戦いが君の邪道によって歪められたかのように評されるのは、少々気分が悪いな」
「カロリーヌさん……殿下まで……」
……まあ、そういうことよね。今回は特別に貴族連中の怒りに乗ってやるわ。こいつには私からも言いたいことがあるから。
「……先を越されましたけど、一番失礼なのは私に対してですよ。私と共闘しておいて反則ギリギリって、言っていいことと悪いことがあります。貴方が魔力を持たないのを卑下するのも、自分に価値が無いと思うのも自由ですが、勝つために命を賭けた私達の覚悟まで過小評価しないで欲しいですね」
貴族連中全員が、私の発言に瞠目した。何を驚いている。私は何も間違ったことは言っていないでしょう。
卑屈なだけの女なら、狩るに値しないだけよ。こいつを慰めたわけじゃないわ。
「……ごめんなさい。皆の言う通りだわ。……そうよね、皆真剣に戦ってくれてた。今回私は、一人で戦ったわけじゃなかったんだわ。それなのに、勝ちを認めないのは失礼よね」
「そうです。勝った人間なら、負けた人間に対して責任を持ってください」
私達は知恵を尽くして、無様にも葉っぱを被りながら魔法が飛び交う裏山の中を駆け回って、そして最後まで勝ち抜いたんだ。あんたには胸を張ってもらわないと困る。
「……私ね、今まで戦いで勝った実感を持ったことが一度も無かったのよ。魔力が無い欠点を、ずるくて卑怯な手を使って補ってきた汚い女だって、ずっとそう思ってきたの。勝てば勝つほど惨めになって、自分の汚さに嫌気が差しながらもそうするしかなくて……私の勝ちはちゃんとした勝ちじゃないんだって決めつけてきた。……でも、違うのね?私がやってきたことは、やっていいことだったのね……?」
「当然です。そうでないとペアだった私まで卑怯者になるじゃないですか」
こいつ、本当に大っっっ嫌いだわ。周りが散々慰めて、フォローして、ちやほやしてあげてるってのに。
「そっかぁ……!私、ちゃんと勝ったんだ……!ちゃんと勝つのって、こんなに、嬉しいことだったのね……!」
泣くんじゃないわよ。ったく。
「ところで気になっていたんだが、最後の魔力衝撃はどうやって起動させたんだい?」
「へっ!?」
あ、まずい。
「それ、私も気になってました。魔力が無いなら使えませんよね?私の身体強化に反応したなら、触れてないといけないはずですし……?」
生命力譲渡なんて魔法、多分教科書のどこにも載ってないはず。下手に私のオリジナル魔法だとでも言えば、学園から目を付けられてしまうかもしれない。なんせこの魔法のオリジナルは、禁術である生命力吸収だものね。下手したら犯罪者扱いだ。
こいつもそこには気付いてくれたみたいだけど……おい、なんだその挙動は。怪しい。目を泳がせるな。絶対何かを隠してるって、態度に表れてるでしょ。
「え、えーっと……手品?」
「「は?」」
駄目だ。取り繕うのが絶望的に下手すぎる。こいつに期待した私が馬鹿だった。
「あれは私の魔力ですよ」
「へ!?ちょ、ちょっとドロテさん!?」
ええい、もうちょっと私に合わせろ!怪しまれるでしょうが!
「どういうことだ?」
「殿下も索敵魔法を使うとき、全周囲に魔力を放つでしょう?あの魔法を応用して、私はセーレ様の魔法陣に向けて魔力を一点集中で送り込んだんです。セーレ様が使った魔法陣は、木に貼り付けたものとほぼ同じものです。つまり、私の魔力を送り込めば当然発動しますし、逆に言えばお二人の内どちらかが魔力放出していれば誤爆していました。私達は賭けに勝ったんですよ」
当然、嘘だ。あの時あいつが書いた魔法陣の発動条件は、魔力検知ではなく接触。すなわちあいつ自身の身体から出た魔力だけを検知する魔法陣だ。だから私が索敵魔法に指向性を持たせたところで発動しない。
でも、こいつらは魔法陣が光ったことに驚くばかりで、その中身まではちゃんと読めていないはず。なら、このブラフは通じる。
「……なるほど。やはりドロテ嬢は流石だな。見事にこちらの裏を突いてくる」
「わ、私もびっくりしました!そんなやり方があるなんて……!」
これでよし。生命力譲渡の魔法もいずれは発表するつもりだが、今はその時ではない。秘密兵器ということで、ギリギリまで秘匿しておこう。
ほら、だからあんたも呆けてないで、堂々と胸を張りなさい。あんたが誇ってないと締まらないのよ。
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生徒達が解散した後で、今回の試験監督に協力してくださった先生方にお礼をして回った。校庭での決戦方式なら私一人でも監督出来るが、流石に森や山を使った実戦形式となると複数名の教員が必要となる。もちろん、他の学年で同じ形式の授業をする時は、私も一時的に監督側に立つ。持ちつ持たれつというやつだった。
「今日はありがとうございました、先生方」
「いえいえ、アシム先生。これも生徒たちのためを思えばこそです」
「次は私の方からお手伝いに参ります。では、私は裏山を掃除してまいりますので」
「なんと、生徒にやらせずご自分でなさっているのですか?私も手伝いましょうか」
「ありがとうございます、ですがこれもなまりがちな身体を鍛えるためと思っての事ですから」
そう言いつつ、私は今すぐにでも裏山へ向かいたい気分だった。地雷撤去の難しさを学ぶため、後日ここを使って実際に演習を行うことになるのだが、危険な罠については今のうちに除去する必要がある。出来れば暗くなる前に済ませておきたかった。
「これはこれは、随分と沢山撒いたものですね。殆どが魔法衝撃……良いセンスです」
セーレ・カヴァンナ。あの魔力を一切持たないご令嬢は、てっきり一切魔法に頼らず演習に臨むものと思っていたのだが、意外とそうでもないらしい。他人の魔力を利用することに躊躇いがないということか。
私は今日の模擬戦闘を思い出しながらごみを拾いつつ、最後の決戦場へとたどり着いた。
「……なるほど。これはなかなか興味深い」
切り裂かれた魔法陣。燃やされた魔法陣。文法を間違えた発動しなかったもの。割られたインク瓶。そんなごみの中に、時々こういう宝物が混ざっていたりする。
「接触判定の魔法衝撃……これにナイフを乗せて飛ばしたという訳ですか」
私はこれを書いた生徒の優秀さに鳥肌が立った。魔法を魔法のまま使うのではなく、徹底的に道具の一つとして認識し、組み合わせて使いこなしている。彼女にとって魔法とは、安価なナイフと同じ価値しか持たないのだ。だがそれでいいと私は思う。
本来、魔法というものは便利な物という分類を超えてはいけないのだ。この王国は魔法に依存し、学園でも魔法ばかり教えようとするから、魔法主義者ばかりが育ってしまう。行き過ぎた依存は宗教と変わらない。そして宗教に狂った人間は戦争を生む。魔法に使われるのではなく、魔法を使いこなしてこそ、真の魔法使いと言えるだろう。
「それにしても……」
一体彼女はどうやってこれを使ったというのか。魔力が一切無いはずの彼女が、この接触判定の魔法衝撃を起動させた方法が分からない。起動した以上は体内に魔力があったと見て間違いないが、どこから魔力を調達したというのか。
それに、脇腹の傷が消えていたのはどういうことだ?彼女に通常の治癒魔法が効かないのは、体力測定の時に確認されているではないか。
恐らくその答えは、ドロテ・バルテルと隠れたわずかな時間にあるのだろう。あの時、ドロテ君が使用した閃光魔法の陣によって、監督者達も一瞬彼女達を見失っていた。そのわずかな時間で種を仕込んだのだ。ならばドロテ君もこの手品に一枚嚙んでいるはずだ。
「ドロテ・バルテル……そしてセーレ・カヴァンナ……どうやらあなた達は、成績優秀なだけの並の生徒ではないようですね」
口の端が持ち上がるのを止められない。優秀な生徒の成長を見守れるのは教師の特権だ。きっと彼女達はこれからも素晴らしい戦いを見せてくれることだろう。私が予想しなかった方法で、魔法の使い方を見せてくれるに違いない。
実に楽しみだ。彼女たちなら、きっと――
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