生きろ
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こいつと一緒にいると驚かされてばかりだわ。地雷を満載した背嚢を担いだまま平然と走るわ、全然疲れた様子も見せないわ、敵の近くに寄ってもまるで気付かれないわ……!
確かに最初から全部の紙を使い切ってしまえば、他の生徒みたいにインク瓶を守るようなことはしなくて済む。理屈ではそうだけど、普通は攻撃魔法用に数枚手元に残しておきたいのが人情だろうに。ほんと、ありえないやつだ。
「ぐああ!!マ、魔力衝撃!?くそ、どこから!?」
「うそっ!?きゃぁああああ!?」
【白グループ、2点。セーレ&ドロテペアが獲得しました】
おかげで私は、混乱してる上に動きが硬くなっているやつらの革袋を破くことに専念出来ている。やられたグループからは私一人で倒したように見えているかもしれないが、その舞台を作ったのはあいつだ。
「流石ですわ。……次、行きましょう」
しかも魔力が無いせいか、こいつはどこか存在感が薄い。こうして目の前にいても、迷彩のせいでイマイチ背景と同化しているように思えてしまうほどだ。しかも恐るべきことに、本人は敵味方の物問わず絶対に罠を発動させないのだ。こいつが私に先んじて周囲の罠の有無を確認し、危険な罠を解除してくれるおかげで、襲撃に際して身体強化を安心して使うことが出来た。
貴族であれば完全に欠点でしかないその体質を、こいつは戦場において大いに活用してしまっている。敵じゃなくてよかったと、私に思わせてしまうほどに。
「ドロテさんとペアで良かったわ」
「それも皮肉ですか?」
「いいえ、皮肉じゃなくて本心よ。お互いを理解し、自分を理解してる人とじゃないと、この分担作業は成り立たない。私が罠を仕掛け、罠に掛かった敵を身体強化全開の貴方が仕留める。お互いの得意分野を完璧にこなしているからこそ、私達は勝ち続けているのよ」
まただ。こいつは公爵令嬢なのに腰が低すぎる。こいつが私に敬意を表するたびに、却って私は惨めになっていくんだ。平民が貴族を相手に対等でいられるはずがないのだから。ましてや、公爵家のご令嬢とは。
「……セーレ様は、私を理解されていると?」
「ええ、少しはね。例えば貴方が大の貴族嫌いだってこととか」
っ……!?やっぱり、そこは気付かれていたか……そりゃそうだよね、こいつのこと嫌いって堂々と言ったし、態度も悪かっただろうから。でも――
「――私、あなたに言いましたっけ?」
「言われてないわ。でも、わかるわよ。生徒会でのあなたと教室でのあなた、違い過ぎるもの」
「違う?」
どこが違うというのか。別にいつも平民ドロテ・バルテルであろうとしているけど。
「ええ、教室よりも生徒会室のあなたの方が笑ってないわ。なんだかいつもちょっとイライラしてる」
「それ、なんの関係があるんですか。生徒会室では貴方が近くにいるから不機嫌なだけでは?」
「いいえ違うわ。媚びてないのよ、あそこでは」
一瞬、心臓が止まったかと思った。こいつ……どこまでの私を想像してるんだ……!?
「教室でのあなたは気持ち悪いくらいいつも笑顔で、平民である自分を下げて相手を持ち上げ続けてる。でも生徒会は身分も年齢も抜きにした実力主義な部分が強いから、媚びる意味が薄くてちょっと素が出てると踏んでるわ」
「……なんですか、それ。当てずっぽうじゃないですか。馬鹿馬鹿しい」
顔をしかめて反論してみたものの、ほぼ強がりだ。こいつの馬鹿馬鹿しい予想もあながち大外れでもない気がする。自覚が無かったので、強くも言い返せないけど。
だから一つ皮肉でも言ってやろうと思ったのに……今度は満面の笑みを浮かべてると来た。なんて笑顔を見せるんだ、こいつは。歯まで出して、まるで子供みたいな笑い方じゃないか。
「でも、そんな誰からも嫌われないでいられる優秀なあなたでも、絶対に譲れないところは曲げない頑固なところがあるわよね。私ね、教室で媚びてる時のあなたは大嫌いだけど、そういう人として高潔な部分は好きよ。大嫌いな貴族筆頭であるはずの私に、ちゃんと正直に嫌いって言ってくれるところとか、特にね」
なんてこと言うのよ、こいつは。本当に貴族なの?普通、貴族というものは覚えよろしい者だけが栄達するから、自分より強い物へのヨイショや貢物は欠かさない。なのにこいつは、自分の事を嫌いだと言ってくれるから好きだと宣う。
そこまで考えて、私は少しこいつの本質に触れたような気がした。つまりこいつは、誰からも人として嫌いだと言って貰えなかったんじゃないか?
死体もどき。金属のような体。化け物。こいつを蔑む時の文句は、いつだって人間扱いされていなかった。良くて魔法不能者というレッテルだろう。
じゃあなにか、私はこいつが欲しいと思ったものを初めて与えた恩人だっていうの?平民である私が、公爵令嬢様に与えて差し上げたってこと?
意味がわからない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。相変わらずニコニコと笑い続けるこいつを黙らせたいのに、上手い言葉が思いつかない。
「……私は、予測できないことばかりするあなたのことが全部嫌いです。好きになんてなりませんよ」
「じゃあ兄上のことは?」
「会長は別にそんなんじゃ……って、何を言わせる気ですか!?これ以上馬鹿にしたらわざと負けますよ!?」
負ける気無いくせにと笑うこいつに対する好感度がドンドン下がっていくのを感じた。やっぱり、こいつと友達になるなんて不可能だ。
…………!?友達になろうだなんて、考えたことないわよね!?一体どうしたのよ、私は!?こいつと組んでからずっと頭の中掻き回されっぱなしだよ!
「さて、ドロテさん。小休止はここまでにしましょう」
思考の波に飲まれつつあった私を、こいつの声がすくいだした。
「あなたが私をどう思っていようと、勝負である以上は勝つための行動をするわよ」
「……っ!当たり前です!残る赤グループは全員、最強ペアの私達が倒しますよ!貴方を倒すのは、私なんですから!」
「ええ、その通りだわ。……頼りにしてるわよ、ドロテさん」
手は抜かないわよ……!あんたと共闘して負けでもしたら、この先どんな貴族相手でも勝てる気がしないんだから!
数々の敵を打ち破り、両組とも兵の数を減らした時、私達は殿下とカロリーヌさんを発見した。この付近には既に魔法衝撃の罠を張り巡らせてある。あいつらが罠に驚いて隙を見せたところを一気に攻める!
……はずだったのだが。
「はっ!?ちょっ!?あ、あれ!?」
「しっ!!静かにっ……!!」
「いや、あの!?で、でもあれは流石に!?」
「……っ!」
し、信じられない!?殿下、こいつの婚約者じゃなかったの!?なんでこいつのお友達に抱き着いてるのよ!?
「~~~っ、あ、あの……」
こ、これは……気まずい……!なんでか知らないけど、すっごく気まずい……!
あの二人は密着して全然離れる様子が無い。その姿はまるで、禁断の愛を確かめ合う恋人同士のようだ。確かにあの最強令嬢は可愛らしいし、胸も大きい。模擬戦闘での実力が秀で過ぎてて目立たないが、筆記試験でも上位にいる優等生でもある。そして両親は、平民から一気に子爵に抜擢されるほどの実力派。ある意味男子たちにとっては一番おいしい女の子だろう。色んな意味で。
彼女を手籠めにする理由は確かにいくらでも見出せるけど、模擬戦闘中に手を出すか普通!?いや、待って、よく見たら最強女の方から手を回してない!?うそでしょ、あんたの方から誘惑してるの!?どこまで怪物なのよあんた!?
「……退くわよ、ドロテさん」
「はぇ!?い、良いの!?」
あ、い、いけない、素が出た!落ち着け私、何故取り乱す私!?別にこいつの婚約者が誰と抱き合ってても無関係でしょう!?し、深呼吸して……戦術的に頭を回せ……!
「い、今ならたぶん隙だらけですよ……!?カロリーヌ様の後ろから狙えば――」
「いいえ、今は無理よ。よく見て」
私が視線を戻すと、二人の横にある草むらがいつの間にか消滅していた。そして大分前にあそこの木に貼っておいた魔力衝撃の陣が露出してしまっている。
「え……!?い、いつの間に!?」
「さっきカロリーヌさんが斬ったのよ。多分、殿下に状況を認識させるためね」
嘘でしょ!?いつ斬ったのよ!?音も無かったし、剣だって今は鞘に納まっているのに!?
「多分カロリーヌさんは、殿下が索敵魔法を使おうとした寸前に、あの魔法陣に気付いたんだわ。だから咄嗟に抱き着いて、自分の胸を押し当てることで集中力を削ったのね。それでいて自身は冷静なまま警戒を続けている。今の彼女は背中から襲っても切り返してくるわよ。……上手いわ。自分の武器をよくわかっている」
私は唖然とするしかなかった。あのふわふわした最強令嬢が、ある意味で自分の身体を武器にしたことにも驚いたが、それを客観的に分析しているこいつの冷静さにも。
だって、あれ婚約者でしょ…!?なんとも思わないの!?
「それにしても……ふふっ」
うっ!?こ、これは……!
「殿下ったら、ずいぶん嬉しそうだったわね……やっぱり、胸が大きい方が好きなのかしら……?婚約者がいても、やっぱり男の子ってことよね……ふふふふ……」
……お、怒ってる……のかしら……!?それとも、それ以上……!?
「ぎゃぁあああああ!?」「おわあああああ!?なんだああああ!?」
【白グループ、2点。セーレ&ドロテペアが獲得しました】
いつも割とドライなこの女が、婚約者にどう思ってるのかなんて想像もつかない。でもあの時の目は昏く、静かで、確かな殺意に溢れていた。私が王族に対して「生きろ」と願ったのは、もしかしたらこの時が初めてだったかもしれない。
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