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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
第二章 夢見る死体が行く先
23/45

ボールペンなど無くとも

 --------

 カロリーヌ嬢とペアを組んだ僕は、裏山の中腹から少し外れたあたりから行動を開始していた。中央に近いため敵は多いが、遮蔽物も多く、行動限界線から遠いので自由度も高い。悪くない配置だ。


「やはりカロリーヌ嬢は、その剣を持ってきましたか」


 その長さは裏山という木々が密集する中ではあまり向いているとは言えない上、あまりにも周囲の注目を集める美しい鞘を備えた長剣……ダマスカスの剣を携えた彼女は、はにかみながらも可憐な笑顔を見せた。


「はい!やっぱり最後の最後で頼りになるのは、いつも使っている武器ですから!」


 それは僕も同感だ。僕も模擬戦闘で用意されたなまくらではなく、愛剣であるレイピア「ミラージュフレイム」を携えている。レイピアでありながらその刀身は波打っていて、鎧の隙間から相手に致命傷を与えることに特化したこの細剣は、灰色の日々を送る中で唯一現実的な強さを与えてくれる武器だった。


 だが、今となっては僕が一番上手く使える武器である以上に、これまでの自分を断ち切るための剣であろうとしてくれている。魔力の有無は関係なく、この武器も道具の一つとして扱おうとしている自分がいた。もちろんすべては、セーレの隣に立つためだ。だが今は。


「カロリーヌ嬢。相手がセーレであっても、手加減をしてはいけませんよ。絶対に勝ちましょう。彼女より強くないと、彼女を護ることなんて出来はしないのですから」


「もちろんですわ、殿下」


 ニヤリとお互いに笑みを躱した直後、彼女は僕に背を向けた。一瞬過ぎて全く見えなかったが、その右手はダマスカスの剣の柄に添えられている。


 彼女の周囲に、数本の矢が落ちていた。まさか、既に抜いていたのか!?あの一瞬で全て斬り払ったと!?


「敵か!?」


「6人です。内4人が弓を持っています」


 彼女は索敵魔法を使えないというのに、そこまでわかるのか……!


 3組が一斉に襲ってきた理由は明白だ。明らかに最も危険なカロリーヌ嬢を、数の暴力で圧倒しておこうという腹だろう。今回の模擬試験は赤と白にグループが分かれているものの、それは()()()()()()()()()()以上の意味はあまりなく、指揮官も設定されていない。つまりカロリーヌ嬢は、単純に白グループ16名中6人のヘイトを集めたことになる。


 思わぬ事態に驚愕している僕をよそに、彼女は草むらに向かって瞬時に間合いを詰めて剣を一閃した。続けて木の裏に回り込むと、いつの間にか拾っていたらしい矢尻を投擲する。


「ふたつ」


 静かに告げる彼女の言葉が、破った革袋の数を数えていることは明らかだった。その動きは身体強化の恩恵によって、前期で見せたよりも遥かに速く、かつ隙が無い。全てを解放した彼女の強さは常軌を逸していた。この先どれほどの鍛錬を積めば、今の彼女に届くのだろう。


 少々プライドが傷付くが、僕も僕で出来ることをやらねばならない。周囲に警戒しつつ、密かに魔法陣を書きだした。


【白グループ、2点。セーレ&ドロテペアが獲得しました】


 拡声魔法によるアナウンスが響く。あの二人も流石だな。だが僕もただ見ているだけではない。


 左後方から伸びてきた剣を波打つ細剣で受け流した僕は、魔法衝撃マジックインパクトの魔法陣を襲い掛かってきた生徒に向けた。驚愕の表情を見せたその生徒は、断末魔を上げる間もなく吹き飛んでいく。腰につけられた革袋は、吹き飛ばされた先の木の枝に刺さって破れていた。


 勝利の余韻に浸ることなく地面に落ちた矢尻を拾い上げた僕は、弓を構えたまま呆然としている女子生徒の腰辺りに投擲する。元々牽制でしかなかったその矢尻に驚いた彼女は後ろに跳ぼうしたが、あまりに遅い。身体強化の魔法を脚に集中させた僕の速さには到底かなわず、やはり腰の革袋を破いて脱落した。


「みっつ」


 そして同時に、カロリーヌ嬢の冷たい声が耳に入った。彼女の足元には腰を抜かした男子生徒と、半ばから断ち切られたサーベルが転がっている。


【続けて赤グループ、5点。カロリーヌ&ファブリスペアが獲得しました】


 セーレ。僕はただの婚約者でいるつもりはない。言葉ではなく実力で、君より強くなってみせる。何よりも、君を護るために。




 --------

 殿下とカロリーヌさんの信じられない快進撃に度肝を抜かれた私達は、再びやぶの中に身を潜めつつ、事前に二人で考えていた秘策を実行していた。


【白グループ、2点。アベル&フローラペアが獲得しました】


【赤グループ、1点。エメ&オーギュスティーヌペアが獲得しました】


【赤グループ、2点。カロリーヌ&ファブリスペアが獲得しました】


 形勢は赤グループ優勢のまま進んでいる。正面から戦っても、頭数で劣るこちらが負けてしまうだろう。かといってカロリーヌさんという最強兵器を相手に正面決戦は望めない。まずはこの木々や藪を味方につけて優位性を確保する必要がある。


「今更言うのもあれですが……ちょっとセコイ気もしますね、これ。一度も正面から堂々と討ち取ってませんよ」


「本当に今更ですわ。ドロテさんも納得してらしたじゃないですか」


「そうですけど……まともにやっても勝てませんって宣言してるみたいで、嫌な気分になりますね」


「まあ実際そのとおりですし」


 ドロテさんは本当にプライドの高い人だ。貴族に勝つためならどんな手段でも取ろうとしているに違いないのに、ちょっとでも謀略や卑怯な手を使うことになりそうになると、まず使わないで済む方法を探ろうとする。貴族の多くが彼女のように高潔な人間であったなら、この国はもう少しマシだったでしょうし、あのボールペンを世に知らしめることも出来たでしょうね。


「怒られたら謝りましょう。とにかく今は、生き残ることですわ」


「そうですね……ああ、もう、同意するしかない自分の未熟さに腹が立ちますよ。せめて私もあなたくらい小細工慣れしてれば、こんな気分にならずに済んだというのに」


「私もあなたくらい口が上手に回れば、口車で敵をやり過ごすことも出来たかもしれませんのに、残念ですわ」


「ふふふ……皮肉ですか?」


「皮肉ですわ。ふふふ……」


 それにこの人、ちょっと可愛いわ。向こうは絶対にそう思ってくれないでしょうけど……一緒に戦っててとても楽しい。普段なら考えつかない作戦も、この子の強さを見てると負けじと次々に思いつく。カロリーヌさんとはまた違った居心地の良さがあるわね。


「さて、これでお互いに紙のストックは無くなりましたよ。本当にこれで良かったんですか?」


「ええ、これが最善よ。さあ、あの二人に接近しましょう。一切の魔力を断って、草むらに紛れて、ね」




 --------

【赤グループ、2点。カロリーヌ&ファブリスペアが獲得しました】


 戦いは赤組、つまり僕達の有利に進んでいる。僕たちは悠然と歩きつつ、奇襲を仕掛けてくる白組を返り討ちにするだけで得点を稼ぐことが出来た。戦闘狂の生徒からしたら少々つまらない結果かもしれないが、こちらに必要以上の被害を及ぼすことなく勝利するというのは兵法においては至宝の価値を持つ。これでいいのだ。


「どうやらこのまま勝てそうですね、カロリーヌ嬢」


「ええ、そうですね!ですがまだあのお二人が残っていますわ」


 言うまでもなく、セーレとドロテ嬢だ。未だにあの二人が討ち取られた報は無い。圧倒的な戦闘力を持っている僕らと違って、魔力が一切ないセーレを抱えているあのペアは不利であるはずなのだ。にも拘わらず――


【白グループ、2点。セーレ&ドロテペアが獲得しました】


 敗退するどころか、着実に得点を稼ぎ続けている。しかも6人中5人討ったことで結果として一人討ち漏らした僕ら(赤グループ)と違って、彼女たちは相対した敵チームを洩れなく討ち取っている。この差は大きい。


 今はあくまで演習なので大した意味は無いだろうが、戦場において敵の情報を持ち帰られてしまうことは、情報戦においては敗北に繋がる重大な失点だ。つまりこの時点で、ある意味僕らは負けている。最終的な勝利を赤グループにもたらすことは、僕らに許された必要最低限のラインになってしまっていた。


 僕らにそう思わせることもまた、恐らく彼女の作戦に違いない。勝っているはずなのに、こちらから余裕を奪い去っている。地味だが有効だ。


「……殿下。油断なさりませんように」


 カロリーヌ嬢もそれを分かっている。彼女は自分の剣を頼りにしていても、剣に依存して慢心することはない。


 セーレ、カロリーヌ嬢、そしてドロテ嬢。僕が出会った女子たちは3人とも本当に優秀だ。彼女たちが手を携えてくれたなら、この国はもっと良いものになるだろう。そう夢想した僕は、思わず口の端を上げていた。


「よし、索敵魔法を使いましょう。あれは魔力を使い過ぎるので出来れば避けたかったのですが、確実に捜索できます。こちらの戦力が残っている内に、セーレたちを討ち取ってしまいましょう」


「そうですね。お願いします、殿下」


 詠唱魔法も魔法陣の精度もまだ未熟なカロリーヌ嬢に代わって、僕は索敵のための魔力を高めた。そして周囲に自分の魔力を散布するため、魔法陣に魔力を込めようとした時――




「……殿下!」


 その僕が一目置いている三人のうちの一人が、突如抱き着いてきた。豊満に過ぎる胸が僕の胸に当たり、思わず集中していた魔力が霧散する。


「カ、カロリーヌ嬢!?」


「殿下……どうか今は、私だけを見てください。セーレさんのことも、この戦いのことも全部忘れて、今は私だけを……」


 潤む瞳があまりにも可愛らしくて、胸の感触も無視できず、生唾を飲み込んだ。い、いけない!僕には婚約者セーレがいるというのに……!?僕はカロリーヌ嬢から強く抱き締められたまま、二人の強い心臓の音だけが響き合っているように思えた。


 どくっ、どくっ、どくっ。


 心臓の音が、僕の脈の全てが、カロリーヌ嬢によって鳴らされているようだ。僕は彼女に対して恋愛感情を抱いたことは無い。だが彼女自身、魔法が苦手である以外は特に欠点の無い美少女だ。むしろ発育面でいれば、一年生の中では群を抜いている。だからこそ女子から虐められていたのかもしれない。


 セーレがいなければ僕も欲情した男子生徒の一人だったかもしれないが……僕はもう心を決めている。青少年としての情欲より、セーレに対する恋心と罪悪感が、この時は勝った。


「あ、あの、カロリーヌ嬢。君の気持ちは嬉しいし、君が魅力的な女子であることは確かですが……僕はセーレと婚約している身。彼女以外の女の子に気持ちを向けるような事は……」


 本心だ。本心なのだ。僕はセーレを愛している。セーレに恋している。昨日だって夢に見た。そのはずなのに、僕の身体に当たるカロリーヌ嬢の柔らかさと温かさが、僕から理性を奪おうとする。


 …………そ……それにしても……でかいっ……!


 無意識に、また生唾を飲みこんでしまった。いや、無理だろうこの柔らかさを無視するのは!!僕だってまだ15歳の男子なんだぞ!?そうか若さか!?若さがそうさせるのか!?だったら今すぐ僕をおっさんにしてくれ!!僕はセーレだけを愛したいんだぁー!!


「……あの、カロリーヌ……嬢?僕も男だから、そんなにくっつかれると困るんです。離れて――」


「何馬鹿なことを言ってるんですか……!?良いから私だけを見ててください……!その魔法陣からも手を離して……!」


 そう言うと彼女はダマスカスの剣を一閃し、草むらを亡き者にした。その先には……魔法衝撃の印が書かれた紙が貼りつけられている。彼女の目は冷たく、黒曜石のように輝いていた。


「こ、これは!?」


「静かに……!!今は私だけに集中して、早く魔力を消して……!!」


 どうやらこれが非常事態であるらしいことを察した僕は、カロリーヌ嬢の言うままに魔力を収め、魔法陣を手放した。それを確認した彼女はそっと僕から離れ、次に足元の土を払う。まさか……これも魔法衝撃の陣!?


「……罠です。発動条件は接触ではなく、魔力検知。威力はかなり抑えられてますからダメージにはなりませんが、殿下があれ以上索敵魔法に魔力を割いていたら、恐らくそれを検知して炸裂していました」


 カロリーヌ嬢は、言ってしまえばセーレの一番弟子のような存在だ。魔法陣を書くのは未だに苦手らしいが、知識に関しては師匠の覚えよろしくトップクラスと言っていい。そんな彼女の分析を疑う事など不可能だ。


「……なるほど、陽動と、索敵妨害ジャミング鳴子(ブービートラップ)も兼ねているわけか。やるな、セーレ……」


 早速敵味方無差別に索敵魔法を封じに掛かるとは……だが魔法陣のみの使用を許可されているのだから、罠を設置することはむしろ基本と言っていい。もしもこれが爆破魔法であったなら、今頃大けがを負っていたかもしれない。授業で危険性も教わったし、ルールを逸脱する可能性が高いのでまず誰もやらないだろうが。


 だが索敵魔法これは、流石に少々迂闊だったか。


「セーレも中々に容赦がありませんね。所詮は音と振動だけと言いたいところですが、この音に紛れて接近されると、どこから攻めてくるのかわかりません。それに属性魔法ではないから、魔法を目で確認できないのも厄介です」


「殿下、念の為に今は身体強化の魔法も解いておいてください。身体強化された脚で触れれば、地面に埋設されている罠が反応する可能性があります」


「うわっ!」「えっ!?きゃあ!!」


 パンっという炸裂音と共に、悲痛な叫びが遥か遠方から響いた。続いて無情な拡声魔法が響き渡る。


【白グループ、2点。セーレ&ドロテペアが獲得しました】


 悲鳴の大きさからして相当距離が空いていたはずだ。まさか、既にそんな遠くまで設置しているというのか!?


「馬鹿な、まだ始まってそれほど経っていないはずですよ!?罠をそんな大量に設置するなど可能なのですか!?一枚一枚書かないといけないんですよ!?」


「殿下、この演習では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。羽ペンとインク、そして紙を運ぶようにという、それだけです」


「それは分かっていますが、紙に書いたまま運べば自爆の可能性が……っ!?」


 そうか……そういうことか、セーレ……我が愛しい婚約者よ!ボールペンの話を聞いていたのに、このことに気付けなかった自分に腹が立つ!


「そうです。あの人は恐らく、この演習が開始される合図ギリギリまで、背嚢いっぱいに()()()()()()()()を詰め込んでおいたのだと思います。設置寸前に完成させれば、安全に素早く撒けますから。そして、セーレさんの隣にいるのは実技でもトップクラスのドロテさんです」


 もしかしたら既に手持ちの紙を使いきって、インク瓶を投げ捨てているかも知れませんねと、そう呟くカロリーヌ嬢の顔色は深刻だった。恐らく、その通りだろう。彼女たちは最初から魔法陣を使い切ることで、他の生徒よりも機動性と自由度を高めたに違いない……!


 なんたる失態だ……気付くのが遅すぎた!あの二人をまだ甘く見ていたということか!?


「……頭を切り替えてください。私達は、既に戦場の中心に居ます」


「きゃぁぁああああ!!!」


【白グループ、2点。セーレ&ドロテペアが獲得しました】


 まだ序盤に過ぎないと思っていた裏山でのサバイバル。優勢と思われていた赤グループに、白グループが猛追していた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] あまりに血肉湧き躍るガチサバゲーが始まって、ワクワクしながらも「…あれ?令嬢物を読んでいたハズが…?」とふと宇宙猫顔にならなくもないですけど、でも楽しいです!
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