剣とペン
感想でご指摘頂きました通り、金属芯の下りの矛盾に気付いていませんでした。というより、頭の中で勝手に補完してました(汗)
今は修正しております。
基本的に、金属が使われるものであまり細かい部品は作られていない世界観です。特にこの国は、難しいことは大体魔法で解決してる脳筋国家です。
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「出来ました。如何でしょうか」
「ありがとうございます。本当に素晴らしい腕前ですね」
「光栄です。では、私はこれで」
カロリーヌさんが言う元理容師とは、月に一度オフレ子爵の庭を手入れする庭師さんだった。焦げていた髪をただカットするだけでなく、肩口辺りまで髪を短く切り揃えて貰ったのだけども、それだけで明るい印象を与えるのか、鏡に映る私は別人に見えた。新しい自分になったみたいで、良い気持ちだわ。
「わぁ……!とてもよくお似合いです!」
「ありがとう、カロリーヌさん。あなたの言う通りとても腕のいい方だったわね。殿下、終わりましたよ」
「ああ、そうか。入るよ……なっ!?」
外で控えていた殿下は部屋に入ると、私を見てぴしりと音を立てて固まった。……な、なに?なんか、言ってほしいんだけども……。
「殿下、どうかしましたか?セーレさんが困ってますよ」
「…………へっ!?あ、ああ!もちろん良く似合ってるよ、セーレ!うん、僕はそっちの方が好きだな!似合ってる……うん、好きだ……」
「ありがとうございます、殿下……?」
なんだか挙動不審ね。不審過ぎるわ。
「……うぅ、やばすぎるだろ……こんなの反則だよ……」
「反則?」
「はっ!?なな、なんでもないよセーレ!ああ、そうだカロリーヌ嬢!たしか君は剣が得意でしたよね!自分の得物とかはあるんですか!?僕見てみたいなー!」
なんか随分強引に話題を切られたわね。……まあ、私もそれは見てみたいし、いいけど。
「良いですよ!あ、でも近付きすぎないように気をつけてくださいね!危ないので!」
カロリーヌさんも、また意味深な。まさか爆弾が得意武器と言うわけでもあるまいに。
彼女が部屋の奥から持ってきた長剣は、少々変わった意匠だった。形はサーベルに似てて細身で反りがあるが、柄が長く護拳が無い。両手でも片手でも使えるように想定されているのだろうか。
「片手半剣かしら?それにしては軽そうで、スリムね」
「全体的にシルエットが細いですね。斬るのに特化していそうに見えて、突くにも遜色は無い絶妙な角度。そしてその美しい鞘……まるで礼剣、いや宝剣のようですね。この神秘的な雰囲気は、鞘のおかげでしょうか」
殿下の言う通りだわ。鞘からして木をベースにして重さを抑えつつ、雷をイメージしたミスリル銀の意匠で高級感を出している。実用と鑑賞を絶妙なバランスで成し遂げた、見事な作品だ。このまま城に献上しても差し支えないだろう。
「お二人とも流石の慧眼ですわ。これは斬ることに重点を置いた、私専用にカスタマイズされた片刃の剣です。……抜きます。そのまま離れててください」
カロリーヌさんがゆっくりと抜剣すると、目が離せなくなるほど艶めかしい刀身が現れた。切っ先が鞘から完全に抜き出す時など、まるで女神が湖から足を抜いたような神秘性を感じさせる。反りのある刀身は新品のような輝きを誇っていて、その全身に木目状の模様が走っていた。
それを見た殿下が、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
「馬鹿な!?そ、それは!?」
殿下は冷や汗を流しながら、信じられないものを見るような目をしたまま固まっている。手もわずかに震えていることから、よほど衝撃的だったらしい。
「カロリーヌ嬢はそれを持っていてなんともないのですか!?」
「修練を重ねましたので。ですが、殿下とセーレさんはなるべく近付かないようにしてください。これは見る者を魅了します」
カロリーヌさんの目は、殺気こそ放っていないが模擬戦闘の時と同じ冷たい目をしていた。抜き放たれた刀身の艶やかさも相まって、完成されたコントラストを発揮している。心なしか、彼女自身からも色気が放たれているように思えた。
「あの……殿下、この剣は?」
「……ダ……ダマスカスの、剣……」
「ダマスカス?」
「……ダマスカスとは、ここより遥か南方の国でのみ取れる鉱物で精錬される、極めて希少な金属だ。これで作られた剣は弾性と粘性に優れ、血と脂が付着せず、いくら斬っても切れ味が落ちないとされている。その代わり――」
「はい。この剣を持つと"斬りたい"という欲求に駆られ、支配されます。数多くの剣士がこれを求め、取り憑かれ、そして狂死するか、戦場で骸を晒してきたのです。一説によれば、むしろ斬れば斬るほど鋭くなるとも……」
カロリーヌさんはその言葉とは反して冷静そのものだ。そして刀身を再びゆっくりと鞘に納めると、いつものふわふわしたカロリーヌさんに戻る。
「ふぅー……!これを抜くと、今でもちょっと疲れるんですよね。私もまだまだです」
「いや、その程度で済んでいるだけでも驚異的な精神力ですよ。僕では絶対に抜けないし、鞘に収まってても触れる気がしない。……この剣を一体どこで?」
「夫が冒険者だった頃に使っていたサーベルを打ち直した物です」
「はひっ!?」
後ろを振り向くと、いつの間にかスズカさんが音もなくそこに立っていた。この人、普段から音を消して動く癖があるのかしら。
「夫から剣を習うようになったカロリーヌが、一人前と見做された時に渡しました。幼い頃はこの剣に振り回されるばかりだったわよね。死んだ目をしたまま『お母さん……剣の声が聞こえるよ……』って言ったときは、いよいよ駄目かと――」
「お、お母さん!変なこと言わないでよ!」
なるほど、彼女が殺気を自由に操れる理由にも納得だわ。こんな危険な業物を使いこなせるというのなら、殺気の出し入れくらいは余裕でしょうね。
「カロリーヌ嬢が一年生にして学園最強と目されてしまうのも分かるというものです。ありがとうございました、良い物を見られましたよ」
「こちらこそ、愛剣をお見せできたのはこれが初めてで、嬉しかったです」
はにかむ笑顔と美しい鞘が、一人と一本の絆を表しているようにも見えた。私達と出会う前の彼女は、この剣が唯一の友だったのかもしれない。剣を抜いた時のカロリーヌさんも綺麗だけど、私はこっちの組み合わせの方が好きだわ。
あ、そうだ。
「実は私も是非見たいものがあったのよね。ボールペン、という筆記用具があると聞いたのだけれども」
「え、カロリーヌったらボールペンのことを話してしまったの?」
「ご、ごめんなさい!でも、セーレさんなら大丈夫かなって……」
「あ、いえ、その前から名前だけは噂でお聞きしていたものですから。その……駄目、ですか?」
ため息をついているスズカさんを見て、少しだけ私も申し訳ない気分になった。もしかして、言ったらまずいものだったかしら。
「……まあ、いいわ。特別にお見せしますが、くれぐれも他言無用に願います。少々お待ち下さいね」
そう言って子爵夫人は音もなく部屋を出ると、少しして一本の小さな筒を持ってきた。いや、よく見ると筒の先に小さく尖った金属がついている。もしやこれがペン先かしら?
「変わった形ですね。これもユベール製ですか?」
「ええ、彼に手伝ってもらいました。ペン先を回すと外せるようになっています。……これをご覧ください」
夫人がペン先を外すと、中から出てきたのはさらに細い筒だった。恐らくは羽根の芯を加工したものだろう。中にはインクが充填されているが、逆さにしても液が漏れ出てこない。
「これは……インクを空間停止させているのですか?書くときだけ魔法が解除されるのだとしたら、非常に高度な魔法が使われていますね。この筒一本を作るのに半年はかかることでしょう。実用化に時間がかかっているのも分かるというもの――」
「いえ、殿下、これは魔法ではありませんわ……!そんなことって……!?」
なんてことだ。これは確かに門外不出にしなくてはならない、重大かつ危険な代物だ。私の様子を見て、スズカさんが意外そうに眉を上げた。
「……素晴らしい。もしやお気付きになられたのですか」
「どういうことだい、セーレ?空間停止でないなら、どうやって液漏れを防いでいる?」
「……その筒の、インクの上澄みを見てください。恐らく粘度の高い液体で、蓋の役目をしてインクの逆流を防いでいるのだと思います。ペン先から液漏れしないのは、穴が小さいため紙に当てないとインクが吸い出されないからでしょう」
このボールペンの仕組みなら、どう持ち歩いても液漏れせず、しかもインク瓶を用意する手間から解放されることになる。極めて携行性の高い筆記用具と言えるだろう。
「あ、確かに透明な何かが入っているね。魔法も使わずにそんな単純なことで達成してしまうとは……」
そう、革命的でありながら単純かつ簡単な仕組みで、そのため生産性も極めて高い。しかも唯一難しいと思われた金属芯も、よく見れば私が普段使っている細身の羽根ペン、ブルーレイブンの羽根の芯を切削加工したものだ。つまり大規模な設備は特に必要なく、手作業で組めるということになる。これは非常にまずい。
「しかしそれであれば、すでに実用段階にまで至っている気もしますが……一体何が障害になっているのです?」
「逆です、殿下。恐らく誰にでもすぐに実現出来てしまうからこそ、世に出せないのだと思います」
「……すまない、まだよくわからない。説明してもらえないだろうか」
殿下は魔法を使う便利な生活に慣れすぎてるので、逆にこのペンの危険性に気付けないのだろう。ご夫人はよくギリギリの段階で思い留まったものだ。
「殿下。夜会に出席する時に武器の携帯は禁じられていますよね?」
「ああ、あそこは社交の場だからね」
「ですが自前の羽根ペンは例外的に認められています。それは何故かご存知ですか?」
「もちろんファッションの為というのもあるが、夜会の最中に約束事を交わす際、サインを書くことがあるからだ。その際は別室にインクを用意して、魔法陣が描かれないよう騎士の立ち会いのもと、自分の羽根ペンを使ってサインを……あっ!?」
そう、ボールペンの場合はインク瓶が無くとも、どんなタイミングでも、好きな場所に文字や線を書くことができる。それがたとえ、魔法陣であっても。
「え?え?あの、どういうことでしょう……?」
「これ一本でテロや暗殺を行えるってことですよ、カロリーヌ嬢。好きな時に、好きな場所に魔法陣を書けるということは……例えば要人の椅子に空間爆発の魔法を書いたら、何が起こりますか?」
「あっ……!」
指と血文字では細かい魔法陣を書くことが出来ないが、ボールペンなら相当細かい文字を書くことができる。椅子でなくとも、例えばテーブルクロスの裏に書くことは容易だ。夜会であっても、人々は意中の相手や取引先を探す為に索敵魔法を使う。魔力で充満したホールなら、連鎖爆発してもおかしくない。
しかもこのボールペンは私の予想よりもかなり小さい。身体検査で発見出来たとしても、夜会の最中に外から庭園の陰に投げ込まれでもしていたら、まず気付けない。
そんな危険な物が、生産の際に一切の魔力を必要とせず、魔法不能者でも簡単に作れてしまうのだ。しかも精密さや見た目を求めないなら、羽根ペンの羽を毟って細いペン先を付けるだけでも、携行性と隠密性を飛躍的に高める事ができる。
まさに剣よりも強いペンだ。
「でも、それだけではありません。この筆記用具は戦場の環境を一変させてしまいます」
「戦場の環境……?」
「殿下、最後の戦争で前線の騎士が使っていた武器はなんですか?」
「主に槍、剣、そして弓と弓銃だな。あと盾も含まれるだろう」
「そう。そして、もちろん魔法ですね」
「ああ、もちろん魔法。だが戦場では魔法陣を使う事などまず無いと聞くぞ?記入から発動までに時間がかかるし、携行しようにも自分の魔力で誤爆……する……」
そのとおり。しかしボールペンはそんな常識すら覆しかねない。
「魔法陣が使いにくいのは正面決戦の場合であって、森の中や市街地のように遭遇戦が想定される場合は魔法陣が使われます。例えば爆発の陣を地面に埋設して、踏んだ敵を吹き飛ばすと言った使い方です。しかし敷設作業は常に死と隣り合わせです。殿下の言う通り、油断して少しでも身体強化魔法を使ってしまえば、背嚢に入れていた魔法陣が全て炸裂する可能性がありますから」
だから地雷の敷設は最低限の数に抑えられてきたのだが。
「……ボールペンがあれば、兵士は何も書かれていない紙を携帯することで自爆を防ぐことが出来る。身体強化で素早く移動しつつ、無数の地雷を安全に敷設できるということか。しかも好きな時に、好きな場所で、好きな魔法を適宜選ぶ事もできる……」
これは恐ろしいことだ。魔法を過信するアンスラン王国なら、この有用性に気付いた時点で他国へ侵攻する可能性が高い。いや、侵攻するだけならいい。兵士の誰かがボールペンを現地で無くしたら?
そしてそのボールペンを他国の兵士に鹵獲されたとしたら?
……間違いなくその後の戦場は泥沼と化すだろう。常に紙一枚の地雷を恐れなくてはならなくなり、手足を失う死傷者も激増し、その数は2倍どころでは収まらないだろう。そして戦争後も未回収の地雷が至るところに残され、被害者が発生し続けることになるに違いない。
「そんなことになれば、誰にも戦場を管理できなくなります。まだ、このボールペンは世の中には出せません」
少なくとも今のアンスラン王国にとっては過ぎた玩具だ。この国は魔法に価値を見出し過ぎている。
「娘から聡明とはお聞きしていましたけど、想像以上ですね。このボールペンは元々、便利な世の中を求めて製作したに過ぎない物でした。しかしあなたの言う通り、この国では紙とペンさえあれば戦術兵器を作り出せてしまいますから。そんな形で戦争に加担するのはゴメンですわ」
スズカさんは何でもないかのように笑っているけども……一体この人は、どうやってこんなものを思いついたのだろう。少なくとも魔法の便利さに漬かりきっている人間の発想ではないし、魔法が使えない私でもこんな方法は思いつかなかった。まるで、ずっと昔からイメージできていたかのような……?
「ですが私が公開せずとも、何年かすれば似たような物が発明されるでしょうね。羽根ペンに不便さを感じる人は少なくないでしょうから」
……それもまた、その通りかもしれないけども。だけど怖いわね。日常の手間から解放されたくて発明したものが、沢山の人を傷つける結果になるかもしれないなんて。
私も……魔法が使えない不便さを克服するために編み出した物が、たくさんの人を傷つける結果になる時が来るのだろうか。出来れば、その逆でありたいものだわ。
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