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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
第一章 死体と呼ばれた少女
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主導権

 --------

「父上、お呼びですか」


「ああ、エクトル。どうだ、セーレの様子は」


 妹と父上のごく短い話し合いを終えたあと、俺は入れ替わるように父上の執務室にいた。


「何も。学園での心得を確認しただけとしか言っておりません。特に様子も変わってませんよ」


「そうか……やはりな」


 何かを悔いる父上を俺は傲然と見下ろした。その姿には強い苛立ちを抱かざるを得ない。


「妹は魔法不能者だから、社会に出た時の荒波に飲まれぬよう家でも不能者として扱えと言ったのは父上ではありませんか。今更後悔されているおつもりですか?」


 父上は真面目過ぎた。公爵家である以上、国の規範とならねばならない。だからこそ、自分の娘が魔法不能者であるならば、自らが規範となって強い娘に……いや、強い魔法不能者として育てようとした。


 その結果がこれだ。妹は俺以外には心を閉ざし、他人には何も期待せず、自らの力と知識だけを頼るようになってしまった。目に見えない魔力ではなく、目に見える過程と結果だけを拠り所とするようになった。魔力など無くとも、セーレは可愛らしく、そして賢い子だったというのに。


『にいさまっ、おねがいしますっ、わたしにまほうをおしえてくださいっ!わたしは……わたしは、死体じゃありませんっ!!』


 涙を流しながら私の服を掴んだあの日のことを、今でも鮮明に覚えている。結局、その日から魔法の使い方や原理を教え続けたものの、やはり魔力がないセーレに使うことは叶わなかった。だが今でも魔法書を読むあたり、まだ諦めていないのかもしれない。


 お茶会で魔法不能者だと虐められていると知った時、陰でその首謀者を制裁したこともあった。だが今思えばそれがセーレと子供達の距離を、却って開かせてしまったのかもしれない。俺も俺で、やはりまだ子供だったと言うことなのだろう。あるいはまだ子供なのか。


「ああ、後悔している。今日セーレの目を見て分かった。あの子は恐らく、私達があえて突き放していた事を理解しているのだ。理解した上で、私達を責めるでもなく、そうされる自分のことを無価値だと確信しているに違いない」


「確信させたのは我々です」


「そうだ。私はあの子をただ娘として扱うべきだった。自分の家で、差別意識に晒させるべきではなかったのだ」


 今更もう遅い……その言葉をかろうじて飲み込んだ俺は、右手を痛いほど握り締めてこの場を耐えた。そうしなくては、俺は父上を殴り飛ばしていたに違いない。そんな簡単なことに気付くのに10年も掛かったと言うのか。


 クソくらえだ。俺も、父上も。魔法が使えない者を蔑ろにする世の中も、それを創り上げることに貢献してきた我が家も。


「殿下との顔合わせの際は、私も同席します」


「そうだな。長兄として挨拶してくれ」


 ああ、もちろんだとも。せめて兄として妹の幸せを願わずして、どうするのだ。




 --------

「……はあ」


「殿下、先程から溜息ばかりですね」


 馬車の小窓を覗きながら、側近の皮肉を無視して僕は何度目かになるかわからない溜息をついた。この先に待っているものが暗い未来だと分かっていれば、誰だって溜息をつきたくなるものだ。


 王城での生活は退屈を極める。分かり切った規範、分かり切った貴族としての常識、そしてわからざるを得ない人間の暗部。上位貴族の頂点に近しい王子は、それらを毎日確認し、発見し、学習し続ける作業を繰り返す日々を強要される。そして時に、望んでもいない結婚をも強要される。


 もちろん、人間がそんな後ろ暗いだけの醜い生き者であるならば、政治が存在する意味など存在しない。欲望のまま、獣のまま過ごすのが一番楽に違いないのだ。その楽な生き方を否定してでも、弱い存在を助け、時に助けあうことこそが幸せに最も近いのだと人々が信じたからこそ、政治を生み出した。そしてより強い存在から守ってもらうために、貴族という存在を作り出したのだ。自らが傷付かないために、そして責任を被らないために。


 だから僕が貴族として産まれた理由は、貴族でない人々を護り、弱い者たちを守り、幸福に導くためだ。そう信じなければ、僕が第三王子を続ける理由などない。可能であれば王族である自分など捨てて、他国に亡命してでも自由を手にしたいくらいだ。今でもその気持ちは変わらない。


 それなのに、僕は兄上達よりも先に自由を失おうとしているのだ。結婚という名の枷をはめに。


「……カヴァンナ公爵家が名門であることはわかっているさ。あそこは誰もが類稀な魔力を持ち、私兵である魔法戦士達も国内最強だ。土地運営も健全だし、政略結婚によって結びつきを強める利点は十分に理解しているつもりだよ」


「でも納得されているようには見えませんね」


 当然だ。いくら家と家の結びつきを強めるためだからと言って、魔力が一欠片も無い出来損ないの令嬢と結婚することに納得できるやつがどこにいる。だが――


「――兄上達に重しを着けるわけにはいかない」


「重し、ですか……」


 結婚後の生活は憂鬱を極めるだろう。魔法が使えないということは、日常生活にも支障が出るに違いない。メイドよりも出来ることが少ない令嬢との結婚生活。当然、光と炎の属性を得意とする僕の気持ちだって理解できるはずが無い。


「……どうせなら、最初のうちに主導権を握っておくか」


 普段は絶対に考えないような悪辣な発想をもって、ついに僕はカヴァンナ公爵邸に到着した。




 --------

 ファブリス殿下とのお顔合わせは学園が始まる3日前に行われた。婚約者ならもっと早くに会ってもいいものだけど、向こうの都合が合わなかったらしい。


「お初にお目にかかります。セーレ・カヴァンナと申します」


「っ!……エクトル・カヴァンナと申します。カヴァンナ家の長男で、今の所私が家を継ぐことになっております」


「はじめまして。アンスラン王国の第三王子、ファブリス・フォン・アンスランです。あなたがあのセーレ嬢ですか。噂に聞くよりも美しいお方で驚いています」


 そりゃ本物の死体と比べれば、血色は良いでしょうとも。よほどひどい噂が流れているのかしらね。


「セーレさん、あなたとの婚約が結ばれたと知って、僕はとても嬉しかったのですよ」


「それは光栄ですわ。でも殿下を喜ばせるようなことは言ってないはずですけども……」


「いやいや、実は前から聞きたかったのですよ。魔力が無い生活とはどのようなものかとね」


 ああ、なるほど。今日はぜひ動く死体の珍しい見解を聞きたいと、そういうことですか。


 その時、一瞬兄上の腰が少し浮いたのを見た私は、目だけでそれを制した。確かにとても失礼な物言いだけど、相手は王族だ。ここで事を荒立てれば不敬に当たる。最初から素直に答えるより他にない。


「ご期待に添えないお答えになるかもしれませんが、恐らく普通の人とそう変わりません」


「そんなことはないのでは?灯りを灯す時や、体の清潔を保つ時も、それぞれ必ず魔法を使うはずですよね」


 ……なんとなくこの人の狙いが分かった気がする。多分、この人は自分の方が多くの面で上だとアピールしたいのだろう。魔法が使えない私よりも、自分の方が出来ることが多いと、結婚する前から躾けようとしているのかもしれない。


 もしそうだとしたら、随分と小物だわね。あるいは私と同じで、まだまだ子供ということなのかしら。まあ、どっちでもいいわ。こんなくだらない腹の探り合いを長々と続ける意味は無いもの。


「火を点けるのに必要なのは、あくまで火種であって、何もそれが魔法である必要はありません。清潔保持も、毎日の入浴で事足ります」


 尤も実際に毎日入浴するのは私くらいなもので、大抵の人は清浄魔法で汚れや垢を消し飛ばしているだろう。殿下もそうだろうし、そういう人からすれば入浴を習慣づけている私は、それだけで奇異なものに見えるのかも知れない。


「では、どうやって体を動かしているのかな?魔力が無いものなど世の中には存在しないと、僕は城で習いました。魔力が無い君がどうやって体を動かし、生きているのかとても興味があります」


 ……本当にくだらないわね。そんなもの赤ん坊でも理解出来ているわよ。


「殿下、そのご質問はいくらなんでも――」


「良いのです、兄上。……殿下は、瞬きをする前に詠唱をなさるのですか?寝返りを打つときにも?」


「何ですって……?」


「心臓を動かす前に、息を吸って吐く前に、わざわざ詠唱しているのですか?だとしたら魔力無しには生きられない人より、魔力が無くともそれらをこなせる私の方が余程強いことになりますわね。私は前々から疑問でした。この程度の事に魔力を使うのが、本当に強い生き物なのかと」


 ガタリと音を立てて立ち上がったのは殿下の方だった。さて怖い顔だけども、あなたに反論できるのかしら?


 魔力がないと満足に生活できないと、認めることがあなたにできまして?


「……世間では君を死体のようだと嘲笑っているようだが?」


 あら、随分と安い挑発だわ。結構本気で怒ってるわね。


「ええ、実に面白い例えですわ。笑えますわね」


 ならあなたたちは死体以下ということね。と、言外に嘲笑う。どうやら正確に伝わったようで、殿下の顔は怒りのためか、あるいは恥のためか、赤黒く変化していた。唯一人、兄だけは額を抑えて頭を振っている。


「……ふ、ふふ……なるほど、だが君も中々面白いな、セーレ。学園での生活が実に楽しみだよ。実にな」


 青筋を立てつつ笑顔を見せた殿下は、別れの挨拶もそこそこに、帰りの馬車へと乗り込んでいった。初顔合わせで怒らせて申し訳ありません。でも先に喧嘩を吹っかけてきたのはあなたですからね。


「私も楽しみにしてますわよ、婚約者様」


「おい、セーレ」


 嘲笑を浮かべながら馬車を見送った私の肩に、兄上の手が優しく乗せられた。


「殿下に対する態度にも色々言いたいが……それよりお前の名前は、セレスティーヌだろう。何故セーレと名乗った」


「そうなのですか?家族もメイドも、執事でさえ誰もそう呼ばなくなったものですから、セレスティーヌと名乗ることを禁じられたのかと思っていました」


 偉大なるセレスティーヌを名乗るなどおこがましい。それを言葉ではなく態度で示したではないか、この家は。


「……すまない。俺はそんなつもりではなかった」


「ええ、わかっています。兄上のことは信じていますわ」


 あなたからは私を呼ぶ時に確かな愛情を感じるから。だが、他の人は説明がつくまい。


「いずれにしても、もう手遅れです。学園でも私はセーレと名乗るつもりですから、兄上もそれに合わせてくださいね」


 さて、まもなく学園生活が始まる。魔法不能者で、魔力の欠片も無くて、それでも公爵令嬢である私は、そこで一体どんな扱いを受けるのやら。


 そして婚約者様は、味方になってくれるのかしら。実に楽しみだわ。実に、ね。




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兄上の胃がぎりぎりと音を立ててそう。

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[一言] この王子大概やな!(笑)
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