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死体もどきの公爵令嬢  作者: 秋雨ルウ(レビューしてた人)
第一章 死体と呼ばれた少女
14/45

理解者

 --------

 学園生活、一年生後期の初日。今日は珍しく殿下による馬車のお迎えが無く、処理しきれず残った政務に集中しなければならないのでお休みするという連絡があった。元々屋敷から学園まで遠い訳でもないから問題ないけど、入学当初からずっと一緒に登校していただけあって、一人で登校するのに違和感がある。


 やはり殿下は王族で、ただの学生のまま過ごすわけにはいかないということなのね。卒業後は一応結婚することになっているし、手伝えることがあるなら手伝って差し上げた方がいいのかしら。


「あ、おはようございます、セーレさん!あ、あの!」


「おはよう、カロリーヌさん。殿下は今日お休みするらしいわ……よ……?」


「……っ」


 どうも教室内の様子がおかしい。嫌われたり恐れられたりしているのは今まで通りだけども、何かこう……犯罪者を見ているような……?


「えっと……何かあったの?」


「そ、それが――」


「いやあああ!!」


 えっ!?何っ!?


「ゆ……許してください……!あ、ああ……!!」


 悲鳴がした方に目を向けると、かつてカロリーヌさんを、そして昔私を虐めていた女子のリーダー格が、頭に包帯を巻いた状態で震えていた。恐怖のまなざしを向けている先は……私……!?


 ひそひそとしているべき陰口が、私に聞こえても構わないとでも言うかのように堂々と行われていた。


「……やっぱ、やったのはあの人か……?」


「でも、そういう人には見えないわよ……?」


「わからないぞ……だってあの人、昔――」


 死体もどきって、呼ばれてたんだろ……?


「……っ!!」




 不特定多数から向けられた悪意ある視線。化け物を見る目。10年前のあの日、魔宝珠ミロワールクリスタルを光らせなかった私に向けた者と同じ、嫌悪と侮蔑に彩られている。


 銀の剣に代わって、言葉の剣が私に向けられた。あの日の情景が蘇り、呼吸が浅くなって正常な考えが出来なくなる。誰かが私の事を呼んでいる気がしたが、全く頭に入らない。ただ、耳から悪意ある言葉だけが染み入ってくる。




 幼い頃、彼女から魔力が無い事をからかわれたことがあるらしいよ。


 彼女を見ていると昔を思い出して腹が立つらしい。


 毎日顔を見ているだけで腹が立つとも言ってたらしいぞ。


 自分よりも弱いってわかったからって、あそこまでやるかね。


「やめて……!許して……!お願いだから顔は……!顔だけは、傷つけないで……!!」


 今更復讐のつもりか?


 そういや魔力が無いって自分でも言ってたよな。


 公爵令嬢と言っても、人間ってことでしょ。


 ていうか魔力が無いのは自分のせいなのに、人に当たるなんて最低よね。


 いや、あの人ならやりかねないな。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()




「~~~っ!!」


「セーレさん!?」


 私は留まるところを知らない陰口から逃げ出すために、教室から飛び出した。


 耐えられなかった。耐えきれなかった。死体もどきなんて呼ばれたのは初めてじゃない。いじめられたのだって、何度も経験した。嗤われたのだって、陰口を叩かれたのだって、10年間何度も何度も経験してきたことだ。


 それなのに、今更になってどうしてこんなにも、気持ち悪く感じるの……っ!?


「はあ……!はあ……!うっ!うげぇ!!げほっ!!げほっ!!」


 ……明らかに弱くなってるわ。心の芯が柔らかく戻ってしまっている。まるで無数の銀の剣を向けられて泣いた、10年前のあの日のように。何も知らないただの子供でしかなかった、兄上に抱き着きながら泣いていた、あの頃のように。


「セーレさん……」


「……無様な姿を見せてしまったわね」


「いえ、その……」


「日頃の行いが悪かったのかしら。私は誰も叩いてないのに……死体もどきって嗤われながら虐められてただけなのに、立場の強さが理解されたら今度は虐める側として恐れられるなんて。ほんと、笑える喜劇だわ。どれだけ出来の悪い台本なのかしらね」


 結局、あの日から私は何も成長していなかったのかしら。何も変えられてこなかったのかしら。魔力が無いことは絶対に許されない罪で、動く死体なら何をするか分かったものじゃなくて。そんな死体が何を学んだところで意味なんか無くて。


 私が虐められる分には正義で、私が虐めるのは悪だという事なのか。


「セーレさん」


「あなたも笑ってよ。魔力を欠片も持たない死体もどき……人でなしの私に相応しい呼ばれ方だとは思わない?こんなことなら、本当にもどきじゃなかった方がどれだけ――」


「セーレさん!!」


 温かで、柔らかくて、だけどすごく力強い手が私の震えを止めようとしてくれた。私の震えの方が、ずっとずっと強かったけども。


 そうだ。身体を揺らせ。震わせ続けろ。今はこの震えを止めちゃいけない。今までだって、心が裂けるほど辛い時は、手に力を込めて体を震わせながら耐えてきた。体に力を込めて震えている内は、心を固くしたままでいられるから。だから。


「違います……!違います!!セーレさんは死体もどきなんかじゃない!!セーレさんは私を救ってくれたじゃないですか!!私と友達になってくれたじゃないですか!!あんな……ひどい、ちっぽけな嘘なんかで傷つかないでください!!」


「でも、私がまともじゃないのは嘘じゃないのよ……!?母上からもまともに産めなくてごめんなさいと、毎日のように謝られてきた!!魔力が無いのよ!!欠片も!!死体と同じなの!!だったら私は本当の死体と何が違うのよ!!もう嫌なのよ!!魔力が無いだけで見下され、貶められる人生なんて!!どうして生きている私が死体じゃないことを証明し続けなきゃいけないのよぉ!!」


 婚約者が傍にいて、生まれて初めての友達が出来て。辛いだけだと思っていた学園生活がちょっと楽しかったものだから、きっと私は勘違いしていたんだ。死体なんかじゃないって叫ばなくても、私のことを分かってくれる人がいれば、新しい自分になれるかもしれないって思ってしまったんだ。化け物のくせに幸せな時間を求めたから、罰が当たったんだ。


 私に向けられるべきものは笑顔じゃなくて、冷たい目線と銀の切っ先だけなのだわ。


 絶望に沈む私の肩を、友達の手が大きく揺らす。私の震えよりも大きく揺らして、私を深い眠りから覚まそうとするかのように。


「セーレさんがしてきた努力は、生きていることを証明するためじゃないはずです!!ずっと魔法のことを勉強し続けてきたのは、魔力が無くても出来ることを探していたからじゃないんですか!?魔法陣をずっと練習してきたのだって、魔法陣が好きだったからじゃないんですか!?あの日、私に魔法陣の書き方を熱心に教えてくれたのも、生きていることを証明するためだったんですか!?」


「……そ……れはっ」


「セーレさんが死体じゃないことは私が証明します!セーレさんが疲れたなら、私が代わりに死体なんかじゃないって、何度でも叫んで差し上げます!あの殿下だって、セーレさんの為なら絶対に違うって何度も言ってくれます!ずっとずっと、隣で叫び続けて差し上げますから!!だから!!」


「……っ……!」」


 この震えを止めちゃいけない。肩の温かさに気付いたらいけない。そんなことをしたらきっと、私は――。


「……だからもう、そんな目で泣かないでください。セーレさんが笑顔で過ごせるように、楽しい日々を誰にも邪魔させないように、私がセーレさんの分まで強くなります。あなたが望むなら、どんな敵でも斬ってみせますから……!どうか私達を信じてください!!」




 ――もう二度と、今までの強さを持てなくなる。


 もう二度と――




 ()()()()()()()()()って、思えなくなってしまうじゃないか。




「……ありがとう……っ、カロリーヌさん……!ご、ごめんなさい……!でも、今だけは……今だけは、もう少し、だけ……っ!」


「セーレさん……」


「もう……少し……う……あああああああっ……!!」




 カロリーヌさんを抱きしめながら10年ぶりに流した涙は、まるで流れ出すのをずっと待っていたかのように、いつまでも止まらなかった。金属のようだと思っていた心と体は、ほんのちっぽけな嘘と、たった一人の友人によって、簡単に解きほぐされてしまっていた。


 きっと私は、もう二度と昔のような強さは得られなくなってしまっただろう。心無い言葉に傷付いて、心温まる言葉に癒される、元の弱い自分に戻ってしまった。それを心から望むようになってしまった。だって私の傍には、どれだけ弱くても支えてくれる人たちがいることに、気付いてしまったのだから。


 弱い私を支えてくれる人たちの為にも、私ももっと強くなろう。流した涙が無駄にならないように、今度は大事な人達の事を、私が支えられるようになるために。もっと、強く。




 だけど私達が教室から走り去っていた頃、学園ではまた別の悪意と野心が蠢いていた。




 --------

 しまったな……昨日ちょっと遅くまで勉強してたせいで、結構ギリギリになってしまった。朝の挨拶には間に合うだろうか。


「――これであの魔法不能者の評判もガタ落ちね。全く手の掛かる女だったわ」


「流石はローラ様、迫真の演技でしたわ。今度こそ、あの女の令嬢としての人生も終わりを迎えますわね」


「私達をコケにした報い、じっくりと味わえばいいのです」


「ですがあの巨乳女、追いかけていきましたわよ。傷の舐め合いでもするつもりかしら」


「万が一連れ戻してきたなら、もう一押しする必要がありますわね。それも今度は、もっといろんな人からも注目させる形で――」


 不快な笑い声が聞こえてくる。確かここは空き教室だったはずだけど?


「何をしているんですか?もうすぐ朝の挨拶が始まりますよ?」


「きゃっ!?……ああ、なんだドロテさんね。びっくりしたわ」


 なんだとはなんだ。……こいつら、今度はどんな悪巧みを企んでいるんだろう。


「……そうだ!ドロテさんにも協力してもらいましょう!ねえ貴方、あの死体もどきに一泡吹かせたくはありませんこと?」


 死体もどき……か。本当にくだらないあだ名だ。その死体もどきに何もかも勝ててないあんたらは、何に例えればいいのよ?さしずめ死体に生えるカビか、蛆虫かしら?


「一泡吹かせるって、どういう意味ですか」


「あなた、いつも昼休みは食堂で召し上がってますわよね。あれとすれ違う時に、わざと転んで下さらないかしら?それだけで、あの化け物の悪評は全学年に知れ渡り、回復不能なほどに低下するに違いないわ。もう二度と教室で見かけることも無くなるでしょう」


「それはつまり、セーレ様に転ばされたフリをしろってことですか……?」


 醜悪な笑みだ。こいつら、鏡で自分の顔をちゃんと見たことはあるのだろうか。


「いいえ、あなたはたまたまランチを運んでいる最中に転んだだけ。あの死体もどきは日頃の行いの悪さが祟って、あなたを転ばせたのだと周りが誤解するだけよ。あなたは被害者。何も悪くないわ」


 なるほど、転ぶだけであの女を陥れることが出来る……か。


「さあ、ドロテさん。あなたの手で、死体もどきの人生を終わらせてやりなさいな」




 --------

 教室に戻ってからずっと、カロリーヌさんは本当に私がそんな人間じゃないと力説し続けてくれた。多くの人は共犯者、死体の仲間と軽蔑の目を向けていたが、なんと一部の生徒は私の味方だと言ってくれた。


「ど、どうしてですか……!?」


「どうしてって、セーレ様がそんな人ではないと思うからですよ。自己紹介の時から有言実行、魔法が使えない代わりに筆記試験ではトップで、人一倍勉学に励んでおられます。生徒会にも入られましたし、当たり前にご尊敬申しあげていますよ?」


「俺なんか庭園でカロリーヌ嬢を助けてるところ見てたしな。どうせ今朝のもあいつらの三文芝居だろ?」


「いざとなれば、社会的にも物理的にも家ごと消せるのによくやるよな。あれは正気じゃないぜ」


「あたしは別にあなたのこと好きじゃないけど、陰湿なあいつらと比べるのは失礼かと思ってるわ。治癒魔法使えば傷なんて消えるのに、わざわざ包帯まで巻くなんて、露骨よねー。私ああいう女の腐ったやつらって大っ嫌いなのよ」


「解ってる生徒やつはちゃんと解ってますよ。胸を張ってください、セーレ様」




「ありがとうございます……!皆さんのお言葉に、どれほど救われているか……!」




 泣くなんて大袈裟なと笑うクラスメートの周りでは、さっきまで犯罪者を見るような目を向けていた人達がやや気まずそうにしていた。今になって、確証も無く死体呼ばわりしてしまったことを後悔し始めているのかもしれない。だけど、もうそんなことはどうでもいい。私の事を見てくれている人がいるならば、それだけで。


 それにしても、その当事者たちはどこへ行ったのだろうか。結局あの人たちは朝の挨拶にも参加することなく、姿を消してしまった。


 そして何故かドロテさんも姿を見せず、初めての無断欠席をしていた。どうにも今日は、いつもと違うことが起こりすぎている。




「結局、お昼休みになってもあの人たちは現れませんでしたね」


 不気味だ……一体何を考えているのだろう。そう思っていると、食堂で一人だけ見知った顔があった。


「……ドロテさんだわ!」


「えっ…?あ、本当ですね!良かったぁ、午後からは授業に参加されるんですね」


 ドロテさんの事は正直今でもあまり好きではないけど、何だかんだ今まで真面目に授業を受けて、私と並び立つ実力を持つ人だ。友達にはなれない気がするけど、元気な姿を見せてくれないと落ち着かない。


「きゃあー!」


 その彼女が私の横を通る時、急にバランスを崩した。あまりにも唐突過ぎて支えることも出来ない。勢いよく倒れた彼女は、持っていたランチを全て床に落としてしまった。


「ドロテさん、大丈――」


 すぐに助け起こそうとしたが、それは即座に払われてしまう。そして――


「いやあ!ごめんなさい!許してください!私を叩かないでー!!」


 彼女は今朝のあいつらと同じように、私が暴行魔であるかのように叫んだのだ。


 恐怖に震える女子生徒に対する同情と、私に対する非難の目が集中する。しかし、私が"セーレ"であることを認識した瞬間、その目線の意味するものは急変した。非難だけではなく、嫌悪と、恐怖の色に染まっていく。少なくとも公爵令嬢に向けられるものではない。得体の知れない怪物を見る目だ。


 今の私は、その視線が前よりもずっと辛く感じる。死体もどきだと受け入れていた…、いや、諦めていた頃とは違って、今の自分を肯定し始めていたから。


 だけどもう私は独りじゃない。今の私には大事な友人や、皮肉を言いつつも見守ってくれる婚約者、そして私の事を分かってくれる人達がいる。だからこそ私はやっていないと、今度こそ自分の声で叫ぼうとした。……その時だった。


「違います!私は――」


「なんの騒ぎだい?」


 嫌悪の目を向けてくる有象無象が割れたかと思えば、一人の美男子が現れた。金髪碧眼にして、完璧な容姿を持つ若き第三王子……ファブリス殿下だ。今日はお休みすると言っていたはずなのに、いつの間に登校していたのだろう。


「セーレ。これは一体どういう事かな?」


「殿下……」


「ファブリス様!私、ずっとセーレ様に虐められていたんです!私がファブリス様と同じ、光と火の属性を得意とするのは生意気だと!」


「……説明してもらえるか、セーレ。彼女の言っていることは本当か」


 そして、目の前で私を射抜く力強い目に込められたものは――軽蔑と嫌悪、そして侮蔑だった。


「だんまりか。自分がやった悪行に対してまともに弁解できないようでは、認めたも同然。()()()()()()()()()()()()()()()、その鬱憤を平民の娘で晴らそうとするなど、言語道断だ!もはや王家の婚約者として相応しいとは言えないな!」


『……世間では君を死体のようだと嘲笑っているようだが?』


 まるで初めて会った時の殿下のようだわ。だけど違う……これは殿下ではないわ。だって、あの日からずっと殿下は私と一緒に過ごして、私を知ろうとしてくださったのだもの。


「この婚約が相応しいかどうかは私達ではなく、国が判断することです」


「僕に意見するつもりか!?無礼者め!!お前の不遜な態度と悪行を反省しない心根、もはや忍耐の限界を超えたわ!!この場を持って宣言する!!ファブリス・フォン・アンスランは、このセーレ・カヴァンナ公爵令嬢との――」




「口を閉ざせ、下郎。その先を口にすれば、家族に別れを告げる前に首が飛ぶことになるぞ」




 この場に絶対にいないはずの人の声が響いた。金髪碧眼、完璧な容姿を持つその人は、これまでに感じたことのない激しい怒りを湛えている。……そうですね。あなたならそう言ってくれると思っていました。


「なっ……!?あ、あなたは!?何故ここに!?」


「魔力の有無が婚約に影響するものか。この婚約は王家から公爵家に打診したもの。セーレに魔力が無いことなど、王家が一番良くわかっている。当然僕もだ。二度とそのような誤解と不見識が生まれぬよう、ここでハッキリ言っておく。……よいな!!他の者もよく聞いておけ!!」




 家族のほかで、私を最初に理解しようとしてくださったのは、あなたでしたからね。




「僕が魔力の有無を理由に彼女を見損なう事など絶対にありえない!!セーレと結婚する男は、この第三王子ファブリス・フォン・アンスランだけだ!!他の誰にも絶対にくれてやらん!!」




 お休みのところ、痛み入りますわ。婚約者様。




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[気になる点] ちょっと今と過去?の境目がわからないかもです。 [一言] ファブリス様登場! ヒーローは遅れてやって来る。
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