それぞれの休日
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前期の授業が終わり、僕達は2週間というまとまった休みを貰うことが出来た。と言っても、やっぱり僕にとっては休みであって休みではないのだが。それでもセーレとお茶を飲むくらいの時間はどこかで確保できるはずだ。その時こそ、あの日の事をちゃんと向き合って話さなければならないと思っていた。
しかし、そんなささやかな願いを踏みにじる不快な報告が舞い込んできた。
「なに?兄上の秘書が倒れたと?」
「どうやら過労とのことで……しばらく休養が必要だろうとのことです」
兄上より秘書の方が先に過労で倒れただって?あり得ない話だ。一体兄上は秘書に対してどれだけ仕事を割り振っていたのだ。
「それで、どうして僕にその報告が上がってくる?僕には無関係だ」
「それがですねぇ……殿下の政務処理能力が秀でていることを知ったガエル第二王子殿下が、是非殿下に仕事の一部を任せたいとのことでして……陛下もそれを承認されたようなのです」
中間休暇中の政務は1.5倍増しとなっている訳だが、そこにさらに第二王子の分も加えると?……兄上も父上も、正気か?秘書の次は僕を潰そうとしているのか。
「一体二人とも何を考えておられるのだ。僕が普段処理しているものだって、学園の一年生が処理していい量でも質でもないというのに。この上まだ押し付けるだと?僕が学園でただ遊んでいると思っているのなら、その学園で受け取っている政務の数を検算してみればいいんだ」
「あー……えっと……」
こいつが言葉に詰まる時は、絶対に言ってはいけないことを飲み込んだ時だ。よくわかるよ。そして僕も同感だ。自分が楽したいからって他人を食い潰そうとするなんて、王族が……貴族がしていい考え方じゃない。
だが、それでも僕は王族であり、貴族なのだ。誰の仕事かどうかは関係なく、民の暮らしを守るために国を上手く回す義務がある。
「まあ、父上が承認してしまった以上は引き受けるしかない。どれくらいの量だ。今抱えてるものも含め、時間で換算してくれ」
「大体三週間分かと……」
僕に後期授業を一週間も休めというのか!?なんてロクでもない家族なんだ……恥ずかしくてセーレに紹介するのを躊躇うレベルじゃないか!?これがこの王国代表の家族像だとでも言うつもりか!?
くそ、やってられない……だが、やるしかない……!
「……おい。お前は僕の側近だよな」
「は、はい。そうですが」
「なら仕事を持ってくるだけでなく、僕のやる気を出させろ。セーレを転ばせた犯人、あるいは犯人グループの決定的証拠となる詳細な魔力解析を来週までに必ず終わらせるんだ……!そしたら後期授業までに全部片づけてやる……!!」
僕がセーレと初めて出会った時、自分が何を言ったか、僕はよく覚えている。魔力不能者であることを嗤い、自分の方が立場が上であることを教えようとした、あの日のことを。
『いやいや、実は前から聞きたかったのですよ。魔力が無い生活とはどのようなものかとね』
『では、どうやって体を動かしているのかな?魔力が無いものなど世の中には存在しないと、僕は城で習いました。魔力が無い君がどうやって体を動かし、生きているのかとても興味があります』
その言葉が、どれほどまでに彼女を傷付けてきたのかを鑑みることも無く。そして彼女の思いは、友人の存在によって浮き彫りとなった。
『私には友達がどんなものか、まだよく分からないの。私の周りには優しい兄上以外には、わざと魔法不能者であることを強調する両親と、死体呼ばわりして嗤う連中しかいなかったから――』
僕が家族に憤る資格など、本当は無いかもしれない。僕もまた、彼女を嗤った一人だったんだ。もちろん今の考えは違う。だが、間違いなくあの日の僕は、彼女の事を嗤っていた。彼女を永遠に見下したまま、結婚生活を送ろうとしたんだ。
僕はセーレを傷付け、搾取しようとした。だから、セーレを傷つける奴らは僕が裁く。僕にしかできないやり方で、セーレを守る。そうでなくては、僕は彼女の隣に立つ資格を永遠に失うに違いないから。
「……わかりました。殿下のご期待に沿えるよう、全力で作業を進めます。殿下は殿下にしか出来ないことに集中されてください」
「ああ、政務の方は任せろ。頼りにしているからな」
セーレ。君が僕を許してくれるかはわからない。それでも、そいつらを捕まえた暁には――。
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「まあ!じゃあお休みの間も自習されていますのね!ドロテさんは本当に勤勉ですわ、流石は私達のお友達ね!」
「ありがとうございます。ですが下賤な私など皆様と比べれば至らぬ点も多く、お恥ずかしいばかりです。こうしてお茶会に呼んで頂けるだけでも名誉なことであります」
前期の試験が終わり、私達には2週間の休日が与えられている。私は授業が始まるまで自宅と図書館、そして貴族令嬢の屋敷を梯子する日々を送っていた。平民でありながら生徒会に所属し、上位貴族との知己を得つつある私は、貴族達にとっては最も扱いやすく、旨味があり、そして使い捨てやすい駒なのだろう。
「ドロテさんは文武両道を体現してらっしゃるのに、身分を弁えて謙虚に構えてて、本当に偉いですわ!平民が皆、あなたのようなら良かったですのに」
いちいち私の神経を逆撫でする言葉ばかり選んでくれる……!しかも彼女たちは、これで心から私を称賛しているつもりなのだ。平民の癖に自分から美味しくなろうとしてて偉いですねと、無意識に見下した上で褒めている。……どこまでも救いがたい。
「どんな平民であっても魔力があれば社会の役に立ちますわよ。あの死体もどきと違ってね」
「ああ、それもそうですわねぇ」
「あの体力測定では上手く転んでくれなくて残念でしたわ。顔に消えない傷でも残してくだされば一番良かったですのに」
そしてもっと救いがたいのは、自分自身の不出来を鑑みることなく、魔力を持っていないというだけの理由であいつを貶め続けている事だ。私もあいつのことは気に入らないし、いつか床に両手を突かせてやりたいとは思っているが、当人にとってどうしようもない事でネチネチと嗤い続けるこいつらの陰湿さは目に余る。
こいつらの友人とかいう貴族や同級生とは一通り御目通りした。もう切り捨てても良い頃かもしれない。利用価値と言う点でも、人間的価値という意味でも、こいつらは終わっている。
「……では、今日はこの辺りで失礼いたします。そろそろ図書館で勉強しなくてはなりませんので」
「あら、そうですのね!そういうことでしたらお引き止めするのも申し訳ないですわ。頑張ってくださいましね」
そうやって笑顔で送り出すあんたらはいつ勉強しているんだ。いつ来ても美味しいお茶菓子とお茶を飲んで、笑っている姿しか見たことが無い。
私はイライラした気持ちのまま学園の図書館へと入り、後期から習うという魔法陣の歴史についての教科書を手に取ろうとした……のだが。
「あっ」
「えっ」
「……ドロテさん?貴方もここで自習していたの?」
……それはこちらの台詞だ。どうしてあんたらがここで自習しているんだ。特に公爵令嬢様にはご立派なお屋敷があるんだから、そこで仲良く引きこもっていればいいじゃないか。
「セーレ様、カロリーヌ様、本日もご機嫌麗しゅう存じます。お恥ずかしい話ですが、私は血が不出来ですので、こうして人よりも多く勉強しなくてはならないのです。皆様にとって恥ずかしくない生徒でありたいので……」
これは私がご令嬢に対する通し文句のようなものだ。貴族は自分の血が高貴であるという、無条件に勝利できる部分をくすぐられることを好む。こいつらも同じだろうと思い、堂々と言ってのけたのだが。
「……そんなことを言うものじゃないわ。貴方の血は、貴方のご両親が分けてくださったものなのだから」
「え?」
「平民でありながら、貴方をこの学園に入れるまで育まれただけでも、とても立派なご両親だと思うわ。ちょっと羨ましいわね……」
どうして昔から私が欲しかった言葉を、あんたが人生最初に言ってしまうんだ……!!よりにもよって、公爵令嬢であるあんたが!!
「は、はい。私もそう思います。それに私も去年までは平民でしたから……血が不出来だと言うのなら、私も同じです」
はっ!?オフレ子爵令嬢が去年まで平民!?まさかこいつはそれを知っていながら、オフレ子爵令嬢と友人関係を築いているというの!?何の後ろ盾も無いだろう成り上がり貴族に過ぎないこの女と、公爵令嬢が仲良くする理由なんか存在するのか!?
だ、駄目だ!情報量が多すぎて全く整理できない!こいつらは私の中の常識から乖離しすぎている!
「……今日はもう帰ります」
「え?自習は良いの?」
「ええ、明日にします。今日はまだ走り込みをしてなかったことを思い出したので。では、失礼します」
ある意味今日一日の中で一番イライラしたかもしれない。このイライラを消すことが出来るのは、一体いつになるのだろうか。もしすぐに消す方法があるのなら教えて欲しいものだ。
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