野心が向かう先
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前期末試験の総合評価が掲示板に貼り出された。総合1位は納得のドロテさんで、殿下も同じ得点で1位タイだ。
彼女は実技試験でもかなりの実力を発揮して、対戦相手であった殿下を体術のみでほぼ互角の戦いを演じてみせた。殿下の方も得意の細剣と、身体強化の部位を特化させるという離れ業が評価され、実技試験で点を伸ばしたらしい。
「セーレは572点ですか。魔法での加点が無い点を考えたら、十分驚異的な結果ですね」
「カロリーヌさんもね」
「あ、あはは……」
ちなみにカロリーヌさんは、565点。筆記は463点だったのだから、実技試験で100点満点中102点を獲得したことになる。彼女も試験中に魔法は一切使わなかったものの、それを補って余りある圧倒的な剣術と戦闘センス、追試験で見せた身体強化魔法が評価されて、異例の満点越えとなった。
……ああ、来た来た。甘い蜜に惹かれた蟻どもがわらわらと。
「カロリーヌ嬢、今日の昼は空いているだろうか?是非ランチを共にしたい」
「カロリーヌ嬢、今度お茶会にお呼びしてもよろしいだろうか」
「オフレ子爵令嬢、手合せを願いたい。夕方に、校庭でどうだ」
昨日の追試験とあわせて少々派手にやり過ぎたらしく、掲示された結果と相まってカロリーヌさんは注目の的となってしまっていた。……流石に3人目はちょっと珍しいタイプだけど。反面、彼女に嫌がらせをしようとしていた女子たちは完全にターゲットから外したようで、目を合わせようともしない。
まあ、弱そうだった子爵令嬢が学園最強レベルだったのだから、距離を離そうとするのも当然だろう。最初から馬鹿な真似をしなければ、窮屈な思いをせずに済んだのにね。
「え、て、手合せ?えーっと……」
「申し訳無いのだけれど、どれも先約がありますの。手合せも間に合ってますわ。さ、行きましょう、カロリーヌさん」
「あ、はい!」
さて、前期末の結果は良好。ひとまず公爵令嬢としてのメンツは保てたわ。この調子なら、問題なく学園生活を送れそうね。そんな楽観的な思いでカロリーヌさんと帰りにお茶会でもしようかと思っていたら、拡声魔法による校内放送が流れた。
【生徒会よりお知らせです。一年生の筆記試験優秀者2名と、実技試験優秀者2名は、生徒会室までお越しください。繰り返します。一年生の―】
「……これって」
「呼び出し、ですね……?」
「……あ」
そうだ、忘れていた。この学園の成績優秀者は――。
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「よく来てくれました。私が生徒会長のエクトル・カヴァンナです。セーレの兄、と言った方が通りが良いでしょうか。今日は貴方達に生徒会への所属をお願いするために呼ばせて頂きました」
俺は例年の慣習に倣って、生徒会室に成績優秀者を4人呼び出した。セーレと、カロリーヌ嬢、そして殿下はもちろん知っているが、後の一人は見覚えがないな。名前は確か、ドロテ・バルテルだったか。彼女が平民の特待生か?
「我が生徒会では学園の生徒達が安全で快適な生活を送るための決め事を作ったり、イベントの際に支援をするのが主な仕事です。その責任は軽いものではありませんが、仕事には遣り甲斐があります。また、生徒会に所属していたという実績は卒業後に良いアピールとなります」
「就職で有利ということですか?」
「あくまで間接的にですが、そうなりますね。平民でも王城勤務となった例がありますよ」
その言葉にピクリと反応したところを見るに、やはり間違いなさそうだ。
「ただ、特に新しい資格を得るわけではありませんし、成績表にそう記されるだけとも言えます。故に生徒会では成績優秀者を優先的にお誘いしていますが、拒否は可能です。もちろん、拒否したことで何か不利になることもありません」
というより、ご令嬢は拒否することが多い。彼女たちは基本的に婚約済みであり、ここで実績を積む必要性が薄い。仮に未婚約だったとしても、今度は婚約を優先するため生徒会で作業をする時間が惜しくなる。
つまりどちらにしても、よほどの熱意でも無い限り参加することは無く、生徒会の男女比率はどうしても男子の方が多くなりがちだった。さて、今回は何人残るだろう。
「一人一人お聞きします。セーレ君はどうしますか?」
「もちろん参加しますわ。要するに政治活動みたいなものでしょう?殿下と結婚する前の良い練習になるかもしれませんし」
え、ええ……?生徒会活動を政治活動に例えるか普通……?相変わらず独特な感性を持っているな、こいつは。
「そ、そうですか。カロリーヌ君はどうでしょう」
「私なんかで良ければ!セーレさんとお仕事をさせて頂けるなら、何でもやります!」
参加してくれるのか、ありがたい。それに以前会った時より表情が明るくなっているな。いい友人関係を築けているようで何よりだ。
「殿下はいかがですか?王城の政務もお忙しいようですし、強要はしませんが」
「会長、ここでは僕もファブリス君と呼んでください。もちろん参加しますよ。第三王子が政務を理由に貢献を拒むのは、怠慢に当たりますからね」
ふむ……まあ、殿下がそれでいいなら構わないが、オーバーワークにならないか心配だな。さて、残すはあと一人だが……なんだか先程から目がギラギラしているな。何か、俺に思うところがあるのだろうか。
「ドロテ君はどうしますか?どちらを選ぶのも自由ですが」
「その前にもう一つ質問をしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「平民と貴族で仕事に差を付けたりはしませんよね?」
……なるほど、そうくるか。これはセーレに負けず劣らず曲者かもしれない。だけど同時に良い質問でもある。
「付けません。仕事の優劣には身分も血縁も関係ありませんから。ただし、円滑な生徒会活動のため、役職による区別はさせて頂きます。そして役職を決める際に性別は考慮しません」
この方針は俺が生徒会長になってからの取り決めだ。それまでは身分が最も高い男子が会長を務め、女子は書紀辺りに配置されるのが常だった。それを改めた理由は単に必要な人間が平民や子爵令嬢に偏っていたからなのだが、もしこの子が重職になればその方針を継続してくれることだろう。
「……わかりました。私も参加します」
もしかしたらこの4人の中で一番の拾い物は、この平民の特待生かもしれないな。
「ありがとうございます。こうして招待した一年生が全員参加してくれるのは、私が生徒会に入ってからは初めての出来事です。生徒会の皆さん、拍手で彼らを迎えてください」
だが……この子には少々注意が必要かもしれない。この目はただ貴族に対する偏見だけでは説明できない、何かを感じる。それが生徒会にどう影響するかは分からないが、是非ともその情念を健全な方向に舵を切ってほしいものだ。
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生徒会。そんなものに参加するつもりなんて、本当は無かった。貴族達からの覚えが良くなるわけでもないし、むしろ煙たがられるかもしれない。デメリットしか見いだせない活動に魅力なんて感じていなかった。
でも参加すれば王城勤務という、花形への近道になるかもしれないなら話は別だ。もし会長職、あるいは副会長でも良い、責任ある役職を任されることが出来れば栄達に繋がるかもしれない。騎士としてではなく、役人として王城に入る事が出来れば、私も貴族に指示する立場になれる可能性が拓ける。
それにあいつの兄は、並の貴族とは一線を画す価値観を持っている。あいつの血縁だと思うとモヤモヤした気持ちになるが、少なくとも平等な価値観を持っているなら、卒業までに私が役職を貰えるチャンスはあるだろう。
そうすれば、私があいつを顎で使える日が来るかもしれない。あいつだけじゃない、第三王子に対してもだ。一足先に貴族よりも上の立場になれるなら、やる価値はある。
「踏み台にしてやる……!貴族も、王族も……!」
いつか私が王国を支配する。そして、平民が虐げられない世の中を作るんだ。
だから、空からずっと私を見守っててね……お父さん。
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