友達だから
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「あなたの体力測定結果を見た時から違和感があったのですよ。あなたは20m往復走でそれなりの距離を走れていました。それは他のご令嬢よりも日常的に身体を動かしているからに他なりません。しかし50m走では13秒以上という、極端に遅いタイムを出していた。明らかに手を抜いているとは思いましたが……今日の模擬戦闘でハッキリとそれがわかりましたよ」
先生の目は普段と変わらず柔らかいが、全てを見透かしているような居心地の悪さがある。先生と目を合わせられないカロリーヌ嬢も、同じことを思っていることだろう。
「確かに素晴らしい剣技でした。戦闘能力では3年生を含めても学園一かもしれません。ですが身体強化無しで鍛錬を積んできた割に、あなたの筋力はセーレ君ほど発達していない。あれほどの剣技なら、それを身に着けるまでに自然と筋肉も鍛えられていくはずなのに、です」
「……っ」
「そこから考えつく答えは唯一つ。あなたが日常的に身体強化魔法を使いながら鍛錬を積んできたから……そうでしょう?」
そう言って先生が指を鳴らすと、校庭に空いた穴が次々と埋まり、平たく慣らされていった。魔法を掛ける対象を素早く移動させることで、広範囲に使うよりも魔力の消費を抑えるという、かなり高等な応用技術だ。残念ながら、僕にはまだここまでの操作は出来ない。まして目視もせずに行使するなど、いつになれば出来ることだろうか。
「今日まで身体強化の魔法を使わなかった理由を話して頂けませんか?」
「……すみません」
「言いたくありませんか。では予想するに……お友達のためですね?」
「っ!?」
「……セーレ君と同じ土俵に立ちたかった訳ですか」
カロリーヌ嬢の手が震えているのが見えた。いや、肩も揺れている。背中越しからは表情までは見えなかったが……どうやら涙を流しているらしい。
「だって……だって、セーレさんは、魔法が使えないんです……!私も魔法は苦手で、だからセーレさんとお付き合いできてて……!それなのに、私が身体強化の魔法だけは使えるって知ったら、きっとセーレさん、傷付いちゃいます……!」
「……」
「は、初めてだったんです……っ!お友達が出来たの、うまれて初めてなんですっ……!私って、こんなだから、平民だった時も虐められてて……!つ、強くなるために剣を学んだら、今度は誰も近付かなくなって……っ!セーレさんがいなくなったら、今度こそ、私は独りになっちゃいます……っ!もう独りは……嫌なんです……っ!!」
だから友達のために、魔法を封じていたのか。セーレの前では、魔力が多いだけの劣等生を演じ続けようとした訳だ。そうすれば同じ高さで居続けることが出来るから。でも、それは……。
「本当のお友達なら、そんなことで嫌いにはなりませんよ」
「……で、でもっ」
「ねえ、セーレ君もそう思うでしょう?」
ぎょっとして振り向くと、セーレが既に僕の右後ろに立っていた。魔力が無い彼女は、他の人と比べて存在感が希薄だ。それは僕らが日頃から魔力を感知しているからだと言われているけども、その彼女が気配を断つとこれほどまでに感知出来ないのか。
セーレは大きな溜息をつくと、ゆっくりとカロリーヌ嬢への近付いていった。カロリーヌ嬢の顔が青くなり、無意識にだろうが後ずさっている。模擬戦闘をした時とは、まるで逆だ。
「校庭の方で音がしたから来てみれば、そういうことだったのね」
「あっ……ああっ……ご、ごめんなさい……!ごめんなさい、セーレさん……!」
「……」
「私、セーレさんに嫌われたくなくてっ……!ず、ずっと騙してて、ごめんなさい……!」
セーレの手が大きく振り上げられたのを見て、カロリーヌ嬢はびくりとして目を瞑った。そして――
「……ごめんなさい」
「……えっ」
「随分と、気を使わせてしまっていたみたいね」
彼女は下ろしたその手で優しく、カロリーヌ嬢を抱きしめていた。
「私もね、お友達が出来たのは初めてだったの。だから接し方がよく分からなくて、今まで貴方を怖がらせていたのかもしれないわね。……ごめんなさい、カロリーヌさん。あなたは悪くないわ」
「そんな……違う、私が……私が、悪いんです……!私が、セーレさんを、騙してたから……っ!魔法が使えないのが、かわいそうって、思っちゃってたからぁっ……!!」
「私には友達がどんなものか、まだよく分からないの。私の周りには優しい兄上以外には、わざと魔法不能者であることを強調する両親と、死体呼ばわりして嗤う連中しかいなかったから。だけど……」
溢れる涙を止められないカロリーヌ嬢の代わりに、セーレがハンカチで涙を拭う。
「貴方は信じても良いって思ってる」
「……っ!」
「貴方なら嘘をついても、きっと私のためだって信じられる。他の人と貴方はきっと違うと思うから。だから、いいのよ」
「セ、セーレ、さん……!」
「あなたは私のために魔法を封じなくていいの。ちゃんと使い方を学んで、強くなって頂戴。あなたが自慢のお友達になってくれたなら、それが一番嬉しいんだから。まあ……嫉妬はしちゃうかもしれないけどね」
カロリーヌ嬢の両手がセーレの背中に伸びて、力強く抱き返した。ハンカチでは吸いきれなくなったのであろう涙が、今度はセーレの服を濡らしていく。
「ごめん、なさい……!もう、セーレさんを騙したりしません……!大事なお友達に、隠し事なんて、したくないです、から……!」
「そうね、私もそうするわ。これからもよろしくね、カロリーヌさん?」
「セーレさん……!!セーレさぁんっ!!」
「……もう一つ、謝りたいことがあるわ。今日の試験で――」
……これ以上見ているのは無粋というものだな。先に馬車に乗っていることにしよう。
「ファブリス君。これは君のブレスレットだね?」
いつの間にか馬車まで付いてきていた先生が、僕のブレスレットを差し出してきた。うん、すっかり忘れていたな。僕は校庭までそれを探しに来ていたんだ。
「ありがとうございます、先生が預かっててくださったんですね」
「ええ。ところで、ファブリス君」
「はい、なんでしょう?」
「あなたも隠すのがお上手ですね」
なんのことだろう、別に先生に隠し事なんてしていないと思うが……。そんなことを思っていると、何故か先生は苦笑いを浮かべた。何故そこで苦笑いなんだ?
「ああ、自覚が無いのですね。それならそれで良いでしょう。セーレ君の方も探すのは苦手のようですし」
「セーレが?あの、一体何の話です?」
「いえいえ。先生としては、生徒同士仲良くしてくれるのが一番というだけの話です。……どうやらあのお二人のお話も済んだようですし、私は職員室に戻ります。採点を見直す必要がありますからね」
そう言うと先生はひらひらと手を振ってから、職員室へつながるドアから姿を消した。……結局、何の話だったんだ?
「お待たせいたしました、殿下」
「それほどでも。カロリーヌ嬢も、今日はもう遅いから馬車に同乗してください。屋敷までお送りします」
「ありがとうございます!」
うん、良い笑顔だ。どうやら吹っ切れたみたいだな。やはりカロリーヌ嬢は笑顔の方が似合っている。
「ところで殿下」
「なんでしょうか」
「覗き見は趣味が悪いですわ。二度としないでくださいませ」
……それはあんまりだよ、セーレ。
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